episode 14 「終幕」
まずは痛み分けとなり、互いに距離を取る。ゼロは全神経をジャックに向ける。ジャックは無謀にも準備運動をしている。だが、ゼロは動けない。動けば必ずその隙に二つ目のシミができてしまうだろう。そうすれば待っているのはレイアの死……
と、そんな考えを巡らせているうちに腹には緑色のシミができていた。
「!」
「余計なことは考えんな。本能で戦えよ」
ジャックはニヤリとこちらを向き、次にレイアの方を顎で指す。次はあいつだとでも言いたげに。
「なるほどな」
ゼロは思考を捨てる。ジャック以外のすべての情報が虚空へと消え去るが、それでもあの少女の声だけは聞こえてくる。
「ゼロさん! まだ負けた訳じゃありませんよ! 諦めないで、大丈夫です! ゼロさんなら勝てます! あ、またジャックさんが消えました! 気をつけて!」
それは確かにレイアの声だった。
(絶えず応援してくれていたのか。負ければ殺されてしまうというのに。俺よりもよっぽど怖いはずなのに)
ペイント弾が宙を舞う。二つ、三つとそれは数を増し、ゼロを襲う。
(俺は何を考えていたんだ。勝てない理由を探してどうする。負けた後の事を想像して何になる。必ず勝つ。勝ってあいつの笑顔を守る、それ以外に道はないんだ)
ペイント弾は地面にシミを作った。ゼロの姿は消えていた。
「ハァ! やっと本気になりやがったか! 遅い、遅すぎるぞ! 俺がこの日をどれだけ待ち望んだと思っている! そうだ、そうだよこれだよ! この極限の勝負、お前の本気の力! これこそ俺の求めていた死闘!」
本能のままに笑い出すジャック。この瞬間が楽しくて仕方がないようだ。組織にいた頃は満足できる勝負ができなかった。だが、今は違う。本気と本気のぶつかり合い、本能と本能のぶつかり合い、命と命のぶつかり合い。その時、絶頂するほど興奮するジャックの帽子に弾があたる。
「しゃべりすぎだ、舌を噛むぞ」
「組織にいたときは本気じゃないのはわかってたが、ここまでとはな」
ジャックの顔から笑顔が消えた。そして上着と帽子を地面に投げ捨てると、引き締まった肉体が現になる。ゼロもネクタイを取り、シャツのボタンを外す。
次の瞬間、再び二人の姿が会場から姿を消した。誰も彼もが2人の戦いを見届けようと身を乗り出すが、姿を捉えることはできず、音だけが観客に情報を与える。次々にペイント弾が発射され、地面へと落ちていく。
「ゼロ、お前気づいているか?」
ジャックがゼロに訪ねる。
「……ああ」
ゼロは暗い表情で答えた。
本選では一人24発づつ弾が配られる。2人はそれぞれの残り弾数を把握しており、ゼロは残り2発、ジャックは残り3発だった。弾がなくなれば当然待っているのは敗北だ。
何分かぶりに二人の姿が現れる。二人はゆっくりと近づき、互いに銃口を向け合う。この立ち合いで勝負を決めるつもりなのだろう。
パン!
ジャックが一発撃つ。ゼロも撃ち、それを撃ち落とす。そして間髪入れずジャックに向けて発砲する。ジャックも同様に撃ち落とす。2発の発砲、即ちゼロの弾は底をつきた。
「これで俺の勝ちだな。まさか引き分けなんか期待してねぇよな?」
もうゼロに反撃の手立ては残されていない。かくし球が無いかどうかを念入りに観察すると、またゼロ距離で狙うためにジャックが近づいてくる。だが、諦めるわけにはいかない。ゼロは観客には見えぬようナイフを取り出す。
「バカが!」
ナイフに気づいたジャックが飛びかかってくる。ここで勝負に勝っても、なりふり構わずゼロが殺しに掛かってくれば、さすがのジャックも無傷では済まない。先に退けるべきはそのナイフだ。
グサッ
観客には聞こえないほど小さな音と共にジャックの腹に赤いシミができる。その瞬間、主催者は高らかに勝者の名を宣言した。
「勝負あり~! 激戦を制したのはなんと初出場のゼロだぁぁぁ!」
わぁああああ
観客がわく。その大歓声の中、ジャックは不満そうな顔でゼロに告げる。
「お前、やっぱりバカだな」
「……勝つためだ」
ゼロは自分の左腕を隠しながら、答える。ゼロは自らの腕を刺し、その血をジャックに飛ばしていたのだった。
「ルール違反だぞ」
ジャックが反論する。
「確かに。だが、これが全てだ」
ゼロの勝利を疑うものはジャック以外には誰もいない。会場は新たなチャンピオンの誕生に盛り上がっていた。ゼロコールがいたるところで鳴り響く。
「……ここでいちゃもんつけたら俺完全に空気読めないやつだな」
ジャックが手を差しのべる。ゼロは少し警戒するが、黙ってその腕をとる。
「素晴らしい! 二人に友情が芽生えました! もう一度大きな拍手を!」
実況が会場を再び沸かせた。
「今回は俺の負けにしておいてやる。女も殺さない。俺は約束は守る男だ、組織に報告もしない。だがな、指令が下れば話は別だ。必ずお前と女は殺す。忘れるなよ、俺は約束は守る男だ」
「肝に命じておこう」
二人はガッチリと握手を交わした。
かくして大会は終了し、ゼロとレイアは賞金30万を手にいれるのであった。




