episode 126 「プロ」
ガスバーナーのような勢いの炎がフェンリーを襲う。避けきれないと判断したフェンリーは眼前に壁を作り出すが、すぐに穴が開き、自分まで炎が到達してしまう。溶けては凍らせ、溶けては凍らせを繰り返し、何とか攻撃を防ぐフェンリー。それを嘲笑うエンヴァー。
「無様だな。お前にできることはその程度だ。その程度で何しに戻ってきた?」
フェンリーは落ちている残骸を凍らせ、猛スピードでエンヴァーに投げつける。
「ムカつくんだよ。だからぶっとばしに来た」
フェンリーの放った氷は、エンヴァーに届くことなく熱によって直前で燃え尽きる。
「フ、見かけによらず熱い男だ。だが俺の熱さを越えられるか?」
全身に炎を纏うエンヴァーに鉄の塊が撃ち込まれる。
「……水をさすやつだ。嫌いなタイプだな」
「貴様に好かれたくなどない」
初めて顔を見合わせる両者。ただ者でないことは直ぐにお互い理解した。
「お前がゼロか。お目にかかれて光栄だよ。俺はエンヴァー。ゲイリーを倒したそうだな?」
火の玉をゼロとフェンリーに投げつけながら話を続けるエンヴァー。
「なかなかやるじゃないか。ゲイリーの耐久力は並みじゃない」
「ああ。俺一人では到底敵わなかっただろう」
火の玉を紙一重で避けながらエンヴァーに撃ち込むゼロ。
「だろうな。お前が勝てる相手じゃない。そもそもなぜ加護を持たないお前やアーノルトが最強と呼ばれているか理解できない」
ゼロの弾は炎に飲み込まれ、溶けてしまう。
「俺やフェンリーの方がよっぽど強いじゃないか」
フェンリーに目線を移すエンヴァー。
「へ、そういってられるのはお前がヤツと会ったことがないからだろ」
フェンリーはアーノルトの恐ろしさを嫌というほど思い知らされていた。
「確かに会ったことはない。だがゼロがこの程度ならたかが知れている」
エンヴァーは鞘から剣を取り出す。指先でそっと剣をなぞるとそれはたちまちに炎を纏う。
「またそれかよ!」
「ああ、そうだ。七聖剣フランジュには遠く及ばないがこれでも名剣だ。ワルターがいない今、お前にこれを防ぐ手段はあるのか?」
ゼロに警戒しながらも、フェンリーに斬りかかるエンヴァー。盾で防げないことは先刻の戦いで判明した。フェンリーに残された手はエンヴァーの意識をこちらに集中させつつ、避け続けることだった。
そうすればきっと。
突如現れた背中の痛みに身をよじらせるエンヴァー。
「ガハッ!」
背中からは血が流れていた。
(バカな! ゼロへの警戒は怠らなかった! 奴からは攻撃する素振りなど微塵も感じられなかった!)
だが確かに攻撃はゼロから放たれていた。
(あり得ない! 奴はなんの感情も無しに攻撃ができるのか!?)
ゼロへと意識を集中すると、今度はフェンリーへの警戒が薄れる。脇腹に重い蹴りを食らってしまう。
「うっ!」
「おまえ、加護にかまけて鍛練を怠ってるな? 雑魚相手には通じてもプロ相手には通じねぇぞ?」
「くそが!」
「おっと!」
直ぐに全身に炎を纏い、フェンリーを下がらせる。
「俺をなめるなぁぁ!」
辺りはすぐさま火の海となる。
「離れるぞ。もう、戦う必要はない」
フェンリーと共にエンヴァーから距離をとるゼロ。エンヴァーの目には既に二人の姿は映っていないようだ。
「俺は加護を受けているんだ! 無能力者が俺に勝てるかぁ!」
なりふり構わず建物や木々に攻撃を仕掛けるエンヴァー。その間にもゼロに受けた傷は広がり続け、血は流れ続けていた。
「なあ、あいつどうするんだ?」
フェンリーが質問する。ゼロは答えずフェンリーを睨み付ける。
「悪かったって……」
フェンリーが謝罪するとゼロが口を開く。
「あいつはもう、俺たちが見えていない。近づくことは難しいが、勝手に自滅するだろう」
その言葉の通り、徐々にエンヴァーの炎は小さくなり、やがて消えた。
エンヴァーに近づく二人。
「……殺せ」
虚ろな目をしたエンヴァーがゼロに呟く。
「殺しはしない。だが、生かす気もない。あとはお前の気力次第だ」
そう言ってその場を去るゼロ。
「俺はお前を許さねぇ。だが、お前みたいになりたくねぇ」
殺意をグッと押さえてゼロのあとを追うフェンリー。
ただ一人、建物の残骸と人々の死体の中に倒れるエンヴァー。
「クソ……」
ただ一言呟き、そして目を閉じた。




