episode 129 「最後の晩餐」
ゼロはただひたすらに走った。目の前を走る大切な人を追いかけて。自分に感情をくれた人、自分に笑顔をくれた人、自分を人間にしてくれた人。
「レイア!」
レイアの腕をつかむ。
「離じでぐださい」
鼻水声のレイアが振り向かずに答える。
「俺の話を聞いてくれ」
「ぎぎだぐないです! ぎげば行ってしまうのでしょう?」
レイアが振り向く。顔は涙で溢れていた。ゼロに顔を埋め、ワンワン泣き出す。レイアの頭に優しく手を乗せるゼロ。
「泣くな。お前は俺にとっての灯台だ。灯台に灯りが灯っていなければ、俺は先へと進めない」
「なら帰ってきてください! そのための灯台ですよ!?」
ゼロの手を払い除け、ゼロに叫ぶレイア。
「……今回のことで俺を重い知らされた。俺は常に狙われている。たとえ最強のアーノルトを倒せたとしても、組織が無くなるわけじゃない。お前を巻き込みたくないんだ」
「わかってますよ! でも、でも!」
ガバッとレイアを抱き寄せるゼロ。
「俺だってお前と離れたくはない! 許されるのならいつまでもこうしていたい! だが俺は殺し屋、お前は貴族だ! その現実は一生変わらない!」
「わたくしはあなたを愛しています! その気持ちも一生変わりません!」
「ああ。俺も同じだ……」
二人は夕日を背景に、引き寄せられるように口づけを交わす。
「いつになるかはわからない。だがお前がここで笑い続けると言うならば、俺はそれを頼りに帰ってくる。待っていてくれるか?」
答えはわかっていた。
「いつまでも」
二人は時間の許す限り、お互いの暖かさを伝え合った。
夜が更け、屋敷へと戻った二人をニコルがにやにやして出迎える。
「あら、レイア。 顔が真っ赤ね。よっぽど泣いたのかしら? それとも……」
「何でもありません!」
すでに屋敷では夕食の用意ができていた。
「ゼロ、フェンリー、ワルター、オイゲン、ニコル。今夜は最後の夜だ。存分にもてなそう」
ローズの挨拶で食事を始める一行。
「お、酒があるじゃねーか!」
「父上が隠し持っていた物だ。かなりのマニアでな。味は保証する」
「まじか! 飲むぜオイゲン、ワルター!」
フェンリーはうきうきでグラスに酒を注ぐ。
「いいね。久しぶりだ」
「最後の夜だ。存分に飲み明かそう」
三人はテーブルを離れ、地べたに座り楽しそうに酒を飲み始める。
「ゼロは飲まないのか?」
「俺はまだ未成年だ。それにこっちの方がいい」
ローズにほうじ茶の入ったコップを見せつけるゼロ。
「……渋いやつだ」
ケイトとセシルはすぐに打ち解けた。
「あら、あなたもう少し綺麗にしたら可愛いんじゃないかしら? わたくしの服を貸して差し上げますわ」
自分の服をケイトに差し出すセシル。
「ちょっと大きい。あ、胸のところはぴったしだ」
「な、なんですって!?」
ゼロとレイア、ローズとリースの四人は静かに食事を進める。
「これ美味しい! なんですか?」
「魚のムニエルだ。シェフの自慢作らしいぞ」
リースは初めて食べたのか、そればかり口に運ぶ。
「ふふ。やっぱり皆で食べるご飯は美味しいですね」
「ああ、そうだな」
レイアと笑い合うゼロ。だいぶ笑顔もさまになってきたようだ。
「うひゃーまだまだのむぞ!」
フェンリーが顔を真っ赤にして酒をラッパ飲みしている。
「おいおい、その辺にしておいた方がいいんじゃないかい?」
「うるへぇー!」
「悪酔いするやつだな」
ワルターの忠告を無視し、どんどんアルコールを摂取するフェンリーを冷ややかな目でみるオイゲン。
「ふふ。楽しそうね」
ニコルが追加の酒を持って三人のもとにやって来る。
「お、ねぇーひゃんいっひょにのもうや!」
フェンリーが呂律が回らず、ニコルが誰だか識別もできていないようだ。
「ご一緒しても?」
「ああ、もちろんさ!」
ニコルをワルターは快く受け入れるが、オイゲンはそうでもない。
「俺はお前を許した覚えはない」
「そう、なら私は失礼するわ」
去ろうとするニコルを呼び止めるオイゲン。
「だがここは酒の場だ。しがらみは切り捨てて飲み交わそう」
ニコルは少し微笑んでその場に座る。
最後の晩餐は夜遅くまで続いた。




