テヲ、ハナサナイデ
ホームに下り電車のアナウンスが入り、二人は名残惜しげに体を離す。でも離れたくなくて、ノリが伸ばした細い指を、瑛海はちゃんと捕まえてやる。
瑛海の腕に頭を寄せてノリは幸せそうに、繋がれた手を見つめた。
「そいやお前のノリって、本名?」
「へ? うん、矩太郎って言うの」
「ぶっ! マジかよ! お前の親よくもそんな純日本風な名前つけたな! お前が将来、こんなお人形さんみたいに可愛くなるの、きっと知らなかったんだな」
瑛海はくしゃくしゃに顔を緩めて笑ってみせた。無意識に褒める男相手にノリは動揺を隠せない。
「なっ、なんだよ、それっ……そんな……」
うまく返す嫌味も、最早思いつかない。素直に嬉しいと言ってしまいたい。
言ったら、次は何と言ってくれるのだろうと、ノリは赤い頬をしたまま瑛海を見上げると、穏やかな目をした瑛海と視線が合い、心臓の高鳴りが最高潮に達した。
線路の奥から、大きな警笛を鳴らした下り電車がホームに入ってくる。
ノリの心はふわふわと宙に浮いていた。
二人きりになったら、また、瑛海は甘い言葉を囁いてくれるのだろうか、また、抱きしめてくれるのだろうか。そして、今度こそ──
「このアバズレがあーーー!!!!!」
おどろおとろしい叫声と共に、もの凄い力でノリは背中を突き飛ばされた。繋がれていた手が、千切れた紙テープのようにブツリと離れていく。
ノリの細い体は呆気なく前に飛ばされ、薄暗い線路に向かって落ちて行く。
「ノリッ!」
自分を呼ぶ声に少しだけ視線が反応した。酷く驚いた顔の瑛海と目が合った瞬間、これが最期の景色なんだとノリは、ふと悟った。
だが、強い力に手首を引かれ、落ちて行くしかなかった体はまたホームへと引き戻される。それは何か代わりの反動を使ったお陰だった。
まるで、シーソーみたいに、自分が上がると反対側は落ちて行く。
ノリの反対側は──瑛海だ。
ホームにいた女性の悲鳴と、鼓膜が破れそうなほど強く割り響く警笛と、城山の不気味な笑い声。
だが、ノリは自分を強く呼んだ瑛海の叫び声以外、何も耳が受け入れなかった。
叫び声みたいに電車のブレーキ音がホーム全体を包んで、そこにいる誰もが異常な空気に体を震わせた。
ホームに滑り転げたノリは尻餅をついて、勢いよくベンチに肩を打ち付けた。派手に打ち付けたのに、大きな痛みを感じない。何が自分に起こったのか、何が今目の前で起こったのか、全く何も理解出来ない。
わかるのは今隣に立っていたはずの瑛海が、どこを見回してもいない。目の前には電車の車体があって、中の乗客たちが必死に窓から線路の隙間を覗いている。
「え……み……、瑛海……」
ガクガクと全身が震えて、ノリは力の入らない足を動かすことが出来なかった。ただ、訳もわからず涙が次から次へと溢れて来て、探している男の名前を呼ぶことしか出来なかった。
「瑛海……っ……えぃみ……、瑛海、瑛海!!」