episode 136 「ジャンヌ」
ジャンヌはてきぱきと準備を済ませる。下はジーンズ、上はタンクトップといったまるでピクニックにでも行くかのようなとてもラフな格好だ。
「おっと、これを忘れるわけにはいかないわね」
ジャンヌは愛用の剣を掴む。これ自体はいたって普通の量産型の剣だ。何か特殊な力や、加護を授かっているわけでもない。その剣をジーンズのベルトループに通すジャンヌ。
「うん、しっくりくるわ」
早速出掛けようとするジャンヌに声をかけるレイア。
「わたくしも連れていってください! 決して邪魔はいたしません!」
「いいわ」
「なんと言われてもわたくしは……ってええ?」
あっさり許しがでて驚くレイア。
「い、いいんですか?」
「あなたが聞いたんじゃない。安心して、私がついているから。私、結構強いのよ?」
レイアはほとんどジャンヌと共に行動したことがなかった。年も離れているし、若い頃から任務でほとんどヴァルキリア邸にいなかったジャンヌと会う機会が無かったのだ。ジャンヌが戦っている姿も見たことがなく、こんな軽装備で出掛けることが信じられなかった。
「あ、相手はきっとプロですよ!? もう少し準備を整えた方が……」
レイアの唇に人差し指を当てるジャンヌ。
「大丈夫。一応私、中将なのよ? さ、行きましょ?」
そのまま屋敷を出ていくジャンヌ。レイアは不安になりつつも付いていく。
「宛はあるのですか? 闇雲に探しても……って待ってください!」
ジャンヌはてくてくと歩いていく。
「リズの話だとその人たちの狙いはおそらく私よ。なら向こうから近づいてくるでしょ? とりあえず港に行きましょ?」
「そんな、ならもっと周りを警戒しなくては……」
キョロキョロと辺りを確認するレイア。それとは対照的に前だけを見て進むジャンヌ。
(この人昔からこうですけど、本当にリザベルトとローズの姉なのでしょうか?)
町はいつもと変わらず賑わっている。商人たちは商売に勤しみ、子供たちは元気よく広場を駆けている。しかしその人々はジャンヌが横を通りすぎると一斉にお辞儀をしだす。それは決して恐怖や畏怖などではなく、尊敬や憧れの眼差しだった。
「ジャンヌ様だー!」
「カッコいいなぁー」
子供たちまでもが遊ぶ手を休めてジャンヌを見つめている。ジャンヌもそれに対して訳隔たりなく手を振って答える。
(慕われているのですね)
レイアも余計な考えは捨ててジャンヌに付いていく。
港にはジャンヌの考え通り刺客が待ち構えていた。人数は三人。中にはレミィの姿もあった。
「お、もう来たな。レミィ、あいつらか?」
「いいえ、見たことないわね」
レミィが仲間らしき男の質問に答える。
「いや、あいつらだ。先頭のあの女、ただ者じゃない」
リーダーらしき男がジャンヌを指差す。男はジャンヌの方へと歩いていく。
「あら? あなたがティーチ?」
ジャンヌの言葉に三人は一気に戦闘体制にはいる。
「俺はイバル。一応こいつらのまとめ役だ。教官はここにはいない」
「あら、先に言われちゃったわね。私はジャンヌ。あなたたちの言ってるレイリーを殺したのは一応私よ」
「やはりな」
イバルは剣を抜き、ジャンヌに向かって振り下ろす。
(は、はやい!)
目にも止まらぬそのスピードに驚くレイア。ジャンヌはピクリとも動かない。
「動かない、いや、動けなかったのか?」
「だってあなた殺気がかんじられないんだもん。一応私プロなのよ?」
イバルの剣はジャンヌの顔の前で停止する。
「フンッ」
イバルは剣をしまい、レミィたちのもとへと戻る。
「何やってんだよ!」
「イバル、どうしたの?」
仲間たちの言葉に冷や汗をかいて答えるイバル。
「やつは化物だ。もし今殺す気でかかっていたら殺されていたのは俺の方だった」
恐怖の眼差しでジャンヌを見るイバル。
「ならどうするの? 逃げる?」
レミィの言葉に首を横にふるイバル。
「それは出来ない。やつはレイリーさんを殺した。これはチャンスだ。本部にやつの首を持って帰れば昇進は間違いない」
イバルは再び剣に手をかける。
「後ろの女はどう考えても戦闘能力は無いだろう。やつは無視してあの女に三人で飛び掛かる。それしか手段はない。いくぞ、バルト、レミィ!」
「はいよ!」
「ええ!」
三人は剣を抜き、一斉にジャンヌに向かって襲いかかる。
「ジャンヌさん! 逃げましょう!」
「大丈夫。ちょっと離れていて」
服の裾を引っ張るレイアに微笑みかけるジャンヌ。そうしている間にも三人はすぐ近くまで迫っている。
「余所見とは余裕だな!」
今が切りかかる。が、気づいた時には地面に倒れこんでいた。
「……は?」
イバルが一瞬のうちに倒されたことに動揺し、立ち止まるバルトとレミィ。
「今の見えたか? レミィ」
「いいえ、まったく」
いつの間にか剣を抜いていたジャンヌが倒れているイバルに剣を突き立てる。
「さあ、倒したわ。居場所を教えて?」
「ふ、言うとでも?」
イバルは怯えながらも強気に構える。
「レミィ、バルト! 俺に構わずやれ!」
二人は一瞬躊躇するものの、ジャンヌに向かって襲いかかる。しかし二人ともイバル同様に地面に叩きつけられる。
「くっ、あなた何かの加護を……」
レミィが朦朧とする意識のなかでジャンヌに尋ねる。
「加護? 私人の力を借りるの好きじゃないのよ」
「化け……者め」
レミィとバルトは意識を失う。
「イバル……だっけ? 後はあなた一人よ?」
イバルは観念する。そして急に高笑いを始める。
「クックック。ハーハッハッハ!」
「何? こわれちゃった?」
ジャンヌが心配そうにしゃがんでイバルの顔を除きこむ。
「いいだろう! 居場所を教えてやる。教官はな、ヴァルキリア邸に向かった!」
イバルのその言葉を聞いた瞬間、ジャンヌはレイアの手を取り、全速力で来た道を引き返す。
「ジャンヌさん!?」
「レイア、少し口を閉じていて。舌を噛んじゃうわ」
二人の姿が見えなくなってもイバルは高笑いを続けた。
「大人しく屋敷で待っていれば良いものの、ばかなやつめ! ハーハッハッハ!」
そこでイバルも意識を失う。
「ここか。さて、レミィの言っていた姉とやらはどんな奴かな?」
ティーチとその部下二人はヴァルキリア邸に到着した。




