episode 139 「妹」
アンとスパーダは港を目指して走っていた。
ティーチの安否を気遣うとともに、ようやくジャンヌと対峙した事への恐怖が実感となって襲ってくる。まるで逃げるようにしてイバルとの合流地へと急ぐ。
「なあアン! イバルと合流したらもう一回屋敷に戻って教官と一緒に戦うよな?」
「もちろんです! あの女にめにもの見せてやりましょう。いくら強いと言ってもイバルの敵ではありません!」
イバルは絶対的な信頼と圧倒的な力を持っていた。そのイバルは港でレミィとバルトと共に気絶していた。
「おいおい、マジかよ」
スパーダは驚愕の表情を浮かべる。
「教官は無事でしょうか」
アンは三人を介抱しながら心配を口にする。
アンの介抱のかいもあって、イバルが目を覚ます。そのイバルは開口一番ジャンヌとの関与を激しく拒絶する。
「あの女とは関わるな。次元が違う」
「何弱気になってるんだよ!」
「そうですよ。私たち五人でかかれば、教官だっていますし」
弱気なイバルに反発する二人。
「お前たちはあの女と戦って何も感じなかったのか? 敗北すら感じていないのなら次は死ぬぞ」
イバルは荷物をまとめだす。
「本部へ帰り、今回の事をエクシル様に報告する」
「教官はどうするんだよ! まだ戦ってるんだぜ!?」
「諦めろ。もうこの世には居ないだろう」
イバルを殴り付けるスパーダ。
「腑抜けやがって! もういい、俺は行くぞ!」
スパーダは屋敷へ向かって走り出す。アンはどうしたらいいのかわからず、その場であたふたしだす。
「アン。レミィとバルトを頼んだ」
「え? イバルはどうする気なの?」
「あのバカを置いては行けない」
イバルはスパーダを追いかける。それを見送るアンはこれが最後の別れになるのではないかという予感がしてならなかった。
リザベルトはリースの手を借りて再びベッドへ戻された。開いてしまった傷口は見るにも耐えない。医療班数人で手当てにあたる。
「本当に申し訳ない。仲間どころか自分の身すら守れないとはな」
情けなくて溢れそうになる涙を手で必死に押さえるリザベルト。
「何を言っているんですか中尉。あなたが居なかったら使用人の人たちは避難できずに戦いに巻き込まれていましたよ」
リースが励ます。こちらにも敵の手が襲いかかるかもしれないと考えたリザベルトが使用人たちを予め避難させておいたおかげで、被害はほぼゼロ近くまでおさえられた。
「それにしてもやっぱり中将はお強いですね! あのティーチとかいう人結構強いと思ったのですが、手も足も出ませんでしたね!」
「ああ。本当に恐れ入るよ」
リースが中将の戦いを間近で見て興奮するなか、リザベルトの心境は少々複雑だった。
(前回に引き続き、また姉上に頼ってしまった。私は、本当に軍人としてやっていけるのか? 私は姉上たちの七光りでこの地位に居るだけではないのか?)
自分の力に疑問を感じるリザベルト。そんな気持ちを見通すかのようにジャンヌがリザベルトの肩を叩く。
「リズ、あなたが何を思い詰めているのか私には分からないけれど、もう少し自信を持ちなさい?」
「姉上、ですが私など……」
「大丈夫。あなたは私とローズの妹なのよ?」
「姉上……ありがとうございます」
ジャンヌはにっこり笑ってリザベルトの頭を撫でる。
「ですが……リズはやめてください。子供っぽいです」
「あら、ごめんねリズ」
「もう!」
お互いに笑いあうジャンヌとリザベルト。リースもそれを見て笑顔がこぼれる。
レイアは皆とは離れて、地下へと続く階段を下っていた。
ヴァルキリア邸の地下。ここには簡易的ながら牢屋が設けられている。そして現在ここには組織のエージェント、ティーチが閉じ込められている。
「ケイトちゃんはどこですか?」
ティーチに尋ねるレイア。ティーチはニヤリと笑う。
「フ、ケイトの言っていたのはお前のことか。残念だったな、ケイトはすでに組織の者に引き渡した。ここへは二度と戻らない」
「連れ戻します! ケイトちゃんはわたくしの友達です!」
それを聞いて驚くティーチ。
「友達か。面白いことをいうな。なら取り戻してみろ。できるものならな。ハハハハハ」
それ以降、ティーチは何を聞いても答えなかった。




