episode 138 「力の差」
「私たち、何だか髪型が似ていますね? お下げのよしみで死んでくれませんか?」
「黙れ!」
アンとの会話を拒絶し、斬りかかるリース。渾身の力で剣を振り下ろすも、簡単に受け止められてしまう。
「くっ!」
「太刀筋がまっすぐですね。そういうの嫌いじゃないです。すごく殺りやすいので」
アンはリザベルトの剣を薙ぎ払う。その剣はとても重く、同期の誰よりも鋭かった。
(くそ! なんで殺し屋なんかに私たちの鍛練が負けるの?)
「軍人と言ってもこの程度か。これではとても経験値を積むことは出来ないな」
高見の見物を決め込むティーチ。荷物からりんごを取り出し、のんきにかじっている。
「アン! もういい。そいつの底は見えた。さっさと殺せ」
「はい、教官!」
元気よく返事をするアン。それと共にアンの太刀筋はさらに進化する。
「残念ですが、これであなたとの戯れも終わりです。来世ではもっと強くなれるように祈っていますね」
最早アンの剣を見切ることはリースには不可能だった。圧倒的な実力差でジリジリと壁際に追い詰められていく。
(こちらはもう勝負がついたな。さて、スパーダはどうなっている?)
アンから目を離し、スパーダの戦況を見るティーチ。
「ひぃ! や、やめてくれぇ!」
リザベルトに剣を向けられ、泣き叫ぶスパーダ。
(駄目か)
ティーチは頭に手を当てる。
(潜在能力は決して低くはない。だが、あれは殺し屋としては致命的だ。相手にダメージがあるとはいえ、ここは厳しいか……)
ティーチの懸念した通り、スパーダは動くことすら出来ない。ティーチはスパーダに檄を飛ばす。
「スパーダ! 目をつぶれ! 相手の殺気で位置を感じとるんだ!」
「は、はいっ!」
スパーダはポケットからアイマスクを取り出し、装着する。するとスパーダの震えはピタリと止まる。
「またか。だが、こちらとしてもこの方がやりやすい!」
スパーダに飛び掛かるリザベルト。
「遅いぜ?」
スパーダの姿がスッと消える。
「何!」
次の瞬間、リザベルトは腹に衝撃を受け、後方へと吹き飛ばされる。
「ふしゅー」
スパーダは拳を前に突き出している。
リザベルトの足は傷口が開き、血が吹き出す。激しい痛みに悶えながらも、剣を杖がわりにして立ち上がる。
(まったく見えなかった……それにこの威力。本当に先程までの怯えていた男か……)
リザベルトは腹をさすり、ダメージを確かめる。
「オラオラ! どうしたかかってこいよぉ!」
スパーダは先程とは打って変わって強気に出る。
リースも防戦一方で、まったく勝負になっていない。リザベルトは立っているので精一杯だ。
「正直がっかりだよ兵士諸君。訓練になると思い、研修生どもを連れてきたが、これでは意味がない。さあ二人とも、さっさと殺してイバルたちの報告を待つとしようか」
ティーチは重い腰を上げる。と、同時に異質な気配を察知する。
(なんだ、この悪寒は)
その気配はどんどん大きく、近づいてくる。
(明らかに常人ではない……一体どこから)
バタと屋敷の扉が開く。
「アン! スパーダ! 気を付けろ、何かが!」
ティーチが声を張り上げたときにはすでに遅かった。
突如部屋に入ってきた影は瞬く間にアンとスパーダを薙ぎ払い、リースとリザベルトを救出する。
「ジャンヌさん!」
「姉上……申し訳……」
リースとリザベルトの頭をくしゃっと掴むジャンヌ。
「謝るのは私の方よ。ごめんなさい、遅くなって。でももう大丈夫」
ジャンヌは二人を下がらせる。
何が起きたのかまったくわからないアンとスパーダ。ティーチだけが戦慄していた。
(エクシルめ頭がおかしくなったのか? この女を勧誘しろだと? ふざけるな、この女は化物だ)
後退りをするティーチとは反対にアンは剣を、スパーダは拳をそれぞれ突き当てる。
「あらあなたたち、案外タフね。一応手加減はしていないのだけれど」
「いたい、いたいです! ですからお返しさせていただきますね」
「く、くそ、あんたも剣を持ってるのか?」
一気に襲いかかる二人だが、またもや何もできずに突き飛ばされる。
「そこのおじさんがティーチでしょ? あなたたちに用はないの。逃げるのなら追わないわ。おじさん、あなたはもちろん殺すけど」
ジャンヌはアンとスパーダに目もくれず、ティーチに鋭い眼光を飛ばす。それはまさに殺し屋の殺気、いやそれ以上だった。
ティーチは運命を悟り、アンとスパーダに語りかける。
「アン、スパーダ。お前たちはイバルたちと合流して本部にもどれ。それとこの件には関わってはいけないとエクシルに伝えるんだ」
何か言いたそうなアンとスパーダだったが、ティーチの本気の目を見ると、何も言わずに頷き、屋敷を出ていく。
「懸命ね。一応無駄な殺しはしたくないから助かったわ。もちろんあなたは助からないけど」
ボロボロのリザベルトの足を見てティーチに冷たく言い放つ。
ティーチは椅子に腰かける。
「ああ。失敗だったよ。教官として失敗だ。レイリー殺されたのにも納得がいく」
「これからあなたを殺すけど、一応してみる? 無駄な抵抗とやらを」
ティーチは目をつぶる。
「いや、無駄なことはしない主義だ」
「そう。気が合いそうね」
外で待っていたレイアが部屋の中を覗くと、もうすべてが終わっていた。




