episode 111 「氷と風」
ラティックはフェンリーをじりじりと壁際に追い詰める。
「大人しく投降するか、死ぬかだ」
「へ! どっちにしろ闇に流すんだろうが!」
「さっきから何を……」
「うるせぇ!」
フェンリーから仕掛ける。血を手に掬い、ラティックに向かって投げつける。しかしラティックの操る風によってかきけされ、壁に飛び散る。
「素肌だけではなく体液でも同じことができるのか。驚異だな」
壁で赤い氷の花を咲かせるフェンリーの血を見てラティックが感心する。
「忠告は以上だ」
宙に浮く矢が一斉にフェンリーを襲う。間一髪でよけるフェンリー。何本かは壁に突き刺さるが、何本かは矢の向きを変えてフェンリーを追跡する。
「くそ! なんだこりゃ!」
「俺の目の届く範囲なら、どこまでもお前を追い続けるぞ」
「ならこれでどうだ!」
フェンリーはラティックに向かって突っ込む。
「俺に矢を当てる作戦か? くだらないぞ」
「な!」
風が逆巻き、ラティックの体がフワッと浮かび上がる。
「おいおい、そんなことできんのかよ!」
「それはお互い様だ」
矢がまたフェンリーに命中する。肩を貫かれ、よろめくフェンリー。
「がっ! いってぇなコラ!」
フェンリーは手のひらを凍らせて壁に張り付く。そして解除、発動を繰り返し蜘蛛のように壁を上っていく。
「すごいな。汎用性は俺以上か」
ラティックはスーと部屋の中心部まで移動する。フェンリーは壁を上れるだけで空を飛べるわけではない。恐らく天井は体重を支えきれずに落下してしまうだろう。
「お前、卑怯だぞ! 降りてこい!」
「何をいっている。これは殺し合いだぞ」
壁にへばりつくフェンリーに向かって空中から矢を放つラティック。壁に上ってしまったことが仇となったか、うまく身動きがとれないフェンリー。背中に力を集中させ、全力で防御体制に入る。
「はぁぁぁあああ!」
フェンリーの背中に厚さ30センチほどの氷が出現し、矢を防ぐ。
「ゼェゼェ。どうだこら!」
「脱帽する」
ラティックは風を操り、屋敷の柱を少しずつ削いでいく。
「では、これはどうする?」
細かく砕けた柱が石の雨となってフェンリーに襲いかかる。
「ぐぁぁぁぁぁぁ!」
フェンリーの氷は砕けちり、フェンリーもろとも地面に叩きつけられる。
「終わりだ」
十数本の弓矢がフェンリーに狙いを定める。フェンリーには最早受け止めるだけの力は残されてはいなかった。
その時、ラティックの足に鋭い痛みが走る。
「な……誰だお前は!」
後ろを振り返るラティック。そこには全力で走り続けたのか、息を切らしたゼロの姿があった。
「貴様に名乗る必要はない。ここで死ぬか俺たちの用件をのんで僅かながら生き延びるか選べ」
「たち? この氷使いの仲間か! 後ろから攻撃を仕掛けるなど……卑怯な!」
ゼロは銃口をラティックに向けて言い返す。
「卑怯? これは殺し合いだぞ」
「くっ! なら人質をとっても文句はないな!」
フェンリーの方を振り向くラティック。だがそこには既にフェンリーの姿はなかった。
「な!」
「ああ、もちろん構わないとも。とれるものならね」
ワルターによって連れ出されたフェンリーはドサッと倒れる。
「済まねぇ。だけど俺はどうしても!」
「謝罪はあとで聞く。まずはこいつを黙らせる。お前はそこで休んでいろ」
フェンリーを後ろに下がらせ、ゼロとワルターの二人が敵であるラティックを見据える。




