episode 106 「到着」
「あ~生き返りますわ」
セシルは暖かいシャワーを浴びる。ニコルへの憎悪や嫉妬が洗い流されていく。
「ふふ。よかったわね」
ニコルが浴室に入ってくる。服は着たままだった。
「本当は私も入りたいのだけど、裸を見せたりなんかしたら、きっとあなた死んでしまうもの」
「……そんなことありませんわ。と言い切れないのが悔しいですわね」
改めてニコルの身体を見つめるセシル。人を惑わすために存在しているかのような肉体だ。ブルブルと首を振るセシル。
「お嬢様、そちらにニコルが向かいませんでしたか!」
浴室の外でオイゲンが叫んでいる。
「オイゲン、一歩でも中に踏み込めばあなたとて許しませんわよ」
今にも中に入ってきそうなオイゲンに釘をさす。
浴槽に浸かるセシル。久しぶりの入浴をたっぷりと堪能する。
「湯加減はどうかしら?」
「最高ですわ」
セシルの体から力が抜けていく。屋敷を飛び出してからやっとゆっくりできた気がする。
「よかったわ」
にっこりと笑ってニコルは浴室を出ていく。その妖艶な表情に思わず心を奪われそうになるセシル。
(あ、危なかったですわ。何て破壊力なのかしら……)
「しかしとんでもねぇな。島に寄った理由が風呂に入りてぇからなんてよ!」
ニコルが部屋に戻るとフェンリーが不満たらたらでタバコをふかしていた。
「お嬢様は女性だ。むしろこれまでよく我慢した方ではないか」
オイゲンがセシルをフォローする。
「まあ、いいじゃないか。こうして彼女とも出会えたわけだし」
部屋に入ってきたニコルにワルターが視線を送る。
「あらフェンリー、何か言いたいことがありそうね」
「ありすぎて言いきれねぇよ」
二人の溝はそう簡単には埋まりそうにない。
「……セシルの用が済んだらすぐに出るぞ。ニコル、覚悟はいいな?」
「ええ、もちろん」
セシルは入浴をたっぷりあじわい、出発したのはそれから一時間後の事だった。
原住民たちの見送りを受けて、六人は出発する。
「よかった! 無事だったか! って、なんだそのマブいねーちゃんは!」
船長は早速ニコルの虜となった。
夜が更けていく。話題は誰が船室を使うかで盛り上がっていた。
「お嬢様は確定だ。そしてボディガードの俺もまた確定だ。ここまでは異論ないな?」
「ふざけんな、最後の一日位俺にも使わせろ。この船は俺が用意したんだぞ」
オイゲンの申し出にフェンリーが苦言を呈す。
「俺は外でも構わないよ。ニコルと一緒ならね」
「あら、私はゴメンよ。船長室でも使わせてもらうわ」
ワルターの誘いを断り、ニコルは船長室へと入っていく。 船長がニコルに詰め寄る。
「ねーちゃん、ここは海の男の戦場だ。部外者を、ましてや女を入れるわけにはいかねぇ」
「あら残念。今夜は冷えそうだから人肌を感じたかったのだけれど」
ニコルは肩を服から覗かせる。当然船長は抗うことができない。
「うひょ! こ、コホン! まあ女性を寒空のしたに放り投げるわけにもいかねぇな。よし、これも男のつとめだ! 使いな!」
「ふふふ」
次の日の朝まで船長室の扉は固く閉ざされていた。
結局船室はいつも通りセシルとオイゲンが使用し、残された三人もまたいつも通り星を見ながら就寝した。
長かった1日が終わり、六人をいざなう朝日が上る。そしてそれは新天地ハウエリスを指し示す。
「あれがわたくしの故郷、ハウエリスですわ」
セシルがハウエリスを指差す。その表情はどこか悲しげだった。




