コイノ、オト
瑛海が貸しスタジオに着くと、自由が子供のようにはしゃいで出迎えて来た。
「えーみ! 大ニュース! 俺たちスカウトされましたー! 乾杯しよー乾杯ーッ!!」
「いや、お前まだ未成年だろ」と思わず冷静にツッコミながら瑛海はようやくスカウトという言葉に気が付いた。
「スカウトって……、え? バンドが?!」
「そうだよ! この間の対バン見に来てた人が業界の人だったらしくてぇ! 俺たちにデビューしてみないかって! すごくねぇ?! 俺たちとうとうメジャーデビューだよ?!」
自由は手に持ったノンアルコールビールで酔ってしまったのか、バシバシと瑛海の頭を叩いてくる。痛さも自由の言ってる言葉もいまいちピンとこなくて、瑛海は案山子のように固まっていたが、ジワジワと言葉のすごさを実感し、突然大声で叫ぶと自由の身体を持ち上げ、ぐるぐると勢いよく回した。
あまりにも振り回し過ぎて、他のメンバーにビールがかかって大非難を浴びる。瑛海は盛り上がり過ぎて最後は自由と一緒に床に転げ落ちた。
「──なに」
それしか言えねーのかよと、喉まで来ていた言葉を瑛海は飲み込んだ。電話の向こうの相手の声は相変わらず無愛想だ。
「俺さぁ、デビュー決まったの! すごくない? 明日から俺も有名人!!」
「──デビュー……」
「そう! メジャーデビュー! 俺もとうとうテレビも出ちゃうんだよ!」
テンションの高い瑛海とは裏腹にノリはやたらと静かな反応だった。可愛くねぇなと、もう少しで口を吐きそうになるのをノリの言葉が止めてくれた。
「すごい……おめでとう。すごいね! すごいじゃん! おめでとう!」
ジワジワと喜びの波が押し寄せるように、ノリの声も明るさが次第に強くなる。同じ言葉の連続なのに、なぜだかノリの真っ直ぐな言葉に感動してしまって胸が熱くなり、思わず「お、おう」と間抜けな返事しか言えなかった。
「誰かにお祝いしてもらった?」
「今して貰った。お前に」
「──ふ、ふぅん。めっちゃ幸せ者じゃーん」
「ぷっ、下手くそな、お前」
ブツン! と荒っぽい音で突然電話は切られた。それでも瑛海はひとりで肩を揺らし、しばらく笑い続けた。