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時間旅行

作者: 御榊 匠

 気が付くと、僕は過去の世界にいた。より正確には、過去の世界に閉じ込められたというのが、正しいらしい。

らしいというのは、人づてに聞いた話だからだ。過去の世界にある何かを見つけないと、僕は元の時代に戻ることができないらしい。


 今、僕は赤子に戻り、本来の自分よりも若い母親の庇護を受けていた。なんとも言えない気恥ずかしさを覚えながらも、されるがままになっている。


「それにしても、静かな赤ちゃんね」


 ベビーベッドから覗く景色には、幸せそうな表情の母が頭を撫でている様子が伺える。

 静かなのは、僕に動こうという意思がないせいだ。先生に、自分の過去には流されて生活し、この世界の外側への鍵を見つけるようにと指示を受けている。


『ダメじゃないか、キミが赤子の頃にはそんなに静かだったのかい?』


 何もない空気中に、文字が浮かび上がる。この文字が先生だ。先生は、時間の概念を支配した世界の住人であり、僕が過去の世界に捕らわれたことに気づき、このように文字を送り、指示を出している。

ほぼ閉じたこの世界に干渉できるのが、この方法しかないらしく、僕にしか見えない文字を網膜に投射して、助けてくれるそうだ。


 先生曰く、過去に抗うことはとても良くないことで、本来の時間に帰った時に、どんな影響があるかはわからないらしい。なので、僕はその時の自分らしく、振る舞うようにと言われた。


 僕は仕方なしに、鳴き声を上げた。過去の自分を演じることは意外にも簡単なもので、やろうとする意志さえあれば、難なく行える。ただ、精神力をとても使う。年齢は忘れたが、こんなことをするような歳ではないのは、はっきりしているのでとても精神を削られる。


 気が付くと、僕は小学生になっていた。より、正確には、小学一年生の入学式の日だ。


「これから、お家から一人でここに向かうのよ」


 手を繋いだ母が、微笑みながら、そう告げる。


「うん、大丈夫」


 反応を返しながら、僕は当たりを見まわす。小学校に来たのは二度目だ。初めて来た時に、直感した事がある。この小学校は何かがおかしい。というよりは、この世界がおかしいことに、小学校に来て初めて、気づいた。何か大事なものが欠落している。


 先生は、その欠落している何かはとても大事なものだから、探した方がいいと言っていた。


「ねぇ、聞いているの?」


 母親が突然、肩をポンポンと叩いてきた。どうやら、彼女は僕に話しかけていたようだ。


「ごめんなさい」


「まったく、人から話しかけられたら、ちゃんと返事するのよ」


 違和感のある生活を続けて、ひと月が立ち、それに僕は気づいた。

 クラスで行った遠足の集合写真が配られた時だ。写真には墨を何滴も溢したように、紫色と黒色が混ざった煙のような形状をしたものがこびり付いていた。


 『それだよ、これが君の鍵に対してかなり重要なものの筈だ』


 いつもより、太いフォントの文字が、先生の興奮を伝えていた。


 その写真を確りと観察する。とりあえず、墨のようなものには、闇と名前を付けておいた。

闇は、どうやら人に纏わり着いているらしく、生徒たちの腕や肩に多く見受けられた。撮影場所が悪かったのか、その体のほとんどに闇が付着した生徒もいた。


 それから、写真だけでなく現実の世界でも、闇が見えるようになった。

 時間が進むたびに、世界は闇に包まれた。


 中学校に進む頃、僕の世界の半分は闇になり、はっきりと見えるものは、先生だけだった。


『早く鍵を見つけるんだ』


 このままでは、闇に飲み込まれてしまうと、先生は告げた。友達すら人の形をした闇にしか見えない世界で、心の安息はどこにもなかった。


『どうして、闇は増えた?最初に闇を見たのは、いつだ?』


 最近になって、先生のアプローチはとても増えた。それだけ、闇に飲み込まれる時間が近づいているということだろう。


 そもそも、どうしてこんなことになったのだろうか。過去に戻った時の記憶を振り返る。

僕は、ある日、目が覚めると赤子に戻り、人生をもう一度始めた。

 小学校の時から、闇が現れた。闇は、日々を少しずつ、紫黒に染めて行った。


「もう、限界だ」

 座っていた席を投げ飛ばし、僕は教室を飛び出した。


「なんなんだよ、どうしたらいいんだよ」


 悪態を着きながら、どこまでも中学校から離れた。すると、闇が少しずつ消えていた。

心が安心して、いつしか名前しか知らないテーマパークにたどり着いた。


『戻るんだ学校へ、ここには闇がない、つまり、鍵はない』


 先生の言葉を無視し、僕はテーマパークの入場口に向かった。窓口係はとても、美人で、胸も大きい。ただ、下半身がなかった。怪訝な目を向けた僕に対して、彼女はあくまで冷静に答えた。


「私の仕事は、動く必要がないので、上半身だけで十分なのですよ、ところで、この中に入りますか?」


「闇から逃げているんだ、この中に闇が潜んでいるようなことはあるか」


 それを聞いた彼女は、目を見開き、大きな声を上げて、笑い出した。僕の発言が相当、面白いらしい。


「それでしたら、死ぬことをお勧めしますよ」


 彼女の発言から察するに、闇の存在を知っているようだ。そして、闇から逃れることは不可能なので、この世界から諦めることを勧めているようだ。


「うーん、お客様の股間だけなら、生き残れそうですね」


 相当、ツボに入ったのか、半笑い気味の表情で僕の股間を見つめた。

 僕は、頭に血が上り、彼女を突き飛ばした。下半身を持たない彼女のことだ。相当、困るだろう。


「乱暴なお客様ですね」


 そう言うと、彼女は上半身から下半身を生やし。もとの位置に戻り、下半身を消した。上半身と下半身がそろった彼女は美しい体系をしていた。


「に、人間じゃない」


「いえいえ、人間ですよ」


「私程度で、人間じゃないとおっしゃるのなら、中には入れませんね」


「だって、人間というものは、下半身を自由に生やしたりと取ったりはできないんだ、人間とは思えないよ」


「だったら、生やしたままで生活すれば、私は人間になれますね」


 突然、彼女は下半身を生やした。それと同時に、肩の当たりに闇がにじみ出た。


「あら、やだ、闇がついちゃった」


「ここまで、闇が来たのか」


 闇が確実に広がってきている。早く、内部に入る必要がある。

 闇の付いた女性は、肩を震わせている。また、何か異形の技を使うのかと見まがえていると、彼女は笑い出した。


「お客さん、中々面白いジョークですね」


「何がおかしいんだよ」


 僕は、彼女の胸倉を掴み、叫んだ。彼女の体に闇が増えていく。


「だって、お客さんの体、闇まみれじゃないですか」


 彼女を掴んだ腕を見ると、黒と紫に包まれていた。いつの間にか、僕の体に闇が付着していたようだ。


「なんで、いつの間に」


「見たところ、中々年季の入った闇のようですけれど」


 彼女は、そういうと手鏡を僕に手渡した。それを使って、全身を見てみると、僕の体には、一片の隙もなく、闇がびっしりと埋め尽くされていた。今まで、視た中で、一番純度の高い闇と言っても過言ではない。

この時、全てを察した。


「そうだったのか、わかったよ先生」


『何が?』


「この世界の鍵は僕自身なんだ、僕は生まれた時から、常に闇を纏っていたんだ、外に漏れ出るまで、気が付かなかった」


 この世界の違和感は僕だったのだ。そして、僕に関わる全てに、僕から闇が付着していた。


『正解と言いたいところだが、少し、違う』


 何故、過去の世界で、僕が闇だったのか。それがわかるまではこの世界から出られないということだろう。


「それも、わかった、そういえば、僕は自分の名前を知らないし、そして、他人から呼ばれたこともない」


『そうだ、では、キミはどうする?』


「自分の名前を思い出す、そうすれば、この世界から出られる」


『いや、思い出すのは、名前ではない、自分そのものだ』


「何、言ってるんだよ、先生、僕はこの世界で中学校まで過ごした、自分のことなら知っているさ」


『そうか、なら、最後の確認だが、キミの名前は?』


 脳裏に自分の名前が浮かんできた。体にこびりついた闇が消えていく。


『よくわかったね、これでキミは鍵を手にしたよ』



 目が覚めると、辺りが白に包まれていた。辺りの様子を見るに、ここは個人の病室だろう。


「お疲れさまだね」


 白衣を着た老齢の男性がそう話しかけてきた。僕を助けてくれた先生だと直感した。


「はい、最高です」


「そして、治療の成果なのだが」


 先生は、僕に一枚の紙を渡した。タイトルは、未参照記憶復活療法と書かれている。

 僕の名前が書かれた欄の下には、記憶復元率が90パーセントと書かれている。


「成功なのでしょうか?」


「人間の記憶なんて、大したことを覚えてないから、それだけ、思いだせば、十分だよ」



 未参照記憶復活療法。それは、最先端の脳科学に基づいた記憶障害に対する治療法だ。


人間の記憶は、経験から三年たつことで、長期記憶と見なされ、専用の記憶器官に保存されている。それは、なぜか。今の仮説では、記憶と記憶を繋ぎ合わせて、最適化を果たしているのではないだろうか。その仮説の中で、長期記憶は冗長性を省くために、新しい記憶を保存する時に古い記憶との共通部分を参照してつなぎ合わせているとされている。


 つまり、脳の何処かに、自分の名前を記憶した部分があり、その記憶を例えば、自己紹介をした時の記憶とつなぎ合わせているのだ。このような、最適化には一つの問題がある。参照している記憶に、何らかの形で参照できなくなった時に、記憶に凄まじい数の矛盾が生じるのだ。


 これを記憶障害と呼ぶ。しかし、脳の何処かに、記憶はあるのだから、記憶を時系列順にたどれば、その参照をもう一度できるようになるのではないかというのが、未参照記憶復活療法の概要になる。


 実際の治療は、記憶を失った人に、特殊な電気信号で、過去をたどらせ、その中で矛盾を見出し、記憶をつなげていく。繋がりの消えた記憶を再度振り返ることで、記憶の参照を取り戻すのだ。


その際には、言葉などの指示で過去での自分の行動を注意深く見るように仕向けることが効果的だ。まだまだ、成功例は少ないが、実際に記憶を取り戻した人間も存在している。ただ、一つの問題点は、記憶の書き換えが起きてしまうことだ。あまり、派手に過去の世界で行動すると、現実世界と自分の記憶に齟齬を生じ、記憶障害よりも酷いことになってしまう。



「ところで、先生」


「なんだい?」


「どうして、僕の体は上半身しかないのですか?」


「それは、バイクで事故を起こして、記憶と下半身を失ったからだよ」


 どういうわけか、僕の体から下半身が二度と生えてくることはなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] タイトルに惹かれて拝読しましたが、なかなか不思議な切り口の作品ですね。 [気になる点] タイムトラベルでもタイムリープでもありません。 [一言] 新しく造語すればよいかもしれませんね。
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