ゴツい魔王にジャーマンスープレックスキメたら美少女魔王が嫁になった件。
ノリと勢いだけで書いたものです。
ジャーマンスープレックスというプロレス技をご存知だろうか。
相手の背後から腰をクラッチし、そのまま反り投げる一種の芸術とも言えるフィニッシュホールドである。
腰を抱える腕力もさることながら、人ひとりを一気に投げ飛ばす脚や体幹のバネ、投げた後の美しいブリッジを描く事も重要な、極めて高い技術を求められる技だ。
僕はケンカの際、そのジャーマンスープレックスを多用する。
ケンカはあまり好きではないが、2メートルを越える上背があって体格のいい僕は意図せずに不良に絡まれることが多かった。
基本的に相手にすることはないが、それでもどうしても逃げられない場合は応戦を余儀なくされる。
そんな時、見た目によらず瞬発力のある僕は即座に相手の背後を取り、アーチを描いて相手を地面に叩きつける。
投げるのは落ち葉が積もった腐葉土や公園の砂場等、柔らかい場所だけだが、それでも人間が気絶するには十分だ。
そんな風に自衛を繰り返していると、周りの皆は口々に僕をこう呼んだ。
ジャーマンキングと。
うん、清々しい位にパクってるね。
そんな僕だが、最近人間ではないものを投げてしまった。
「カズマ様!朝ごはんが出来ましたよー!」
無駄に装飾の施されたベッドの上で物思いに耽る僕に、ひとりの女の子が満面の笑みを浮かべながら、部屋に飛び込んでそう言った。
禍々しい黒い詰め襟服にフリフリのエプロンを着けてお玉を手に持ち、肩まで垂らした銀色の髪の隙間から黒い角を生やした赤い瞳の、目の下から首筋に掛けて黒い紋様が浮かんでいる美少女だ。
うん、色々とおかしいね。
角とか銀髪とか紋様とか。
「………あの、なんで朝ごはん?」
「夫のお世話は妻の務めです!」
あ、会話が成立してない。
「昨日の一件で、何がどうなって魔王が僕の妻になるの?」
女の子、魔王の美貌を一瞥して僕こと中条一真は、頭を抱えて昨日の出来事を反芻した。
昨日、僕が学校から帰る途中のこと。
帰ったら録画しておいたアメリカのプロレス試合を観ようかと考えながら、僕は住宅街を歩いていた。
すると突然、僕の足元から光があふれ、目の前が真っ白に染まった。
「う、うわ…!?」
僕は腕で目を覆い、その場に尻餅をつく。
地面がうねり、ぐるぐると、まるで遊園地のコーヒーカップに乗っている様な感覚を覚えた。
若干の気持ち悪さを覚え、少し吐きそうになった頃に漸くうねりは治まり、視界は徐々に正常を取り戻していく。
恐る恐るまぶたを開けると、僕の目の前には『石壁で覆われた建物の中』と『たくさんの人ならざる者』の姿があった。
「……え?」
彼らの姿を見て、僕は一瞬目を疑う。
彼らはパッと見人間っぽかったが、人間ではなかった。
あるものは、コウモリの飛膜を思わせる翼が生えている。
またあるものは、魚類や爬虫類を思わせる鱗が生えている。
更にあるものは、牛や山羊を思わせるツノが生えている。
個々多種多様、目の前の彼らの全てには、凡そ人間には無い器官が生えていた。
「………コスプレパーティー?」
「………その『こすぷれ』、とか言うモンがなんだかは知らんが、少なくともパーティーではあるな」
僕のひとりごとに応える声。
声は彼らの向こうから響いてきた。
その声を聞いた彼らはザザッと左右に割れ、声の主が姿を現す。
彼らの中央から、僕と遜色ない体格の大男が巨大な玉座にふんぞり返っていた。
月のような銀色の髪を短く刈り上げた頭のこめかみ辺りからねじれたツノが生え、赤い瞳の下には目元から首筋に掛けて、刺青の様な紋様が浮かんでいるいかつい顔の男。
禍々しい黒の詰め襟服に包まれた肉体は、はち切れんばかりに筋肉が隆起している。
「あ、貴方は誰?なんで僕はこんな所に?」
「冥土の土産だ、教えてやってもいい」
男は悠々と玉座から立ち上がり、のしのしと座り込む僕へと歩み寄る。
「俺はこの世界の魔王だ。そして貴様はとある儀式の為にこの世界に召喚された」
「……ま、まおう?儀式?」
まおうって、あの魔王?ファンタジーやメルヘンじゃよく出て来る?
それに儀式って?
「ぎ、儀式って、なんの?」
「人間族を滅ぼす儀式さ。その為には異世界の人間族を生け贄に捧げなければならない」
人間族を滅ぼす…生け贄!?
「ちょ、ちょっと待って下さい!?生け贄って!?」
「文字通りに、貴様には死んでもらう!!」
そう言って魔王は腰の剣に手を掛け、僕に振り下ろした。
「わ、わわわぁぁ!?」
「チッ!逃げるな小僧!」
振り下ろされた剣を僕は後転して躱し、跳ね起きて魔王の追撃から逃げる。
死ぬなんてヤだよ!まだバルク・ドーガン対ガンドレ・ザ・ギガントの試合観てないのに!
僕は必死に魔王の剣戟を躱し、逃げ回る。
「………!」
逃げている途中、周りを見回して気付いた。
周りの部下らしき彼らは手出しをする気配がない。
どうやら僕を殺すのは魔王自身の役目らしい。
………一対一なら、なんとかなるかもしれない。
「………ッ」
「ッ…観念したか、小僧」
殆ど同じ体格の僕らは真っ正面から対峙する。
魔王は両手で剣を構え、必殺の一撃を狙っている。
対する僕は素手で、じっと剣の切っ先だけを見ている。
「死ねェェェ!!!」
「ッ…うわあぁぁぁ!!」
僕と魔王は同時に動いた。
魔王は僕の脳天を叩き潰さんと真上から剣を振り下ろす。
僕はそれを見ながら更に前へ踏み込んだ。
そのまま前に飛び出し、身体を丸めて魔王の右脇をすり抜ける。
「なにぃ!?」
躱されると思っていなかった魔王は振り下ろした剣を止められず、ズドン!と剣が石床に突き刺さった。
剣は根元近くまで刺さり、ちょっとやそっとでは抜けそうもない。
チャンス!
「ああああああああ!!!!」
僕は半狂乱になりながらも、背後から魔王の腰に組み付く。
「なっ!?貴様…!」
「うわあああああああああああああああ!!!!!」
クラッチは極まっている。
僕は全身のバネを総動員して魔王を持ち上げた。
床が硬い石で出来ており、下手をすると魔王が死ぬかもしれないという事も考えられず、僕は一気に魔王の後頭部を床に叩きつけた。
会心のジャーマンスープレックスが決まり、ズゴゴォン!と魔王の頭を中心に硬い石床にヒビが入る。
「ガッ…!?」
「魔王様!?」
部下の一人が声を上げる。
次の瞬間、魔王の身体がぼふん!と煙に包まれた。
「うわっ!?」
突然上がった煙に僕は思わず魔王の身体を離す。
まずい!今クラッチを離したら今度こそ殺される!
僕は必死に煙の中で魔王を探した。
直後、むにゅりと柔らかいモノに手が触れる。
…………むにゅり?
手の中の違和感に首を傾げていると、徐々に煙が晴れ、違和感の正体がわかった。
「…………きゅぅ」
「……………え?」
魔王が倒れていた場所には、銀髪とツノと紋様という、魔王の特徴を残した女の子が目を回して倒れていた。
そして僕の手の中には、女の子の結構大きな胸の膨らみが収まっている。
「……………うわァァァァ―――――――――ッッッ!?」
慌てて僕は女の子から手を離す。
べたんと尻もちをついて後じさりすると、背中に何かがぶつかった。
…………あ。
状況を思い出した僕は恐る恐る後ろを振り返る。
視線の先には、魔王の部下達が明らかな怒りを浮かべて僕を見下ろしていた。
魔王が目を覚ますまで、僕は牢屋に幽閉されることになった。
三つ目に魚の鰓の様な耳をした看守が僕を冷めた目で見張っている。
見張りの交代があったので魔王の事を訊いてみた。
面倒そうな態度で看守が言うには、この国で最も優れた魔導師が診た所、魔王が女の子になった原因は僕のジャーマンスープレックスらしい。
後頭部に受けた強い衝撃が魔王の中にある魔王としての因子を刺激し、なんやかんやスパーキングして性別が変化したそうだ。
後半がすごく雑なんだけど、それ本当?
魔導師曰く、精神状態を見る魔法とやらを使ってみると、記憶はそのままに精神も女の子に変わってしまっているらしい。
まだ目を覚まさないのにそんな事まで分かるのか。原因の部分はすごく雑なのに。
そのまま一時間程牢屋の中でぼんやりしていると、僕は牢屋から連れだされた。
あれ?拘束したりしないの?
看守曰く、魔王の命令で丁重に連れて来いとのこと。
………どういう心変わり?それとも生け贄として丁重に扱えってこと?
疑問が残る中、僕は魔王に殺されかけたあの部屋に連れて来られた。
あ、僕のジャーマンで床のヒビがすごいことに。
「人間さん、こちらを見て下さい」
「あ、はい」
元魔王の女の子に声をかけられ、僕は彼女に視線を移す。
魔王の隣には妖怪のぬらりひょんっぽいお爺さんが控えていた。
さっき看守が言っていた魔導師だろうか。
「まずは、我々の勝手で貴方を巻き込んでしまったことを謝罪します。申し訳ありませんでした」
「………え?」
いきなり謝られた。
先程までの剣呑さとはかけ離れた態度に、僕はわけが分からなかった。
「そしてもう一つ謝らなければならない事があります。…………貴方を元の世界に返すことは出来ません」
「え、ええ!?」
嘘でしょ!?帰れない!?
「な、なんで!?呼び出しが出来るってことは、帰せる方法もあるんじゃないの!?」
「無理なんです。この召喚は一方通行の片道で、元の場所に戻すという方法は作られていないんです」
今にも泣きそうな顔で魔王は頭を下げる。
僕はその態度が嘘でないと分かり、力なくその場に座り込んだ。
「ですが責任は取ります」
「………責任?」
魔王は顔を上げて僕の顔をじっと見る。
そしてその頬が少しずつ赤く染まっていった。
「人間さん、貴方のお名前は?」
「………か…一真。中条一真」
僕が名乗ると、魔王は小さく『カズマ様』と呟く。
「カズマ様、私の夫になってください!一生養いますから!ぶっちゃけ一目惚れです!」
「え?」
魔導師のお爺さんが魔王を見る。
「「「え?」」」
部下達も見る。
「えぇぇぇぇ!?」
そして僕が絶叫を上げた。
これが昨日の出来事。
その後魔王の鶴の一声であれよあれよと結婚式が始まり、なんやかんやあって魔王は僕の嫁になった。
この世界に来て一つわかったこと。
「うふふふふ、カズマ様、あ~ん」
「あ、あーん」
人間族を滅ぼすと息巻いていたのに人間族との結婚を祝福する辺り、この国の人達、基本行き当たりばったりで生きてるなぁ。
もしかしたら続きを書くかもしれない。