episode 12 「射撃大会」
ゼロとレイアは再び街道を進んでいた。
「いいのですか? 白昼堂々と歩いてしまって」
レイアが不安そうに訪ねる。あれだけ苦労して進んできてまで身を隠していたのだから当然の疑問だ。
「バロードを始末したことで向こうも対応に追われるだろう。しばらくは安全なはずだ」
そういいつつも、警戒体制を崩さないゼロ。油断は最大の敵だ。
前の町で二人は殆どの持ち物をバロードに爆破されてしまい、血だらけの服は処分し、宿屋から盗んだ服を見に纏っていた。盗んだことに後ろめたさを感じているのか、レイアはしきりに服を気にしている。だが、金もないので、結局はまた盗むことになってしまう。
何とか金を手にいれる方法を考えていた矢先、道端に一枚の紙が落ちていることに気付くゼロ。
「レイア、新しい服を買おう」
その言葉に期待する様子もなく、淡泊な返事をするレイア。
「あてはあるのですか?」
ゼロは拾った紙をレイアの目の前に差し出す。紙は、ある大会の挑戦者を募るチラシだった。レイアは声に出して読み始める。
「射撃大会挑戦者募集、優勝賞金30万!」
パァと明るくなるレイア。
「射撃で俺に勝てるものなどいない。殺しのために磨いた技がこんなところで役に立つとはな。これでしばらくは金には困らないだろう」
ゼロは自らの腕に自信があった。10年以上毎日死に物狂いで鍛えてきた腕だ。誰にも引けをとるつもりはない。
二時間後、会場のある町に到着した二人。残された僅かな金を使い、簡単な食事をとる。
「お嬢様のお口には合わないかな?」
意地悪げにゼロが訪ねる。レイアとの心の差が縮まったのを楽しんでいるようだ。
「ご存じないんですか? 人と一緒に食べる食事は何だって美味しいんですよ?」
てっきり小言の1つでも言われるかと思っていたが、レイアの瞳は真っ直ぐだ。少し自分が情けなくなるゼロに1人の老人が声をかけてきた。
「あんたら見ない顔だがどこのもんだ? なにしに来た?」
老人の問いかけを警戒し、沈黙するゼロ。見たことの無い老人だが、組織の人間でない保証は何処にもない。
「ああ、言いたくなければ言わんでもいいさ。だが、目的はわかるぞ! 射撃大会の賞金目当てだろ!」
ゼロの返答など待たずに話を続ける老人。気安くゼロとレイアのテーブルに割り込んでくる。
「これでも俺は昔は保安官として日々銃をぶっぱなしてたわけよ。あんたの指を見れば分かる。相当撃ち込んでるな?」
老人は自らのぼこぼこの指を見せつつ、ゼロの右手を指差して話す。
「ああ、誰にも負ける気はしないな」
ゼロも自信満々に答える。
「そいつは結構だ。だが、今回は諦めた方がいいな」
老人の言葉に苛立ちを覚えるゼロ。
「それはどういう意味だ。貴様が出場し俺に勝つとでも言いたいのか?」
思いがけないゼロの気迫に多少気圧される老人だが、そのまま会話を続ける。
「そ、そういう意味じゃねぇ。おっかないねぇにぃちゃん。チャンピオンが来てるのさ」
「チャンピオン?」
何だか面白そうな話だなと、レイアが口を挟む。
「ああそうさ。ここ数年はまったく顔を見せなかったが、奴は過去出場した全ての大会で優勝してる。まさに無敵のチャンピオンさ」
まるで英雄の話でもするようにウキウキと話す老人。相当そのチャンピオンとやらに惚れ込んでいるようだ。だがそんな武勇伝をいくら聞かされようとも、ゼロは自らの優位を疑おうとはしない。
「そうか、ならそいつにとっては初めての敗北と成るわけだ」
「お、威勢がいいねぇ。気に入った!こいつは餞別だ!」
そういって老人は金の入った袋を差し出す。袋からは数枚の金貨が顔を覗かせており、とてもここの食事の支払い用たは思えない。
「なんのつもりだ。施しは受けんぞ。」
ゼロは警戒し、袋を突き返そうとする。経験上、金の絡む話には必ずよからぬ裏がある。
「まぁそういうなや。カッコつけるのは結構だか、そこの嬢ちゃんその食事じゃ明らかに不満そうだぞ? ちゃんと旨いもん食わしてやれ」
老人は金を置いてその場を去る。ちらっとレイアの方を向くゼロ。レイアはペロッと舌をだし苦笑いしていた。
「……」
ハァ、とため息をつき、ゼロは追加注文のためウェイトレスを呼んだ。
老人からもらった金も今夜の宿代と、レイアの豪快な食べっぷりですっかり底をついてしまった。お腹が一杯になったレイアはすやすやと眠りにつく。その邪気のない寝顔をみて満足そうにゼロも眠りにつく。
大会当日、会場には様々な人々が腕を競いにやって来ていた。そこにはあの老人の姿もある。
「あの方結局参加しているのですね」
「敵ではないさ」
レイアが手を振ると、ゼロたちに気づいたのか老人はこちらに駆け寄ってきた。
「いやぁ、あんたらを見ていたら腕が疼いちまってよぉ」
老人はホルスターから自慢の銃を引き抜くと、ゼロたちに見せつけるようにくるくると回し始めた。
「金の件は助かった。感謝する」
「いいってことよ。お、あれがチャンピオンだぜ」
老人が帽子を被った男を指差す。敵だとは思わないが、顔ぐらいは拝んでおこうとその先を見つめたゼロだったが、その顔を確認したとたん、思わず後ずさりをしてしまう。
「どうしたのですか?」
冷や汗をかくゼロを見て不安げに声をかけるレイア。
「なんだ? 知り合いかい?」
老人の言葉に唾を飲み込み、首を縦に降るゼロ。そしてチャンピオンともてはやされている長身の青年の顔をじっと見つめる。
「……ジャック。銃殺のジャック。組織の中で唯一俺よりも銃の扱いに長けた男だ」
ジャックはこちらに気づいたのかニヤリと笑う。
「走れ!」
ゼロはレイアの腕をとり、全速力で駆け出す。何故ジャックがここにいるのかは不明だが、ゼロたちの素性は間違いなく聞かされているだろう。捕まれば金どころの話ではない。脚には自信のあるゼロだったが、ジャックはいとも簡単に二人に追い付き、前に立ちはだかる。
「何も逃げることはねぇだろ。久しぶりじゃねぇかZ。お前も大会に出んのか?」
旅人風の衣装に身をつつみ、羽根つき帽子をかぶったジャックが問いかける。
速すぎる。ゼロも決して鈍足ではない。だが、この男は次元が違う。組織最速の男。Jの称号を持つ、銃殺のジャック。
「レイアに手出しはさせない。やるならば一対一で戦え」
状況が理解できず混乱しているレイアを下がらせるゼロ。レイアの逃げる時間だけは作り出そうと、ゼロはジャックに戦いを挑む。
「当たり前だろ。これはガンマンの大会だ。女は出られねぇ」
「何を言っている。大会だと? これは殺し合いだ」
ジャックの言葉が理解できず、銃を構えるゼロ。するとジャックは落ちていた小石を拾い、ゼロの銃めがけて投げつける。そしてその小石は見事に銃口へとおさまった。
驚きを隠せないゼロ。
「お前、弱くなったな。以前のお前なら俺に石を投げさせる暇なく撃ってたろ、まぁ避けるが」
ジャックはスッとレイアに指を指す。
「やっぱその女が原因か。組織の話は本当だったんだな、お前が裏切ったって言うのはよ」
ジャックの言葉に耳を傾ける気などさらさら無いゼロは、使い物にならなくなった銃を手放すとナイフを取り出し、ジャックに向かって投げつける。ジャックはそれを軽くかわして話を続ける。
「お、殺る気出てきたか? だが、残念だ。俺は指令を受けちゃいない」
ゼロはナイフについている糸を引っ張る。するとナイフは空中で方向転換し、ジャックを背後から襲う。ジャックは後ろを振り向かずそれを撃ち落とす。ホルスターから銃を引き抜く動作が全く目で追えない。
「話はまだ途中だろ。俺にお前とその女を殺す理由はねぇ。だかな、お前が弱くなっていくのを黙ってみてるのもつまらない。そこでだ。もしこの大会でお前が優勝できなかったら、その女を殺す」
ジャックはレイアに向かって銃を放つ。弾は入っていなかったが、レイアに死の予感を与えるには十分な演出だった。
「こんな風にな」
そう言い残すと、ジャックの姿は風のように消えていった。レイアは動けなかった。ゼロもまた呆然としていた。勝てない。そんな予感を植え付けられた。
だが、勝たねばレイアは殺される。ゼロは拳を握りしめた。




