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スティールスマイル  作者: ガブ
第一章 ゼロとレイア
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episode 10 「涙」

「こんにちは。人を探しているのですが、19歳ほどのスーツ姿の青年と金髪の可愛らしいお嬢さんのカップルがこちらにお世話になっていませんか?」


日が辺りを照らし始めた頃、真ん中分けの眼鏡の男バロードは宿の受付までたどり着いていた。バロードは紳士を装いながら、女将に問いかける。


「ああ、いらっしゃいますよ。3階の奥の部屋です」

「ありがとうございます。これはお礼です。受け付けにでも飾ってください」


そう言うとバロードは小さな熊のぬいぐるみを差し出す。そして女将の案内通り、階段を上っていく。


「あら可愛らしい。そうさせてもらいます」


女将は熊をなんの疑いもなく設置する。


一歩、また一歩と二人の部屋へと向かうバロード。嬉しくてしょうがない。やっと復讐できる、やっとあの2人を血祭りにあげられる。


部屋の前にたどり着くや否やおかまいなしにドアを蹴破り爆弾を投げ込むバロード。当然大爆発がおき、部屋の中はメチャクチャになる。他の宿泊者達は突如起こった事態に対応できず、大混乱に陥り、出口に向かって走り出す。階段から転げ落ちる程の勢いで出口に到達しようかというその時、女将がバロードから受け取った熊が爆発し、外へと続く入り口を瓦礫で埋め尽くしてしまう。その爆発で何十人もの人々が死傷し、一階入り口付近は地獄と化した。


「ゴミどもォ!お前らは一人も逃がさねぇ!全員ドレクに捧げてやる!」


豹変するバロード。もう彼の怒りは、ゼロとレイアを殺した程度では収まらない。人々の悲鳴と呻き声を存分に楽しむバロード。そのバロードの背後には、いつの間にかゼロの姿があった。


「見えてんだよクソガキガァァ!」


ゼロの視覚からの蹴りを受け止め、殴り返すバロード。怒りで狂っている割には冷静にゼロの攻撃に対応している。


「誰かと思えば貴様か、もう動けるとはな。見た目どおりタフな奴だ」


バロードの拳を避け、距離を取るゼロ。


「女の御守りはいいのか?それとももう殺しちまったかぁ!?」


バロードがけたけたと嗤う。勿論レイアは無事だった。異変をいち早く察知したゼロによって、浴室に避難させられていたのだ。


(先程から爆発音と悲鳴が止まない。何が起きているの?)


あきらかに異変が起きている。まるであの日屋敷で起こった地獄のような異変が。レイアはただ祈りを捧げる。あの人がきっと何とかしてくれると。


ゼロはバロードに向けて銃を構える。が、違和感を覚え引き金を引くのを躊躇する。


「殺してはなりません」


レイアのその言葉が脳裏にちらつく。目の前のこの男は殺さなければ何度でも襲いに来る。その度に今回のように災厄を招く。それは分かりきっている。


「どうしたどうしたァ! 殺る気あるのか? 簡単に死んでもらったんじゃこっちの気が収まんねぇんだよ!」


バロードは何の容赦もしない。彼の攻撃の度に人々が巻き込まれるが、まるで意に介さない。


(とにかく今は奴をレイアから遠ざけなければ)


「逃がすかよ!」


ゼロは建物を破壊してでも逃げ出そうとするが、バロードはそれを許さない。バロードの腕がゼロをとらえたその時、彼の背後からかわいらしい声が聞こえてきた。


へくしゅ!


風邪気味のレイアは急いで口を手で覆うが、もう遅い。地獄の中でも、バロードは聞き逃さなかった。


「そこですか、久しぶりですね、お嬢ちゃん。今殺して差し上げますねぇぇぇ!」


バロードはゼロから手を離し、建物を揺らしながら先程爆破した部屋へと向かっていく。

急いで追いかけるゼロだったが、バロードは既にレイアの首根っこを掴み、へし折ろうとしていた。


「ご、めんな、さい。ゼ、ロさん」


消えかけのレイアの命を見て、ゼロの中の何かが崩れた。いや、元に戻った。


「命乞いをしろォ!ひざまづ……」


ヒュ!


ゼロに向かって勝ち誇るバロードの言葉を風が遮る。と、共にレイアの首から、いや、バロードの肩から腕が離れる。


「グ……」


悲鳴を上げる暇も与えず、目にも止まらぬ速さのゼロの手刀が、彼からもう片方の腕も切奪う。あまりの痛みに気絶するバロードに追撃を加え無理矢理起こすゼロ。


「寝るな。意識を保て、そして死ね」


凍りつくような視線と声にバロードは震え上がる。その怯えた瞳に映し出されたのは、紛れもなく惨殺の殺し屋と恐れられたゼロ本来の姿だった。


「あ……ば、ば……」


倒れ、次第に動かなくなるバロード。それでもなおゼロは攻撃をやめない。返り血で服は真っ赤に染め上がり、バロードの臓物がまわりに飛び散る。


「ゼロさん」


呟くレイアの声はまったくゼロに届かない。


「ゼロさん!」


すでに人の形をしていない元バロードを痛め付け続けるゼロ。レイアの叫びは聞こえていない。


「ゼロ!!」


レイアの平手がゼロの真っ赤な頬を叩く。ようやくゼロは正気を取り戻したのか、ゆっくりとレイアの方を見る。そこには涙を流し、恐怖と悲しみで引きつった顔があった。


「何を、しているのですかっ!」


レイアから目を離し、自分が今まで痛め付けていた物に目を移す。そこには見慣れた光景があった。一週間ほど前までは、ほぼ毎日目にしていたあの光景が。



「……すまない」


謝罪に意味など無い。だが、それでも今のゼロにはそれしかできなかった。



結局ゼロとレイア以外の全員が亡くなってしまった地獄の建物を抜けた後、二人は黙々と歩いた。そしてゼロは自らの存在を問いかけていた。


俺は所詮殺人マシーン。

人並みの生活など不可能。


このままではいずれレイアを殺してしまうかもしれない。そんな不安が現実となってしまう恐怖がすぐそこまで来ている気がした。


(ここまでかもな)


覚悟を決めたゼロが口を開く。


「レイア。話がある」


ゼロの呼び掛けに、先を歩く足レイアが足を止める。そして前を向いたまま先に話し出す。


「その前に、わたくしからも言いたいことがあります」


レイアの真剣な声に口を閉ざすゼロ。


向こうから別れを切り出してくれるなら後腐れなく去れる、そんな事を考える。


「ごめんなさい! 助けてくださったのに顔を叩いてしまって!」


ポカンとするゼロ。


「ごめんなさい! 殺してはいけないなんて、偉そうに説教をしてしまって……」

「お前はなにも悪くない、悪いのは俺なんだ」


レイアからそんなことを言われるとは思ってもいなかったゼロは、彼女の前に飛び出す。そして自分のしてしまったことを謝罪しようとするが、レイアの言葉は止まらない。


「殺されかけて実感しました。綺麗事を言っていては死ぬだけなのだと。結局わたくしはあなたに全て押し付けて……」

「そんなことはない。俺が弱かっただけなんだ」


泣き出しそうになりながら崩れ落ちるレイア。ゼロはレイアを受け止めるが、その体はずっしりと重く彼の心にのしかかる。


「怖かったんです。人殺しを肯定する自分が。ただいい子を演じたかっただけなんです。ずるいですよね? 貴方に汚れ役を押し付けて、わたくしは守ってもらうだけなのに……」


レイアの目には涙がうかんでいる。どうすればこの少女を救えるのか、思考がそこだけに集中する。


「お前が正しいんだ。殺しが肯定されていいはずがない」

「でも、でも、わたくしは!」


そっとレイアを抱き寄せるゼロ。


「泣かないでくれ、俺はもう自分に負けたりしない。お前を悲しませたりしない。

だから、俺の側にいてくれ、笑っていてくれ」


ゼロは必死に言葉を絞り出す。想いを伝え、強くレイアを抱き締める。


「嬉し泣きもダメですか?」


レイアは泣いた。心の底から。泣き終わるまでゼロは彼女を離さなかった。








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