燕よダンジョンの星は今何処にいた
一応、『ウィズ、その後に君の名を綴っていた』
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の続編です。
「そう。あの子死んだの」
バジャイナは金髪の長い髪を掻き上げ、気怠そうにそう言った。
何も言わずに若返りの石を渡してきた、セージという若いビショップ。
彼の友達のあああという名のシーフが死んだのだという。
「いや、ロストさ。もう埋葬されちまってる」
「寺院に行ったの?」
返事を返すのは忍者のツヴァイだ。
「ああ、低レベルだったからな」
「馬鹿ね。……本当に馬鹿」
忍者のACはマイナス20を超えている。
そう。覆面の他は何も身につけていない、鍛えられた体。
※ ※
一人、商店から酒場へ向かうセージ。
どんなに落ち込む出来事があっても日々の生活は続く。
友人、あああのロストをまだ乗り越えられず、暗い目をしたままダンジョンと商店を往復する日々を彼は続けていた。
前から小さな、あれはホビットだろうか。女の子が歩いてきてすれ違った。
幅のない道のせいで、軽くぶつかってしまう。
「あ、ごめん」
女の子はちらりとセージを見ると、嫌な顔をして早足で逃げ出した。
ああ、日本ならこれ事案だな。
そんな事を思いながらセージが懐に手をやる、と。
ない!
今日の稼ぎの入った巾着が入っていないのだ。
まさか、と振り返るとぶつかった女の子がセージの方をチラ見して、気付かれたというように急に走り出した。
スリだ。
「待てっ! ドロボー!」
追いかけるセージ。
逃げる少女。
異様にすばしこい彼女を何とか捕まえると草原の上に組み伏せる。
しばらくもみ合いになったが、手足を抑え馬乗りになって確保した。
もみ合いと言っても幼い彼女はスレンダーで、そんな柔らかい部分などないに等しい。
「離せ! 変態! ジジイ!」
「何でこんな事した!」
しばらく抵抗をしていたが、少女は逃げられないとわかると憎しみに満ちた目でセージを睨みつける。
そしてふっと目をそらすと、一筋涙を流して、
「お前のせいで、お兄は死んだんだ」
「えっ……」
まさか。
「まさか、君はあああの?」
体から力の抜けるセージ。
何と、彼女はセージの所為でロストしてしまった友人のシーフ、あああの妹だったのだ。
少女の体をそっと離す。
そしてゆっくりと立ち上がる。
そのまま頭を下げ、
「済まなかった。
お金だったら全部、あげるよ。
持っていったらいい」
少女は草の上に倒れ、そっぽを向いたままだ。
もう一度、深く頭を下げてセージ、
「本当に、済まなかった」
そして倒れている少女に手を伸ばす。
その手を払って、彼女は一人で立ち上がる。狼狽えながら、
「お、覚えてろ!!」
捨て台詞を残して逃げて行く。
青臭い草の香りが手のひらから匂った。
※ ※
酒場。
低レベル駄目ビショップのセージは僧侶のジルや戦いの女神のヤスーエさんを前に、本日気付いた思い付きを披露していた。
「はい、まず氷の杖を持ちます。
んで次に、このファイアーグローブをはめます。
んで、最後にアンチサンダーリングを付けたら、属性魔法耐性完全防御のビショップの完成です!」
「完全じゃねーけどな。それ付けてても少しは当たった筈だ」
ジルがまぜっ返す。
「ああ、氷の杖が80%軽減、他が90%なんだ。
しかもACはファイアーグローブの1しか減らないから、プラス9もあるまんまなんだけどね」
それにはジルも異論はない。
「でもACに拘るのをやめたら、まさかのこんな最強の布陣が組み上がる訳か。
確かに、後列にいたら物理なんて当たらねーからな」
「ヘェー考えたもんだねェ、そんな方法があったなんて。何で今まで誰も気づかなかったんだろうねえ」
ヤスーエさんが不思議そうに言う。
「発想の転換だよ。
ビショップで鑑定レベルが上がって、装備品のステータスがちょっと詳しく見れるようになったんだ。
知らなかったらACやWCを気にしてこんな安物ゴミ装備、すぐに捨てるか売り払っちゃってたよ」
全部100ゴールドそこそこで買えるような何処にでもある汎用品で、稀少価値もゼロの掃いて捨てるような不要装備とされていたものだった。
「やるじゃねーか」
とジル。
「目からうんこが落ちたぜ」
「それを言うなら……」
HPの上昇値が極端に低くレベルアップも遅いビショップのセージが、最下層に向かう為に考えぬいた末の結果だった。
「そう。コレでティルトウェイト受けたってHPが50もあれば耐えられる!」
「でも前衛がいなけりゃ殴られて即死だね」
「うーん、それが辛いところなんですよね。これにローブ追加で着たってACは1しか下がらないし」
パーティの前から三人目までは物理攻撃が当たる。いくら魔法に耐えられてもAC8、9の紙装備では死にに行くようなものだった。
「そうだな、協力してくれる人を探すか」
「いるかなあ」
「難しいな」
そんな時、ダンジョン探索の第一線を張る、悪名高いパーティ闇の復讐者のメンバーが酒場に入って来た。
彼らはダンジョンと馬小屋、あとはたまに商店しか利用しないので本当に珍しい事だった。
セージが彼らと顔を合わせるのは初めてだ。
そのリーダーは筋肉質で強面で、まるで……。
「熊や! みんな死んだふりせえ!」
酒場の主人が叫んだ。
「え? 熊? どこにおんねん?」
リーダーがキョロキョロ周囲を見回す。
そこにいた一同はみんな寝転んで、目をつぶったふりをする。
酒場の主人もカウンターの向こうでぶっ倒れている。
「え? 熊?
ちょっと待てぇ、ワシ熊とちゃう!
みんな、起き!」
ガラガラ声でリーダーがみんなを起こす。仲間の筈の、ダークリベンジャーのメンバーさえも死んだふりをしている。
「こらお前らも!
誰が熊やねん。
ほんま気ぃ悪いわ。
ワシはダークリベンジャーのリーダー、ゲオルグや。
こう見えてもワシ、リルガミンのバンビちゃん言われてますんや?」
「へえそんなゾンビ・ジャイアントちゃんみたいな顔して」
と宿の主人。
「誰が死んで腐って蘇ったポイズン・ジャイアントやねん、やかましいわ!」
と軽く叩こうとするのを宿の主人は大袈裟に避ける。
「危ないなぁ、前足で!」
「お手手やお手手! これ前足ちゃう!」
と左前足を振り回しながら言う。
主人はゲオルグの右前足を指して、
「じゃあそっちが前足?」
「こっちもお手手や!
これもこれも前足って、そしたらワシこないして歩くんかいな」
と四つ足で地面を這う真似をする。
「そんなん出来るんですか?」
「出来るかあ!」
よっしゃ、見とけよ!
とプレートメイルを脱ぐと平手で胸を叩き出す。
これがリルガミン名物、パチパチパンチじゃあ!
酒場の客席からしぶしぶの拍手があがる。
よっしゃ、まだまだぁ!
と銀の灰皿を取り出すとそれで頭を叩き出す。
これがリルガミン名物、ポコポコヘッドじゃあ!
どうや! どうや! どうやーーー!!
酒場の客席から仕方なしの拍手があがる。
そんな盛り下がっている中にヤスーエさんが入って行って、
「それでその、ゲオルグさん。今日は何の目的で来たんですか?」
「何もかんもあるかい、ここは酒場や。
飲みに来たに決まっとるやろ。
ほら、ねーちゃんお酌せえ」
「やめて下さい、ここはそういうお店じゃないんです」
ヤスーエさんが腰に手を回されて連れ込まれそうになる。
「こらこらこら」
仕方なしに割って入るセージ。
他のお客はダークリベンジャーが怖いのか、黙って見て見ぬ振りをしている。
「何やぁ?」
「ちょっとやめて下さい、ヤスーエさんはそういうんじゃないんです」
「何じゃワレ」
改めて対峙すると体格差が凄い。
「ほぉ。ワシらが楽しく飲もう言うのんを邪魔する気ぃやな、上等じゃ。名を名乗らんかい」
「俺はビショップのセージ。レベル14の新人だ」
「ビショップやてぇ?」
ダークリベンジャーの全員が腹を抱えて笑い出した。
「その新人ビショップさんが、偉そうにワシらダークリベンジャーに楯突こうっていうんやな?」
ビショップは低HPで成長も遅いカス職業だと誰もがみんな知っている。戦士や侍がその気になれば指先一つで首チョンパである。
セージは今更ながら後悔した。
「えっ……と、別にそういう訳じゃ」
「いい度胸じゃのう。よっしゃほんなら決闘じゃ」
真っ青になるセージ。誰も助けてなんてくれない。
「えーっ」
「そうやな。今すぐっていうのもいろいろ都合がつかん。場所は町外れ、時間は五日後でどや」
「方法は?」
「一対一!」
と宣言するゲオルグ。
「でもええが、流石にそれじゃ勝負にならんやろ。
ワシらも流石に鬼やない。
セージはん、おのれがパーティ揃えられるんならそれで、同じ人数でやったろやないか」
「ボスは太っ腹やなあ」
「いよっリルガミンの不渡手形!」
他のダークリベンジャーメンバーが阿諛追従する。
「今日のところは帰ったる。
五日後に町外れやで。
ワシゃ待っとるで。
楽しみにしとけや」
「覚悟しとけや」
「へへっ、チビ」
メンバーの中でひときわ背の小さい奴が尻馬にのって去り際に吐き捨てる。
「お前に言われとうないわ!」
釣られてつい大阪弁が出てしまうセージ。
そしてやっとダークリベンジャーは帰ってくれた。
しかし、困った。
ダンジョン探索で第一線を張る、ダークリベンジャーのメンバーに刃向かおうなんて仲間がそう簡単に見つかるなどとは思えない。
「まあ、まだ時間はあるし。じっくり仲間になってくれる人を探そう」
見ると、ヤスーエさんがすぐ横にいる。
「あんた、殺されちゃうよ。そんな私なんかの為にあのダークリベンジャーと戦うだなんて」
「でも見てられなかったんです、ヤスーエさんがあいつらにいいようにされる所を」
それは仕方なしにした事だった。
「私見た目だってこんなだし、もうおばちゃんよ」
「そんな事ないですよ」
「本当にいいの? ワタシの為に……」
ヤスーエさんはその時、女の顔になっていた。
その夜セージは彼女に飲まされ、宿屋に連れ込まれて無理やり襲われた。戦いの女神の名は伊達ではなかった。
執拗に絞り取られてカラカラにされた。
満足して口を開けて眠る彼女の赤毛の頭をそっと撫でると、彼女は実はノームで、小さな角が生えていた。
※ ※
仲間探しは捗々しくなかった。
悪い話しか聞かないが、ダンジョンで一番の実力者でもあるダークリベンジャーに事を構えようなんて馬鹿が現れたのは、セージが初めてだったという。
誰も怖がってしまい、前衛はおろか荷物持ちすら引き受けてくれようとしない有様だった。
協力者を探し回って、とうとうセージは町外れの墓場までやって来てしまった。
ここにはセージの所為で死んで灰になって、挙句ロストしてしまった友人のあああが眠っている。
「結局、ここに来ちゃったか」
目を閉じると、元気だったあああの姿が浮かび上がってくる。
『大それたことを仕出かしてくれたもんやのう、ダークリベンジャーと決闘だと?』
「ははっ、そうだよな」
『逃げてまえ、お前なんかが勝てる相手やないのは分かっとんのやろ』
「そりゃあな」
「お前みたいなアホで、ロリコンで、変態のジジイが、何でこんな所に来てるねん鬱陶しい」
「えっ! ちょ、ちょっと待てえ!」
目を開けると、墓の影にあの時の少女がいた。
痩せっぽちで小さなホビットのシーフ。
「君はあああの」
あああの妹だ。
「変態ジジイ!」
「ごめん!」
セージを睨みつけている。
「お兄以外にあんな事されたん、初めてやったんやからな」
と、少女は恨めしそうに言う。
「それに、よくもぬけぬけとここに顔を出せたもんやなあ、ほんま厚かましい奴っちゃわあ」
「友達だったんだ。本当に、あいつはいい奴だった。それを、俺は……」
俯くセージ。
「本当に、すまないと思っている。
俺に出来る事があったら何でも」
「せやね、分かったわ。じゃあ……」
少女は高慢な顔をして、セージに言い放つ。
「ほんじゃ私のために、盗賊の短刀を持って来てくれへんか?」
「分かった、ちょっと待ってろ」
財力に物を言わせた。
あああの死後、ダンジョンに潜ってそれを見つけた時、セージは彼との約束通り、ここに供えに来た。
それが次に来た時には無くなっていて、誰かが盗んで商店に売り払ったのだとジルに教えられた。
殺伐としたこの世界らしい話だ。
だがそれから商店に、盗賊の短刀が置かれるようになった。
ジルに預けていたお金を引き出すと、商店で盗賊の短刀を買い、戻って来て少女に渡した。
「くっ、覚えときや!」
一人でダンジョンに潜ってそこで敵にやられてしまえ、とそう少女は期待していて、しかしすぐに手に入った盗賊の短刀。恨めしそうにそれを受け取ると彼女は走って逃げて行った。
セージは、でもそんなのはとっくに経験済みだった。
※ ※
そんな事はあったが、その後も相変わらず仲間は見つからない。
「仕方ない、こんな時は神頼みだ」
以前、一悶着あって大嫌いだった寺院。あああを灰にしたあげくロストさせた元凶だ。
そこにセージは数ヶ月ぶりに訪れた。
「どうか仲間が見つかりますように」
と言って手を合わせる。
すると、強欲の神官が、喋りかけて来る。
「助けますか?」
お前に何が出来るんだよこのオ×コ野郎が。そう思いながらもついハイと頷いてしまう。
すると金を要求され、石化した女が運ばれて来た。
「ん? そういう事か。でも誰だこいつ」
助けますかというのはセージの事ではなく、状態異常で動けないこの患者の事だったのだ。
引き取って回復魔法で治せば只だ。だが麻痺程度ならディアルコを使えるが、石化を治すには僧侶レベル6のマディが必要だ。
それはまだ覚えていなかった。
仕方なしにお金を払うと、女が目を覚ました。
「ここは?」
「寺院だ。君は?」
「ああ、そういう事か。成る程、私は棄てられたのだな」
「えっ?」
彼女は名を比依子と云う侍だった。
布都御魂を装備している。
「今は何日だ?」
「えっと」
今日の日付を言う。
「三月の間も、誰も救いに来なかったというのか、情け無い話だ」
「何か、事情があるのか?」
「お前は?」
自己紹介をする。
「俺はビショップのセージ。実はいろいろあってダークリベンジャーと勝負する事になっちゃって、助っ人を探してたんだ」
その名を聞くと比依子は耳をピクリと動かして反応した。
「何だと?」
「ゲオルグっていう奴が絡んで来てさ。
でも誰も手伝ってくれそうになくて。
神頼みでここに来たら神官に君を出されたんだ。
でも君だって無理にとは言わないよ。誰だってあんな奴らとやり合おうなんて、嫌で当たり前だからさ」
「よし引き受けよう」
「だよね、やっぱり無理だよね。いいんだ、気にしないで」
セージは、でも仕方ないと諦め顔で頷く。
「何を聞いておる。私でよければ力になろうと言ったのだ」
「えっ? ええーっ! いいの?」
それが何故か、あっけなく承諾を貰えていた。
「その変わり、少し付き合って貰うぞ」
比依子はそう言ってニヤリと笑った。しかしその笑顔は、どこか悲しげだった。
※ ※
マロールで飛ぶ、比依子に引かれて来たのは、何とダンジョン地下六階にあるダークリベンジャーのキャンプだった。
「な、何でこんな所に」
「黙って付いて来い」
何故か彼女はセージの腕を取って、恋人同士のように組んでいる。
そしてキャンプの位相にたどり着くと、パーティメンバーを探し出した。
「ヴォルフ、いるのか」
「何だ?」
男が見つかった。
酒場にゲオルグに付いてきた奴だ、君主の聖衣を纏っている。いや、暗いので分かりにくいが、よく見るとそれは真紅の色に染まっている。悪の君主の装備品、クリムゾンガープだ。
「比依子か。久しぶりだな」
「ああ、この前はよくもやってくれたな」
「出会って早々、ご挨拶だな。それで、そっちの男は?」
「誰だっていいだろう。お前には関係ない」
と、セージに甘える振りをする。
何が起こっているのか。
「ん? お前は確か……」
「そんな事より、何がいう事はないのか?」
「何がだ?」
「お前らのやった事だ」
「何だと?
使えねえ侍をダンジョンに放り出さずに寺院まで連れて行ってやったんだ。感謝こそされても文句を言われる筋合いはないぜ。おっと」
「ちょっとヴォルフ、なあにこいつら?」
女に探され、合流された。
瞬間、セージの腕を掴む比依子の手に力が入る。
「ああ、ゾンネか。ちょっと役立たずの用無しが何か騒いでるみたいだわ」
「へえー、みっともない。
自分の状況がよく分かっていないのかしらね。
そのしょうもないカタナに顔を写して見てみればいいのに。
あ、そんなボロ、くすみ過ぎちゃって顔なんか映んないか、誰かさんのお肌と同じで。
空気よんで早く消えてね、オバちゃん」
瞬間。布都御魂を抜き放ち、切り掛かる比依子。
それをいとも容易くいなし、返り討ちにする女、ゾンネと呼ばれていた奴だ。
彼女の手にあるのは、ムラマサブレードだった。
セージは状況に付いていけない。
「き、急に、何を!?」
深手だ。比依子はうずくまって血を流している。
急いでディアルを二度掛け三度掛けして回復するセージ。
「さあ、早く行きましょう。クズが伝染るわ」
「ま、そういう事だ。悪く思うな」
「んねぇー、今度二人でグレーターデーモン倒しましょ? あんなゴミとかじゃなくって」
ヴォルフに甘えてしなだれ掛かるゾンネ、二人は薄笑いで去って行く。
比依子は地面にうずくまったままだ。
回復ならもう足りている筈だ。
セージがしゃがみ込んで様子見ると、彼女は泣いていた。
小さく、ヴォルフの名を呼び続けながら。
他人事に言うほどダンジョンは優しいお人好しではない。
遠くから響く咆哮。
すぐに血の匂いを嗅ぎつけてモンスターが近寄ってくる。そんな気配を感じて、セージは比依子を引きずるようにその場を離れた。
何とか街に連れ帰り、酒場で話を聞く。
比依子は属性が悪なので最強装備のムラマサが装備できない。
だから経験値の下一桁まで一緒だった幼馴染のロード、ヴォルフに捨てられたのだそうだ。
シーフが見つけた宝箱の罠、メイジブラスター。それにワザと引っかかり、そのまま彼女だけ寺院に置き去りにされた。握りしめていた布都御魂以外の装備をあらかた剥ぎ取られて。
彼女、比依子はその夜自棄になってセージと寝た。
きつく胸に巻いたサラシを解くと、彼女の胸は意外とヴォリュームがあった。
済ませた後ですすり泣くのをやめない比依子の背中をセージは一晩中さすり続けた。
※ ※
翌日、セージがダンジョン前を通りがかると、草葉の陰で音がした。
「何だ?」
「あっ、変態!」
「その声は、あああの妹か?」
と近寄る。と、
「く、来んな!」
何故か拒否された。
「何でだよ」
とそのままガサガサと藪の中に進むと、ホビットの少女が全裸でうずくまっていた。
「止めて、ダメっ! キャー!」
「ご、ごめん!」
すぐに後ろを向き、身に付けていたローブを放り投げてやる。
「痴漢! 変態!」
聞けば、盗賊の短刀を活用する為に早期レベルアップを目指して、知り合った魔術師とともに低階層を探索中、とても敵わない敵にエンカウントしてしまい、結局戦闘中ロクトフェイトで逃げ出す羽目になった。
この魔法はダンジョン入り口までテレポート出来るものだが、戦闘中に使うとお金や持ち物、装備品のほとんどを問答無用で捨て置いてきてしまう。
ただ、全裸で放り出されたのは少女だけで、メイジは服が無事だったので先に行ってしまった。
代わりの服を持って来てくれると言っていたが、ずっと待っているのにまだ来ない。
みれば身体もボロボロで、モンスターにやられたのだろう。あちこち傷付いている。ディアルを掛けて回復してやるセージ。
「お兄にもあんな姿見せた事なかったんやからな、大っきくなってからは。このロリコン。変態」
と、少女はそれでもまだご機嫌斜めだ。
「ロリコンじゃないよ、それに変態でもない。
俺の名前はセージ。もしかしたら知ってたか?
そういえばまだ聞いてなかったよな。君の名前」
何故か、言いたくなさそうだ。
少しもじもじしたあと、決心したように少女は言った。
「あ、よ」
「そうか、いい名前だな」
「笑わないの?」
セージは、あああと喧嘩した時の事を思い出していた。
「ううん。実は……」
あああと唯一、喧嘩したそのきっかけ。
何を言っても泰然と笑って過ごしていたあああが、名前を馬鹿にした時だけ、本気で怒り出した。その時の話をあにした。
「そんな事があったんだ……」
「うん。
自分の事じゃ全然怒らない奴だったのに。
もしかしてあああは、自分の名前の事じゃなくて、妹の君が大切で……」
いや、そんなの分からない。
適当な事を言うのはやめよう。セージはそこで口をつぐんだ。
「ううん、確かに私が名前の事で友達に馬鹿にされた時、よく一緒に怒ってくれてたんよ、お兄」
懐かしそうに思い出す、あ。
「これ(服)ありがとな。ほな、私もう行かな」
と、急いで立ち上がる。
「あっちゃんって呼んでいいかな」
「うん、ええよ。でもちゃんと覚えとってな」
と、そう言って少女は走り去った。
※ ※
セージがダンジョンに降りようとしたら、本日二人目の全裸の女が現れた。
女は鍛えられた身体をして、覆面を被っている。
「に、忍者か?」
今日は何て日だ。
忍者はレベルが3上がるごとにACが下がる特殊能力を持っている。装備品と違い、ACの低下には際限がない。
ただ、指輪一つでも装備してしまうとACが跳ね上がって元の状態に戻ってしまうので、探索中は全裸でいなければならないという業の深い職業だ。
彼女は毒を喰らってふらふらで、入り口一歩手前でセージに倒れ掛かってきた。
「ラツマピック!」
解毒する。
「ディアル!」
回復。
彼女は死亡一歩手前まで、深いダメージを負っていた。
話を聞けば、彼女の名はツヴァイ。種族がエルフでSTRが低く、使えないとパーティから追い出されたのだそうだ。
「拙者ももう用済みという事だ。何にしても今回は助かったぞ、感謝する」
ツヴァイは男言葉で喋る。
「まさかとは思うけど、そのパーティって」
「ああ、ダークリベンジャーさ」
彼女は酒場には来ていなかった。地下専用要員といったところか。
「悪い噂は聞いているだろう? そんなパーティのメンバーだって聞いて幻滅したかい? いいんだ。拙者は一人で何とか出来る。回復魔法、恩にきるぞ。では」
そう言って、洞窟の奥の闇に去ろうとするツヴァイをセージは慌てて引き止める。
「待って、待って」
「ん? まだ何か?」
「そんな事いったって、ツヴァイさんはこれから一体どうするつもりなんだよ」
「何とでもなるさ、ダンジョンは歩き慣れた自宅みたいなもんさ。外に出られなくたって……」
「ダメだよ、そんな事言って、それでここで死にかけてたじゃないか」
「しかし、拙者はこの格好じゃ」
外には出られない。
まあ出ていた奴もさっき居たが。しかしあれは子供だ。
ローブはあっちゃんにあげてしまって、もうない。
セージは少し考えると、回復したツヴァイを連れてダンジョンを歩き出した。
地下一階を少し連れ歩き、出てきた弱い敵の持っていた宝箱をカルフォで見極めて開ける。
忍者のツヴァイも罠解除の鍵開けだけは出来たので毒矢に当たる事もなくすぐに済んだ。
幾つか鑑定して腐っていない、呪われない皮の鎧を見つけだすと、彼女に装備させた。
そして無事鎧を着るとすぐに地上に戻る。
ツヴァイは眩しそうに空を見上げる。
「何日振りだろう。いや何ヶ月か、こんな空を……」
涙が流れたのは光が目に刺さって痛かったせいだ。そうツヴァイは言い訳した。
そろそろ傾きかけた夕陽の、赤く優しい光の筈だったのだが。
商店に行くと、手裏剣とケーンオブコーパスを買って装着させた。
これで攻撃力も底上げされるだろう。
全裸忍者はやめさせ、ファイアチェーンメイルや忍者専用の籠手なども買ってやる。
「拙者、もう脱がない。お主の前以外ではな」
顔を赤くして言うツヴァイ。
「それで、早速なのだが……少し暑くてな」
忍者が脱ぎたがったので、セージは今日も宿屋を利用する事になった。
覆面を取ると彼女は実は短髪で、くノ一の手管を駆使してセージを翻弄した。
※ ※
セージは今日、因縁の相手であるバジャイナに会いに来ていた。
バジャイナに非脳筋最強装備を教える為だ。
「これで、HPの低いメイジやビショップだって深層階に行けるんです。
もう、役立たずだなんて言わせない。
工夫をすれば、何とかなるんです」
ダンジョン内の、バジャイナのキャンプ地だ。ツヴァイがバジャイナの良く休むポイントを知っていたのだ。
だが、彼女は誰か他のメンバーと来ているようだ。セージはだがそれが誰がをあえて聞かない。
「もし良かったら、俺と一緒に探索しないか?」
思い切って、セージは言ってみた。ダメでもともとだ。
「どうして?」
「どうして、ってそれは……」
少しためらう。だが思い切って、セージは心の内を語る事にした。
「俺、あの時本当に、自分の生きる目的を見つけた気がしたんだ。
バジャイナさんと協力して、二人で生きていきたい。そう思った。
それは、あなたにとっては大した事じゃなかったのかも知れない。
その後、友達をなくしてしまったり、色々あって。
でもその時の気持ちは本当だから。
それを、伝えられなかったのが俺……」
だが、それに対するバジャイナの答えは辛辣だった。
「一度寝たくらいで恋人面しないで!」
セージは悲しそうに装備を置く。
「あなたの事なんて、私、少しも……」
「そうですよね。分かってました」
「セージくん」
「氷の杖、ファイアグローブ、あとアンチサンダーリングは置いていきます。高いものじゃありません、要らなかったら捨てて下さい」
そして彼はまた、振り返らずに立ち去った。
※ ※
涙が溢れてしまいそうだった。
その顔をバジャイナに見られたくなかった。
ダンジョンを出て、街までの道をとぼとぼ歩いていた時。
何が柔らかい布が投げつけられた。
「うわっ!」
目の前が真っ暗になる。
布を引っぺがして見ると唯のローブだった。
「これは?」
「ちゃんと洗ったから、におってもダメやで」
あっちゃんが、腰に手を当てて笑っていた。
「するかい!」
言いながら、涙腺が限界だった。
ローブに顔を押し付けて、セージは嗚咽を漏らした。
「してるやないかー変態!」
あっちゃんは近寄ってくる。そこで異変に気付いてしまったようだ。
「何なん? 泣いてんの?」
あっちゃんはセージの頭をよしよしと撫でぽ。
「何があったのか知らないでちゅけどね、僕ちゃん元気出してくだちゃいね」
からかっているのだろうか。しかし、涙が止まらなかった。
「えっ、本気?」
本気だった。平らで清貧な少女の胸で号泣するセージ。その頭を抱きしめたまま、困った顔のあっちゃん。
「キンモいんすけど……」
「済まん。
本当こんな事……」
でもどうしても我慢できなかった。
「しゃあないなあ、もう。アホ」
そのまま、セージはしばらく泣き続けた。
夕陽の草原。
初対面で彼女を押し倒した場所の近くだ。
そこに体操座りで座って、二人は夕焼けを見ていた。
せっかく洗ったのに涙と鼻水でぐしょぐしょに濡れてしまったローブは、一応乾かしてもう身に付けている。
黙っていると、あっちゃんは沈黙に耐えかねたのか、それともそろそろ大丈夫だと分かったのか、
「こんな子供に慰められて嬉しいか? ロリコン!」
「ロリコンじゃねーし」
セージは意地を張るものの、説得力がない。
「まだちっちゃいかから何も出来へんけど、口は使えるんよ?」
えっ?
セージが戸惑っていると、彼女は唐突に口付けをしてきた。
「私でよければ、慰めてあげる」
そして彼女はセージのローブを捲り上げて潜り込む。
そして、ごそごそして……。
それからセージと同じところから首を出して、
「これで寒うないで」
と照れ隠しに言った。
その後、
「こんな事、お兄ちゃんと?」
と聞くと、
「するか! アホ!」
と怒られた。
※ ※
ふう。バジャイナはキャンプ地で溜息を付いていた。
同行者はドワーフのおっさんだった。
「私が悪者になれば……」
「いや、それはちがうど」
言いかけるバジャイナに、言葉を継がせず、おっさんは言った。
「おばえはにげでるだけだど」
しかしバジャイナも折れない。
「いいのよ。
傷つくよりは逃げた方がいい。私はそうやって生きてきたし、これからだって変わらない。
もう、そういう生き方しか出来なくなっちゃった。
ってちょっと、何でアンタなんかにこんな事!」
と怒ったように言い、それから諦めたように、
「こんな汚れた私の事なんか、誰も」
「すだおになで」
「無理」
バジャイナは頑なに首を横に振った。
※ ※
ひたすら殴って切って物理でフラックとカトブレパスを薙ぎ倒すゲオルグ!
バンパイアロードをジルワン一発で瞬殺するセージ!
戦いの火蓋は切って落とされた。
約束の日。
町外れに集まったダークリベンジャーとセージたち。
「ネーちゃんこっち来てサービスしてくれたってええんやで」
ヤスーエさんがゲオルグの部下に言い寄られている。
「やめて下さい」
「えーからほらこっち来いや」
と、しつこい。
「ほらええやんけ。自分かてホンマは喜んでんねやろ、あ?」
「やめて下さいって、もう」
「ええんやろ?」
「やめて」
「ええやろ」
「や、ヤメ」
「ええ?」
「ヤメろ言うてんのが分からんのかこのボケカスええ加減しくされこのスカタン」
ヤスーエさんが切れた。
「お前らええ歳こいてジャカアしいんじゃこん腐れキンタマカスボケェ、いらん言うてんの聞こえへんのかドアホ毎回毎回ナニ晒してくれとんじゃワレコラアホンダラボケカス舐めとったァイテコマっそこんタコハゲカス」
ダークリベンジャーは揃ってふるえあがっている。
ヤスーエはすっとセージのところに戻ってきて、
「怖かった♡」
その場の全員がこける。
そんなイカれたメンバーを紹介しよう。
まずはダークリベンジャー。
前衛はコイツらだ。
最初期からの戦士、ゲオルグ 《GEORGE》。HPは100をはるかに超えて、もはや200に近い程だ。熊みたいに見えるけど本当は戦熊なんて瞬殺のこいつこそがまさにモンスター。
「このロープでお前らの首絞めたるァ」
次は君主のヴォルフ 《WOLF》。ロードと言えば善の属性だけどコイツは違った。真っ赤に染まった君主の聖衣は邪悪の象徴、クリムゾンガープ!
「死んでも悪く思うんじゃねーぞ」
そしてその横でヴォルフにベタベタしている、何だこの女は? 彼女こそダークリベンジャー唯一の中立で伝説のムラマサブレードを使いこなす狂気の侍、ゾンネ《SONNE》! この子の本気を解き放つな、その破壊力は人間じゃない!
「ねぇ、早く終わらせてアークデーモン倒しに行こうよ」
そして後衛だ。
戦士転生後パワーレベリングで爆上げビショップのハウザー 《HAUSER》。攻撃魔法も回復魔法も全部MP9の恐ろしい男、さっきはヤスーエさんに怒鳴られてちょっとちびってました。
「あいつ絶対びしょびしょでしたで」
そして同じく戦士転生後、攻撃魔法も回復魔法も全部覚えた魔法コンプリートのしかもシーフ、彼の名前はディルク 《DIRK》! 背は小っちゃいけど秘めたるものは大きいぞ!
「ワシがニルダの杖装備したらどうなるか分かるか?」
侍以外全員悪、全員ドワーフ!
脳筋のバカHPたちだ!
それに対するはセージ組。
ダークリベンジャーに戦いを挑むなんて命知らずの馬鹿がこの世にいるのか? いやいない!
それがどういう訳だか、五人も集まった!
そのイカれ具合は常軌を超えてる。
まずは前衛。
戦いの女神ヤスーエ 《YASUWE》、中立のノームで実は角が生えている。キレたときの勢いは凄いが、果たしてこのおばちゃん、実戦ではどうなのか?
「誰がおばちゃんじゃアホンダラボケカスぅ」
そして悪の侍、比依子 《HIEKO》。この子は何とニンゲンだ。ムラマサを持てなくてダークリベンジャーを追い出された悲しい過去を持つ女。
「問題ない、私は既に新しい主を持っている」
エルフの忍者ツヴァイ 《TWEI》。ずっと地下にいた、誰もこの女を知るものはいない。誰が首を刎ねられたって知らないぞ?
「 臨兵闘者皆陣列在! 覇ァ!」
お次は後衛だ。
低レベル低HPのビショップ、セージ 《SAGE》。こいつが実はリーダーなんだが、果たして役に立てるのか?
「あー、なんとか頑張ります」
最後は素シーフのホビット、あ 《A》っちゃんだ。宝箱解除はお手の物!
「お兄ちゃんのカタキ、私がとったんねん」
種族も戒律もごちゃまぜで、みんな役に立たなくなった寄せ集めのハーレムパーティ、棒姉妹。
全員がセージに何かベタベタしているし、お互いを牽制し合っている! 気持ち悪いぞ!
こんなんで本当に勝てるのか、勝つ気があるのか?
検分役はノームの僧侶ジルがダークリベンジャー側、ドワーフの戦士おっさんがセージ側に入る。そこで解説と不正が無いか検証する。
睨み合ったまま、セージはゲオルグに言う。
「仲間を使い捨てにするなんて。
例えお前が、それこそ凶王を倒したって、結局同じなんじゃないか?」
「そんな事言われてもワシどうしたらいいんじゃ。
うーん、困った困ったコカトリス姉妹」
何を言っても無駄か。セージは言葉による説得を諦めた。
「言ってもダメか。いいだろう。
だけど俺たちがここで殴り合ったとして、どっちが倒れようとモンスターが喜ぶだけだ」
「倒れるのはワシらとちがうけどな」
「それは分からないぞ」
「何が言いたいんじゃ」
「どうせならダンジョン攻略をする勝負にしないか?
ダークリベンジャーだってまだボスのイクザストを倒した事無いんだろ?」
「くっ」
痛いところを突かれたという顔を、ゲオルグはした。
「俺たちが、お前らより先に地下9階を攻略して、倒してやるよ。それも今日中にな」
「そんな事、出来るはずあらへんわ」
「いや、俺がやってやる!」
そこで冒頭の戦闘シーンに戻る。
工夫して努力して、魔法とそれぞれのキャラクターの得意不得意を生かして、何とか慎重に進んでゆくセージ組。
力押しでとにかく剣を振り回してガンガン進んでゆくダークリベンジャー。
その進行速度には大きな開きがあった。
「だが、こんな進み方をしていたら……」
ジルがダークリベンジャーのパーティを見ながら、呟いた。
彼らは膨大なHPをかさに、碌に回復もせずに進んでいた。
その時、敵はそんなに強いモンスターではなかった。
しかし、少し知恵の回る奴だったようだ。
先に放たれたハイプリーストのラバディが、ゲオルグに直撃した。
ラバディはHPを1〜8だけ残してほぼ全部奪ってしまう僧侶魔法だ。一度に200近く吸収されて、ゲオルグは虫の息となる。
その後、アークメイジがマハリトを連発した。
幾らHPが高かろうと、この連続攻撃には耐えられない。
ゲオルグは死んだ。その筈だった。
しかし気付いてみると、その戦闘が始まる前の状態で、彼はピンピンしているのだ。
「な、何が起こったんだ」
ジルには判断が付かない。
「この現象は、何と言ったらいいのか。奴らが何をしているのか全くわからないぜ」
※ ※
一方、セージ。
「マディアル!」
受けた前衛の傷を、ヴァルキリーのヤスーエと分担して小まめに回復している。
戦闘中は後列のセージ、戦闘終了後は前列のヤスーエが担当する。
これで攻撃ターンや魔法の無駄が比較的マシになる。
「よし、次。先へ進もう」
既にマポーフィック(AC低下)とロミルワ(明かり)、そしてリトフェイト(浮遊)の魔法を重ね掛けして、先制攻撃にも備えてある。
※ ※
「魔法を使っているのか?」
何にしてもまともな事じゃない。
ジルは決心してゲオルグに問いただす事にした。
「ワシは戦士やでぇ魔法やなんてそないなもん」
ゲオルグは平然と答える。
「アイキャンノット能登半島」
地下9階に降りると、壁に何か張り紙が貼られていた。しかしゲオルグはそんな物読まずにどんどん前へ進んで行く。
※ ※
地下9階のワープゾーンにセージたちは到達していた。
警告文が貼ってある。
『既にここは偉大な魔術師の領域だ、ここのガーディアンには勝てないだろう。帰った方が身の為だ。哀れなお前にヒントをやろう』
そして『ウンコを拭く手が大通り』と太文字で。
お終いになぐり書き。
『くたばれ凶王!』
何と分かりやすい謎解きだ。
左に沿って進めばいい。
そこからすぐの、初めの扉を開けるとモンスターが飛び出して来た。
※ ※
モンスターの攻撃がゲオルグの禿げ上がった頭頂に炸裂した。
しかし、金属音が響き、攻撃は跳ね返された。
ゲオルグはピンピンしている。
今度は時間さえ戻らない。
「何故だ? 何が起こっている」
これは不正では無いのか。
ジルには何が何だか分からなかった。
だが、例え不正があったとしても、彼の知り得る知識の範疇を超えている。
これを告発したとても彼は何も立証出来ないだろう。だって、何を?
僅か数ターンで敵を殲滅する。
そのまま進むゲオルグたち一行は、ワープ罠に掛かって何処かへ転移した。
※ ※
セージらは敵に苦戦している。
一発の物理攻撃の威力が異常に高いフラックという敵の群れ。
奴らはあえて二組か、もしくは三組で出てくる。
通常の魔法は一パーティ毎にしか効かない。
比依子のもつ全体攻撃魔法ティルトウェイトは出来る限り温存したい。それに前列が魔法を使えば物理攻撃が一人分無駄になってしまう。
だが強烈な奴らの攻撃が二発も決まれば死は免れない。
「くそう」
セージは歯ぎしりをする。
「どうすりゃいい」
※ ※
ワープした先は、前にも見たような作りの通路だった。
「ここはさっきの?」
壁に張り紙もある。
ゲオルグたちは少しも気にする様子がない。
ひたすら敵を倒し、前へ前へ進んで行く。
扉を開けるとまたモンスターが出て、それをガシガシ殴る。連続攻撃も決まる。
敵を倒すと、宝箱を見つけた。
シーフのディルクが鑑定してポイズンニードルと識別し、さくさく解除する。
だが失敗、実はエクスプロージョンボムで全員がそれを喰らう。
「ディルクの下手くそ!」
これにはジルも巻き込まれてしまう。
僧侶のジルは戦士たちほどHPは高くない、その戦士が前から順番に死んでいく程の威力だ。
ジルも次の瞬間、意識が途絶え……。
だが、戦闘前の状態で、扉の直前に立っていた。
「何故だ? 確かに死んだ筈が……」
不器用なドワーフのシーフは、ただHPが高いだけでAGIもLUCも低く、判定ミスをよくした。
しかし、深刻な被害は常になかった事になってしまう。
※ ※
何とか敵を撃退し、あっちゃんとカルフォで罠を慎重に確認。解除に成功する。
中身は剣? が入っていて、だが鑑定するとフードプロセッサー、回転ハンドミキサーだった。
「何だこりゃ」
「クイジナートじゃないの、高級品よこれ」
ヤスーエさんが嬉しそうに受け取って装着する。
戦士かロード、ヴァルキリーにしか装備出来ない。
左のワープゾーンに突入する。
マッピングをしていたあっちゃんが悲鳴をあげる。
「もう、これどないして記録せえいうの?」
「ははっ、あああも同じ事言ってたよ」
そしてまたモンスターの潜む扉。
「弱い奴だといいんだが」
「強そうやったら逃げちゃえばええんとちゃう?」
「うーん、それもそうだな。試してみるか」
扉を開けるとモンスター。
セージはそのまま扉を閉じる。
何事もなかったように逃げだせた。
「よっしゃ、この調子で行くぞ!」
再び扉を開けるとまたモンスター。だがさっきの奴とは違い、弱そうだ。
これ位なら楽勝だ。やってやるぜ。
クイジナートの剣は刃が回転し、毎回非常に安定したダメージを叩き出した。
※ ※
相変わらず力押しで敵を倒し、宝箱を開けるダークリベンジャー。
しかしディルクはまた解除失敗して、レベルドレインを受けてしまう。
平然としていたゲオルグだったが、取得アイテムを見て顔色が変わる。
ぶき?
レアアイテムが手に入ったのだ。
「うーん、しまったしまったシーマンティコア」
その顔に、初めて狼狽の色が見えるゲオルグ。
※ ※
とうとうセージは最後の扉の前に辿りついた。
扉の張り紙には、
『邪悪な魔術士イクザストの事務所
営業時間AM9時〜PM3時
アポイントメントの無い方の入室はご遠慮下さい。
現在、イクザストは ※在室中※』
とある。
見聞役のドワーフが驚いた顔をしている。
「なんで、まよわずたどりつけたンだ?」
「それはな、人間には知恵があるからさ」
と説得するように言う。
「能力が低くても、体力がなくても、何度も失敗して、その度に考えて学習して、それを乗り越えられるのが人の能力なんだよ」
納得いかない顔のドワーフのおっさん。
「回復は終わったな、じゃあ行くぞ!」
扉を蹴破るセージ。
※ ※
ダークリベンジャーはワープ床を踏みながら同じ場所をグルグル回っている。
倒したモンスターの数は数え知れない。
引かず、媚びず、省みない。
だがいつまで経っても辿り着けない。
ようやくジルにも分かってきた。
「そうか、ドワーフは字が読めないのか」
滅多に使うことのないヴォルフの回復魔法もさすがに残り少なくなって来た。
「しゃあないな、引き上げじゃ。どうせあいつらもどっかで野垂れ死んどるやろ」
「間違いないでしょうな」
「じゃあ帰りますか」
ゲオルグは潔く諦めた。
「それに、いざとなってもこっちには奥の手があんねや」
下品に笑うダークリベンジャーたち。
※ ※
戦いは凄惨を極めた。
イクザスト、バンパイアロード、バンパイアレディ、バンパイア。
襲い来る攻撃、何とかエナジードレインを回避する。
ティルトウェイトで雑魚を一層しようとする比依子。レディと素バンパイアは、だが呪文無効化属性を持っている。ロードにも回避された。打撃しか効かないイクザストに1ターン無駄にする。
マハリト、ラハリト、ティルトウェイトを連打する不死者たち。
前衛は一瞬で魔法にやられてボコボコだ。
後衛もあっちゃんは瀕死だし、セージも全然余裕がない。
回復魔法が欲しいのでヤスーエは一旦後衛に退避させる。
手裏剣を持ったツヴァイが一番前に回る。効果にエナジードレイン防止を持っているのだ。
全体回復のマディアルと、隙を見てマモーリスで敵のAC上昇を図る。いやダメだ、間に合わない。ここは回復で耐えるしかない。
弾けとぶ火炎魔法、それをかいくぐってセージの撃ったジルワンで消滅するバンパイアロード。
布都御魂でイクザストに切りつける比依子。
ダメージは、二桁だ。届かない。
比江子には雑魚を殲滅する役に回ってもらう。
ツヴァイのクリティカルが意外と使える。
バンパイアレディの首を刎ねた。
ようやく魔法を打つ敵が減って、セージとヤスーエに回復を休む余裕が出てくる。
セージは何度も無効化されるのを諦めず、即死魔法バディを連発する。
7回目で、イクザストは死んだ。
満身創痍になりながら、しかし何とか誰も死ぬ事なく邪悪な魔術師を倒し切った。
HPもレベルも低く、呪文無効化装備は杖が装備出来ないシーフ、それで何度も死にかけたあっちゃんが最後の力で宝箱を開ける。
カルフォももう残ってはいない。
運良く罠の解除は成功した。
宝箱には指輪と魔除けが入っていた。
それを手にする……。
前列の、忍者のツヴァイがそれを持った。そして、
「お主、これを鑑定出来るか?」
「えっ?」
と、指輪をセージに渡す。
セージは猛毒を受けた。死の指輪というアクセサリーだった。
しかも、回復魔法はもう誰にも残っていない。
そして忍者は一気に飛び下がる。
「ふはは、間抜けどもめ。こんな事もあろうかと拙者が控えておったのだ」
「何だと?」
「まさか誰にも解かれる事のなかったワープ通路の謎を解き明かし、イクザストを撃ち破るなどとは思わなかったがな」
ツヴァイはパーティを離脱する。
「う、裏切り者!」
「草、という訳か」
「さすが忍者。やる事が汚いぜ」
「あ、イクザストの魔除けが!」
悪の魔術師討伐の証拠品、イクザストの魔除けを奪って逃走を図るツヴァイ。帰還用のワープ床に足を踏み入れる。
「さらば!」
その寸前。ツヴァイが足を取られて転がった。
受け身を取ってすぐに立ち上がる敏捷な忍者。
しかし彼女は隙を与えられず誰かにつかみ掛かられていた。
そして、そこにいたのは……。
「バジャイナさん!」
「セージくん!」
逃げようともがくツヴァイ。
「バジャイナ! 情に流されたか!」
それを必死で押さえつける貧弱な魔法使い、バジャイナ。
「撃って! ここに来るまでに魔法を使い尽くしてしまったの。
このままじゃ私、押さえきれない」
「でも! そんな事したらバジャイナさんだって」
「私は大丈夫。私を、……いえあなた自身を、信じて!」
目を閉じて魔法を放つセージ。
雷鳴が轟いて、閃光がほとばしる。感電して床に転がったのは、ツヴァイ一人だった。
「バジャイナさん!」
駆け寄るセージ。
バジャイナの指には、セージの渡したアンチサンダーリングが誇らしげに輝いていた。
※ ※
屈強なドワーフの兵士が告げる。
「おべでとう
おばえらはアコイべィのテストをクリアできただ。
イクザストの魔除けをとりぼどじたこどをたたえ、おばえらに50,000のけいけんちとカネをあたえ、エリートガードににんめいするど。
ほこりをぼってかいきゅうしょう(>)をつけたばえ」
帰還するとまず表彰された。
「嘘やろ」
「ありえへん」
「うーんゲオルグショック」
ダークリベンジャーが信じられないといった顔つきをしている。
ジルから彼らの不思議な挙動を聞いて、セージはなるほどと頷いた。
少し考えて、
「さあ、謎解き編だよ」
セージが言った。
「まずはこの女忍者ツヴァイさんの件を済ませておこう。
彼女を密偵にして忍び込ませたね?」
知らないふりを決め込むダークリベンジャー。
だが白状するツヴァイ。
「使えないエルフ忍者でも騙し討ちなら出来るだろって、私言われて……仕方なく」
「まんまとやられる所だったよ、バジャイナさんが来てくれなければね」
「でもおばえ、あのとき、なんでカビダリのマホウえらべだんだ?」
ドワーフのおっさんが不思議そうに尋ねる。
「忍者の彼女に渡した装備はファイアチェーンメイル。
ラハリトをかけても効かなかっただろう。そしてバジャイナさんはツヴァイに掴みかかる為に、氷の杖を持っていなかった。
マダルトなんて撃ってしまったらバジャイナさんに大ダメージを与えてしまう。
消去法で雷属性のツザリクしかなかったのは仕方ない。
しかしこれも、バジャイナさんがアンチサンダーリングをしていなかったら不可能だった。
彼女は信じて、と言ってくれた。それで俺には伝わったんだ」
セージは少し照れ臭そうに言った。
「それと、死の指輪はすぐに捨てたよ。売れば随分高かったらしいが、お金なんて、ビショップの俺は何でも鑑定して商店に売れば幾らでも手に入るから、惜しくもないさ。
次は、禿げ頭に敵の攻撃が当たったのに金属音がしてそれを跳ね返した件。
それは、実はズルでも何でもないんだ」
ジルの疑問点に答えるセージ。まるで賢者のように語りだす。
「アデプト・ボールドネスという伝説の防具がこの世界にはあるんだよ、そしてそれはとても硬い。
ポコポコヘッドという銀の灰皿を頭に叩きつける技、あれを見たときにもしやそうじゃないかと思っていた」
と、ゲオルグを見る。
「するどいのお、その通りや」
ハゲヅラの兜を取るゲオルグ。
しかしその下は、何も変わらない禿げ頭だ。
「しかし、最後に彼が何度も生き返ったり、エナジードレインがなかった事になった件」
ゲオルグは、どうせ分からないだろうとタカをくくって鼻くそをほじくっている。
「それはいわゆる死に戻りだとか、リセット技だと言われてるチート能力だね。
それこそが不正でズルだ。
不都合な現実を受け入れられない根性なしというのがダークリベンジャーの正体という訳さ。
だが痛みで後悔出来ない奴は、成長もまた出来ないんだぜ」
「黙れ小僧」
とヴォルフが怒鳴りつける。
「君にそれが証明出来るのか?」
「いや、スイッチが何処にあるのかも分からない。
でもゲオルグ、君はひょっとして転生者なんじゃないのか?」
ぎくりとするゲオルグ。
「その証拠に、魔法を使えるかと聞かれた時にアイキャンノット、ノトハントーと答えたそうじゃないか。
どう考えてもそれは転生前の日本の地名だ。
こっちの世界には存在しない名称なんだ」
「あれはそういう意味だったのか」
とジルが目を丸くしている。
ゲオルグはしばらく黙っていたが、とうとう口を開くと、笑い出した。
「ハッハッハッハッハ。まいったまいったマイケルジャクソン。
その通りや。
ノトの付く言葉が、他にどないしても見つからんかったんや。ノートリアスやらノスフェラトゥやらワシも色々考えてんけどのお、語呂が悪うてあかんかったんや」
と言った。
実は彼も転生者で、売られた喧嘩で人を殴り殺したウェルター級のボクサーだったという。
神の手違いとかで転生して、リセットスイッチをチート能力で貰ったのだそうだ。
「今回は完全にワシらの負けや。すまんかったの」
潔く負けを認めるゲオルグ。悪属性にしてはかなり珍しい事だ。
帰り際に、思い出したようにゲオルグは言った。
「しかしなあセージはん。長生きしたいんやったら、酒と女は2ごうまでにしときなはれや」
セージには後ろから睨みつけられる視線、この寸前まで本人たちはほぼ自覚のなかったハーレム構成員。彼女たちから送られる10もの白い目で、首筋がひりひり痛かった。
終わり