episode 104 「困惑」
ついにニコルを退けたゼロ。急いでフェンリー達の元に戻るが、そこではまた新たな問題が発生していた……
ゼロがフェンリーとワルターの元に戻ると、凍り付けにされたオイゲンと、それに寄り添って泣くセシル、そして血まみれで倒れているワルターがいた。
「早くオイゲンを解放しなさい! 死んでしまいますわ!」
セシルが騒いでいる。
「死にゃあしねぇよ。ゼロが戻るまで待て。万が一こいつの術が解けてなけりゃ危険すぎる。ワルターを見てみろ」
フェンリーは顎でワルターを指す。出血は止まったようだが、まだ目を覚まさない。それを見てセシルも騒ぐのをやめる。
「何があった」
ゼロが戻ったことに気がつき、セシルがフェンリーの方を向く。
「やったのか?」
「ああ、もう術は解けているはずだ」
「ねぇ、もういいでしょう?」
フェンリーは小さく舌打ちをしてオイゲンを掴む。
「ゼロ、手伝ってくれ」
二人でオイゲンの巨体を担ぎ、近くに流れている川まで連れていく。水にオイゲンを浸け、少しづつ氷を溶かしていく。
「ワルターは無事なのか?」
作業をしながらゼロがフェンリーに尋ねる。
「命に別状はないはずだ。だが血を流しすぎている。しばらくは安静にしとかねぇと」
「その心配はないさ」
振り返る二人。ふらふらになりながらこちらに歩いてくるワルターの姿をとらえる。
「やあゼロ。あの美人さんをこらしめてくれたんだね? おっと」
「バカ野郎! うろうろしてるんじゃねぇ!」
倒れそうになったワルターをフェンリーが支える。
「はは、全く情けないね。まともに歩くことすらできないなんて。修行が足りないな」
ワルターはゆっくりと腰かける。
「お前は船に戻っていろ。オイゲンを目覚めさせたらすぐに向かう」
「俺を仲間はずれにしようだなんて、そうはいかないさ。俺のことは心配しないでくれ」
ゼロが心配するが、ワルターは聞き入れず、オイゲンの解凍を見守る。
三十分ほどでオイゲンを覆う氷はすべて解け、それからさらに十分ほどで目を覚ましたオイゲン。
「オイゲン!」
セシルがオイゲンに飛び付く。一瞬状況が理解できないオイゲンだったが、ワルターの怪我とフェンリーの怖い顔ですべてを理解する。
「……俺がやったのか?」
「あなたは悪くないですわ!」
セシルが必死にフォローする。
「確かに悪いのはお前じゃねぇ。だが一発殴らせろ」
「や、やめなさい!」
フェンリーとオイゲンの間に入り込むセシルを力ずくでどかし、オイゲンの頬を思い切り殴るフェンリー。拳を氷で強化したのか、鋼の肉体を誇るオイゲンの皮膚に血がにじむ。勿論フェンリーの拳にも相当のダメージがあるが。
「ワルター! お前も殴れ! 殴れねぇなら俺が代わりにやるぞ!」
「もうやめて!」
フェンリーの服を掴むセシル。
「お嬢様、良いのです。悪いのは私なのですから」
「あなたは悪くない! 悪いのは……!」
「私……かしら?」
いつの間にかニコルの姿があった。
「おい、殺ったんじゃねぇのか?」
「殺したとは言ってない」
ニコルにつかみかかるセシル。
「そうですわ! あなたがいけないのです!」
「そうね、美しさはある意味、罪ですもの」
激昂するセシル。そのセシルよりも怒っている男がニコルに近づき、頬を叩く。
「女を殴る趣味はねぇが、お前、ふざけるなよ」
「痛いわね。殺すわよ」
フェンリーとニコルの間で火花が散る。
「落ち着きたまえよフェンリー」
ワルターが剣を杖がわりにして近づいてくる。
「あら、ずいぶんと怪我をしているようね? 大丈夫?」
「てめぇ……」
ワルターをおちょくるニコルに再び拳を振り上げるフェンリー。
「フェンリー、やめるんだ。悪いのはその人じゃない。悪いのは弱かった俺自身さ」
「お前、この期に及んで何を……」
少しずつニコルの元に近づくワルター。
「私に何か用?」
「俺の名はワルター・フェンサー。モルガント帝国軍大佐、並びに組織のエージェント。惑殺のワルターさ」
きょとんとするニコル。
「あらそう。それが何かしら?」
「自己紹介さ。さあ、君の名前を聞かせてくれないか?」
「……何をいっているのかしら? 自己紹介?」
ニコルは困惑しだす。他のメンバーも同様だ。
「ああ、そうさ。もちろん君の名前は知っているよ。フェンリーが教えてくれたからね。でも君の口から聞きたいんだ。なんせこれから一緒に旅をするんだから」
ワルターの言葉に辺りが静まり返る。ニコルを始め、フェンリー、ゼロまでもが驚愕をあらわにする。
「もう一度言う。俺はワルター。君の名前は? 美しいお嬢さん」




