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スティールスマイル  作者: ガブ
第三章 もう一人のゼロ
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episode 108 「レイアとセシル」

夜が明ける。


震えるセシルの体をオイゲンが支える。思い足取りで一歩ずつ屋敷の方へと歩いていく。


屋敷はそのままの形でそこにあった。淡い希望を抱きながら中へと入る。あるのは絶望だけだと知りながらオイゲンもあとに続く。


静まり返る屋敷内。こびりついた血の臭い。よく知った場所だというのにまるで始めて訪れたような感覚。


両親の寝室を目指すセシル。屋敷に入ってからは一言も言葉を発さない。勢いよく扉を開けるセシル。


「お父様! お母様!」



そこに両親の姿はない。あるのはどす黒く変色した血のあとだけだった。



足元から崩れ落ちるセシル。涙が溢れてくる。オイゲンが肩を支える。


「お嬢様……いつアーノルトが戻ってくるかわかりません。もう、参りましょう」

「くるなら来なさいよ。私がこの手で……」


セシルは震える手を握りしめる。


ゼロがセシルの口を塞ぐ。


「それ以上は言うな。お前はこちら側に来てはいけない。フェンリー、ワルター、手がかりを探すぞ。ニコル、お前はセシルを頼む」


屋敷内を調べるゼロ、フェンリー、ワルターの三名。しかしほとんどの部屋が荒らされた形跡が無く、果たして本当に皆殺しにされたのか疑わしいほどだった。


「さすがは暗殺ってとこか。きっと死んでも死んだことに気がついてなかったんだろうな。しかしここまで気配を消せるものかねぇ」


まるで外出しているだけかのような部屋の中でフェンリーが感心する。



「そうだね。もしかしたらまだ屋敷の中に潜んでいるのかもしれない」

「よせよ、本当に現れたらどうすんだ」


冗談に聞こえないワルターの冗談。少しほこりのかぶったベッドに腰かけるフェンリーを震え上がらせる。しかし確実に無いとは言い切れない。三人は十分に警戒しながら探索を続ける。




「お父様とお母様は本当に亡くなられたのね」

「お嬢様……」


セシルの小さな肩を抱き抱えるオイゲン。


「遺体はどうしたの?」

「ご案内いたします」


屋敷の裏庭へとセシルを連れていくオイゲン。かつて一面の花畑だった場所にはおびただしい数の墓がたてられていた。その一つ一つにいびつな字で名前が彫られている。


「ありがとう、オイゲン」


セシルはその墓一つ一つに手を合わせ、祈る。


両親の墓は一番奥にあった。


「お父様、お母様。わたくしは無事こうして生きています。わたくしは一人で生きていけます。安心してお眠りください」


強がってはいるもののセシルの顔は真っ赤で、涙がこぼれ落ちそうになっている。


「お嬢様は一人ではありません。私が付いております」


セシルの両親の墓に頭を下げるオイゲン。


「オイゲン……」


オイゲンに抱きつき、わんわん泣くセシル。その姿はいつもの大人びたセシルではなく、年相応の少女のものだった。


「あなたはわたくしを置いていかないでね」

「もちろんです」


二人を墓の外から眺めるニコル。


「アーノルト、ひどいことするわね。でもなんでトップのアーノルトが、たかが貴族の始末に向かわされたのかしら」


首をかしげるニコル。


「何か裏がありそうね」



探索を終えたゼロたちが合流する。どうやら成果は無かったようだ。


「痕跡がない。恐らくここには奴の細胞一欠片すら残されてはいないだろう。本当にアーノルトがいたのか?」


ゼロは疑問を抱く。果たしてここまで痕跡をのこさず行動できるものなのかと。


「確かだ。逆にアーノルト以外でこんなことができるやつに思い当たる節がない」


オイゲンはきっぱりと答える。


それもそうだと納得するゼロ。アーノルト以外の驚異など考えたくもなかった。



幸い屋敷にはまだライフラインが残っていたので、厨房を使い、ワルターとゼロで夕食の準備をする。もっとも食材はほぼ腐っていたため、また森で食料調達する羽目にはなったのだが。


昨日とは違い、皆の空気は重かった。特にセシルはほとんど箸が進んでいない。


「どうしたんだいセシル。ゼロの料理が不味かったのかい?」

「そうなのか?」


ワルターが視線をちゃかす。真に受け、不安になるゼロ。


「いいえ、とても美味しいですわ。ゼロ、あなた料理の腕を上げましたわね」

「ではなぜだ?」


ゼロの言葉に箸を置くセシル。そして顔を手で覆う。


「怖いんですの! お父様とお母様のように皆さんが死んでしまうのではないかと、アーノルトと戦って殺されてしまうのではないかと。できれば戦いなんてやめてほしい、ですが敵を討ちたい気持ちもありますの! わたくし、どうすればいいのかわからなくて……」


大粒の涙を流すセシル。その顔をレイアと重ねるゼロ。


「心配するな、俺たちは死なない。アーノルトには必ず報いを受けさせる。だから……泣くな」


ぎこちない表情で笑顔を作るゼロ。そのおかしな顔を見て思わず笑ってしまうセシル。


「ふふ。なんですのその顔。それで笑っているつもり? 笑顔はこうするんですのよ?」


そう言ってめいいっぱい笑うセシル。


「ああ、その方がいい」


セシルの頭をくしゃくしゃっと触り、立ち去るゼロ。


「いまあなた、レイアちゃんの事を考えてたでしょ?」

「何の事だ?」


鋭いニコルの横を通り、部屋を出ていく。


セシルは涙を吹いて立ち上がる。もうその顔に憂いも恐怖も絶望もそして迷いも感じられなかった。







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