episode 133 「教官」
「帝国軍、ね。ならこんな男の話は聞いたことないかしら? 銀髪でメガネのレイリーという男」
女性はリザベルトの剣を易々と受けながら話しかけてくる。
「レイリー? まさか港で大量虐殺を行ったあの大罪人のことか!」
忌まわしい記憶が甦るリザベルト。あのおびただしい数の仲間の死体は決して忘れることができない。
「そうそう。あの人そんなことしてたの。で、いまどうしているのかしら?」
「あいつの仲間か! 残念だったな、奴なら処刑した。お前もすぐあとを追わせてやる!」
その言葉を聞いたとたん、女性の太刀筋が鋭くなる。
「へえ、でも殺ったのはあなたじゃないわね。この程度の実力であの人が倒せるとは思わないもの」
(なんだ、この重さは……手加減していたと言うのか!)
「確かにその男を倒したのは私ではなく私の姉だ」
「そう。ならあなたを餌にすれば釣れるのかしら?」
女性の剣はさらに威力を増す。
「セシル! ケイト! すぐに屋敷へもどれ! ここは私が食い止める!」
セシルがケイトの腕を引っ張る。しかしケイトはついていこうとしない。
「ケイトちゃん! どうしたの!?」
「私も、戦う」
ケイトは服に仕込んだロープを取り出す。
「ケイト? ああ、あなた絞殺のケイトね? 組織最年少でエージェントに選ばれたっていう。まったく、羨ましいわねっ!」
女性がケイトに剣を振り下ろす。
「ケイト!」
「ケイトちゃん!」
リザベルトとセシルが叫ぶ。
(くそ! 間に合わない!)
「死になさい!」
しかしその刃はケイトに届くことはない。ロープを巧みに操り、女性から剣をもぎ取る。
「なっ!」
「そう。私はエージェント。あなたたち候補生とは違う」
無防備になった女性は大人しく手をあげる。
「降参よ」
ケイトとリザベルトはロープで女性を縛り上げる。
「助かったぞケイト」
「ケイトちゃん、強いのね……」
「安心するのは早い。候補生は普通、一人では行動しない。他の候補生か、もしくは……」
カランと扉が開く。一斉に扉の方を向くケイトたち。だがそこに人の姿はない。
「何をやっているんだ、レミィ」
「教官!」
女性の方へ目を向けるリザベルト。そこにはいつの間にか一人の男性が立っていた。レミィと呼ばれた女性はすでにロープから解放され、ケイトが取り上げた剣も男の手に握られていた。
「誰だ、お前は」
リザベルトは剣を構える。
「レミィ、もう一度やってみろ。まずは一番驚異となる者からだ」
「はい、教官」
教官と呼ばれた男はリザベルトのことなど意にも介さず、かつての同胞、ケイトを見つめる。
「ケイト、失望したぞ。なぜお前が組織に仇なす? そんな風に育てた覚えは無いぞ?」
「ティーチ……」
「さっきから一体なんなんですの?」
おいてけぼりをくらうセシルに説明するケイト。
「私は殺し屋。そしてそこの男は、私の先生」
「ティーチだ。我々を目撃してしまった以上、君も殺さなくてはならない。心が痛むよ」
困惑するセシル。
「え? え? 殺し屋? ケイトちゃん、あなたオイゲンと同じ……」
「オイゲン、だと?」
ハッと口を押さえるセシル。
「お嬢さん、殺すのはやめだ。君とケイト、そしてそこの女剣士。君たち三人には聞きたいことが山ほどある。半殺しにしたあと連れていくよ」
ティーチはそう言って剣を抜く。
「くるぞ!」
「もう来ているよ」
悲鳴をあげる暇なく、リザベルトが倒される。
「リザベルト!」
一瞬リザベルトの方を向くケイト。レミィにその隙をつかれ、セシルを人質に取られてしまう。
「ケイトちゃん! わたくしにかまわず……」
「黙ってて」
レミィに腹をつかれ、気を失うセシル。
「さあ、ケイト。こういう状況でとるべき行動は?」
ティーチがセシルに刃を向ける。
「……」
ケイトは握っていたロープを捨てる。
「大ハズレだ」
ケイトの意識はそこで途切れた。




