episode 142 「やるべきこと」
現れたのはクイーンだった。クイーンは次なる矢に手をかける。
「ニコル、あんたのおかげで危うく殺されかけたわ。その責任、きっちりとってもらうから」
クイーンの手から矢が放たれる。それはニコルの脳天めがけて一直線に進んでいく。
「おっと! 何をするんだい?」
矢を斬り落とすワルター。
「退きなさい。でないとあんたも殺すわ」
クイーンは次なる矢を構える。ワルターはニコルを後ろに下がらせ、自らは剣を鞘に納めてクイーンに歩み寄る。弓を構える自分に無防備な状態で近づいてくるワルターに若干動揺するものの、引き続き弓を構え続けて警戒するクイーン。
「あんた、なんのつもり? 見くびってるの?」
「違うさ、君とは戦いたくないんだ。訳があるのなら教えてもらえないかい?」
ワルターは剣を地面に置く。
「……そうね。あんたには借りがある。せめて話してから殺してあげる」
クイーンは矢をしまう。それを見計らってか忍び寄ってきたフェンリーがクイーンに触れる。
「なっ!」
「ごめんよ」
ワルターが謝罪するなか、クイーンの体はみるみるうちに凍っていく。クイーンの顔を残して全身氷に包まれたところで侵食は止まる。
「騙したわね」
「済まない。でも君を傷つけたくないのは本当さ」
睨み付けてくるクイーンに申し訳なさそうにするワルター。クイーンはなんとか氷を抜け出そうとするが、まったく身動きが取れない。
「どの口がほざくのかしら。辱しめを受けるくらいなら死を選ぶ。さっさと殺して」
「そうかい」
クイーンは悔しそうに目をつぶる。コツン、コツンと足音が近づいてくる。徐々に恐怖が全身を支配してくる。この震えも氷付けにされているからだけではないだろう。チャキっと剣を抜く音がする。気のせいだろうか、バチバチと電気の音も聞こえてくる。剣を振り上げる音、そして空を斬りさく音。
「ひゃあっ」
思わず声が出てしまう。
「なんだい、そんなかわいい声も出せるんじゃないか」
ワルターの剣は氷に当たる。そして剣から放たれる電流が氷を伝い、クイーンの持つ弓を破壊する。
クイーンは顔を真っ赤にしてワルターを睨み付ける。
「は、辱しめたわね!」
「ごめんよ。でもこれでお互いに傷つかなくてすむ。氷にヒビも入ったし今日は日も出ている。しばらくすれば溶けるはずさ」
そう言ってこの場を去ろうとするワルターたち。
「ちょっと! 本当に置いていくつもり!?」
騒ぎ立てるクイーンの横を通りすぎていく一行。
「待って! 待ってよ!」
クイーンの声に涙が混じってくる。
「あんたたちを殺さなきゃ……私が殺されるのよ! だから!」
ゼロが引き返してくる。そして銃を抜き、クイーンの眉間に押し当てる。
「お前に構っている暇はない。そして俺たちは殺されてやるわけにはいかない。これ以上騒ぎ立てるのなら、やむ終えない。ここで殺す」
ゼロから溢れる殺気に硬直するクイーン。自然と涙が溢れる。
「やめないか! 相手は戦意を失ってる女性だ」
ワルターの声で銃をしまうゼロ。
「……冗談だ」
「まったく、君の場合冗談に聞こえないんだから」
ワルターは怯えきるクイーンの頬に触れる。
「話を聞かせてくれないかい? 君の力になれるかもしれない」
にっこり笑うワルター。
「たく、あいつは本当に女に甘いぜ」
「ええ。ムカつくほどね」
「俺は先に進みたいんだが」
フェンリー、ニコル、オイゲンの三人は呆れながらその様子を見守る。
クイーンが涙と鼻水を啜った頃、アンとリース、リザベルトの戦いは佳境に差し掛かっていた。
「粘らないでください。時間の無駄です!」
アンの強烈な太刀筋に二人がかりで防御するのがやっとのリザベルトとリース。
「リース! 気を抜くな! 一瞬でやられるぞ!」
「はい! 中尉!」
戦いの行方を見守ることしか出来ないレイアとセシル。
「どうします、レイア。一か八かこのおっさんの拘束を解きます?」
「それは危険すぎます。ですが、このままでは……」
二人は明らかに劣勢だ。このままではどのみち全滅させられてしまうだろう。拘束を解くかどうか迷っていると倒れていたレミィとバルトが目を覚ました。
「教官! 無事でしたか。それでこの状況は?」
レミィはいまいち状況が把握できず、ティーチに尋ねる。
「アンが暴れている。訳あって俺はこいつらに手が出せない。今動けるのはお前たち二人だけ。後はどうするかわかるな?」
ティーチの言葉を受け、顔を見合わせるレミィとバルト。
「どうするよ」
「どうするって、答えは一つ。教官の言葉を信じて行動するのみよ」
二人は互いに頷き合い、アンに向かって突っ込む。
「な、何をするんですか、二人とも! この人たちを殺さないと教官が!」
二人がかりでなんとかアンを押さえるレミィとバルト。
「今のうちよ! 教官を連れて逃げなさい!」
「済まない」
リザベルトは皆を連れてその場を去る。
リザベルトたちがいなくなっても、アンは暴れ続けた。
「離して! あの化物女が居ない今がチャンスなんだ! 教官! 教官!」
「いい加減にしろ!」
バルトがアンの後頭部を強打する。
「あぁっ!」
悲鳴をあげてその場に倒れるアン。
「ふう。まったくとんでもないやつだぜ」
「まったくね。イバルとスパーダの姿がないわ。おそらく教官が動けないのにはそれが関係しているのでしょうね」
後はどうするかわかるな? ティーチのその言葉が二人の脳裏に浮かぶ。
「と、なればすることは一つだな」
「ええ、ヴァルキリア邸に向かいましょう」
レミィとバルトはアンを背負いながらヴァルキリア邸へと歩き出した。




