episode 103 「敗け」
左目を押さえながら右目でゼロを睨み付けるサヌス。ノコギリのような歯で歯軋りをする。
「よくもやってくれたなあ!ゼロ、お前は骨も残さんぞお!」
鋭い爪でゼロに飛びかかるが、その爪を撃ち落とされてしまう。
「うがががが!」
「どうした? もう一度あの薄気味悪い顔を見せてみろ」
「貴様あ!」
爪も破壊されてしまったので今度は残された歯で攻撃する。一般人相手なら確実に首に噛みつける攻撃だが、相手は伝説とまで言われた殺し屋だ。ゼロは軽く攻撃を避けて歯目掛けて銃で思い切り殴り付ける。
「さすがに口内に発砲すれば死んでしまうだろうからな」
「は、が!」
どんな肉でも噛みちぎれる自慢の歯が一撃でヒビが入ってしまう。歯と目を押さえてゼロから距離をとるサヌス。
「な、なぜだ! ここまで差があるはずがない!」
「何も不思議なことではない。いくら紳士的に振る舞おうとも貴様は所詮、言葉を話す獣だ。俺に敵う理由がない」
「だ、だまれえ! 俺もお前も同じ殺し屋だろうがあ!」
「同じではない。貴様はただの人殺しだ」
自棄になったサヌスは捨て身の体当たりを仕掛ける。が、あたるはずもなく、避けられ逆に蹴り飛ばされてしまう。
「ふざけやがってふざけやがって!」
ゼロはサヌスの太ももを撃ち抜く。
「ごがががが!」
サヌスは痛みに悶える。両手では傷口を抑えきれなくなり、パニックに陥る。
「血っ! 私の血が!」
サヌスは流れ落ちる血を必死で掬い、口に流し込む。そんなサヌスを哀れそうな目で見るゼロ。
「二度と無関係の人間を傷つけないと誓え。でなければ半殺しにする」
「な、嘗めな! 私は誇り高き食人の一族! 組織のエージェント、食殺のサヌスだ!」
足を引きずり、目を押さえ、それでもなおボロボロの爪と歯でゼロを食そうと近づいてくる。
「忠告はしたぞ」
ゼロは銃を構える。
ズドン!
弾がサヌスの脳天を撃ち抜く。血涙を流しながら倒れるサヌス。
「ニコル……!」
部屋の扉の隙間から銃が覗いている。扉がキィと開き、外からニコルが姿を表す。
銃をしまうニコル。
「礼を言わせてちょうだい、ゼロ君。本当はね、とっくにサヌスは組織から見放されていたのよ。けどね、私一人じゃどうすることもできなくてね。あなた達が島にやって来たときからこうするって決めてたの」
ニコルの元に駆け寄り、胸ぐらを掴むゼロ。
「ではなぜセシルやオイゲンに手を出した!」
「だって、あなたにムカついているのは本当ですもの」
「っ!」
ニヤリと笑っているニコルの頬をはたくゼロ。ニコルを突き飛ばし、家を後にして急いでオイゲン達の元に駆ける。
唇から滴る血を舐めとるニコル。
「あんなにも感情的になっちゃって、クールで格好よかった昔とは大違い。ま、こっちはこっちで可愛らしいけど」
その恍惚とするニコルの表情を見て、サヌスに怯えていた男たちは再びニコルの虜となる。男たちを重ねて椅子を作ったニコルはその上に腰かける。
「フフフ。ハハハハハ!」
ニコルは血まみれの部屋で高らかに笑う。
「今回も私の敗けってわけね。いいわ、面白いじゃない。まさかこの私にキスまでさせておいてここまで抵抗できるなんてね。よっぽどレイアちゃんのことが好きなのかしら?」
椅子にかかとおとしをするニコル。椅子は鈍い音をたたて崩れ落ちる。
「今度はどうしてやりましょうかねぇ? そろそろ殺しちゃおうかしら。フフフ」
すっかり静かになった家の中で、ニコルの高笑いだけが鳴り響いていた。




