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08:買い手は厄介な相手でした

「やあ、お待たせ。寂しかったかい? 子猫ちゃん」


 男は、整った顔立ちを緩めてリレイに手を差し出す。

 リレイは、苛立を込めた目で男を睨みつけた。


「金は、確かに受け取った。連れて行け」


 セドリックの言葉に頷いた男は、壁に固定されていたリレイの鎖を外す。二人は気安い間柄のようだ。

 リレイは黙って男に従った。もちろん、隙をついて逃げるためだ。

 店から出たところで、男に不意打ちを食らわせて一気に逃げる算段である。


「じゃあな、お嬢ちゃん。達者でな」


 奴隷商人であるにもかかわらず、セドリックはリレイに向けて人の良い笑みを浮かべ、手を振った。


 セドリックの店を出てすぐに、リレイは逃亡計画を実行に移した。

 手錠に繋がれた腕を振り上げて、男の後頭部を狙う。手錠の金属が男の脳天に直撃した隙をついて逃げるのだ。

 しかし、リレイの手は男の頭に届くことなく捕えられた。


「なーにしてるのかな?」


 リレイの腕を捕えたまま、男が楽しげな笑みを浮かべる。

 後ろにも目が付いているかのような、素早さだった。


「……何も、してないわよ?」

「俺が止めたから未遂で終わったね。逃げようだなんて考えない方がいい。田舎出身みたいだから、知らないと思うけれど……ヘル・シティの奴隷は、主の同伴がないと街の外へは出られない。この街には逃亡奴隷を狩ることを専門にしている組織もあるし、ヘル・シティから出ようとする人間に対しては、検問で厳しいチェックが行われる……ま、臭いものに蓋の精神だな。単純に、この土地の奴らを外へ出したくないのさ。それが、元犯罪者かもしれない奴隷なら尚更」


 セドリックは、リレイの世間知らずぶりをこの男に伝えたようだ。

 彼が外に出て話をしていた時だろう、とリレイは当たりをつける。


「でも、奴隷か奴隷じゃないかなんて、見分けがつかないじゃないの」

「……そっか。首の後ろだから見えないんだね」


 男は、面白いものを見るような目でリレイを見た。


「君の首の後ろに、奴隷の焼き印がある。所有者である俺の名前が押されている限り、君は逃げられないよ」


 言われて初めて、リレイは首の後ろの痛みの原因を知った。

 元の世界で痛み慣れしているリレイは、他の人間よりも痛みと言う感覚が鈍いのだ。


(それにしても、普通の方法では逃げられないなんて……厄介な問題だわ)


 ウィズラルドの関所もチェックが厳しいことで知られていた。そんな感じだろうかとリレイはかつての世界を思い出す。

 どうにかして元の世界に戻りたいが、その前に問題が山積みだ。


「行くよ」


 男は、リレイを俵担ぎにすると、セドリックの店とは反対方向へ歩き始めた。彼は、埃っぽい街の中を、ここが庭だとでも言うように縦横無尽に動き回る。

 両手両足を拘束されているリレイは、動くこともままならず大人しく運ばれていた。魔法が使えない身がもどかしい。


 街中では、襤褸を纏った子供達や、裸の赤ん坊を連れた男の物乞いが虚ろな表情でリレイ達を眺めていた。

 不思議なことに、この街に女はいなかった。


「どこへ行くの?」

「俺の家」

「……そう」


 リレイの脳裏で、「愛玩用」という文字が踊った。


(冗談じゃない、なんとかして逃げなければ。取り返しのつかないことになる前に! セドリックだって、この男のことを好色な変態野郎だと言っていたもの!)


 男の肩の上で、リレイは思い切り暴れてみたのだが、まったく逃げ出せる隙は見つからなかった。


(なんなのコイツ。魔王城の幹部だって、もっとチョロかったわよ……あの頃は魔法を使えたけれど)


 リレイは俵担ぎされたまま、男の家へと運ばれる。途中で何度か逃げ出そうと試みたものの、全て失敗に終わっていた。

 家の奥にある簡素な寝台にリレイを転がした男は、うっとりとしたような笑みで自らが購入した奴隷を見つめる。


「可愛いなあ、空から降ってきて……あの時は天使かと思ったよ」

「……人間です」


 男の家は、質素なものだった。

 リレイが見て来たこの街の標準的な家と言える。

 無機質な室内には、最低限の家具だけが並んでいた。物は少ないが、綺麗に掃除されている。


「俺はジン。君の名前は?」

「……リレイ」


 自分の名前を答えながらも、リレイは頭の片隅で男——ジンから逃げる方法を考えていた。


「ところで、リレイちゃん。セドリックが薬もくれたんだけど……要る?」

「薬?」

「そう。言うことを聞かない奴隷を大人しくさせる薬だってさ……俺は薬のことはよく分からないけど、鎮静剤の強力なやつじゃないかな。もしくは、中毒性のある薬物。奴隷の精神的苦痛も和らげてくれるらしいよ」

「要らないわ! アンタが飲めば?」


 リレイは即答した。ろくでもない薬だとしか思えないからだ。


「まだ、逃げようと思ってる?」

「……まさか」

「逃げるのは不可能だと思うよ。俺の顔面に一発入れたのはすごいと思うけど……たぶん、君よりも俺の方が強いから」


 そう言うと、ジンは青い目を嬉しげに細め、リルの瞳を覗き込む。


「綺麗な赤……初めて見た時から気に入っていたんだ。その目といい、ヘル・シティで女の格好のまま出歩いている度胸といい——実に俺の好みだよ」

「そう言えば、この街で女の人を見ていないんだけど……」


 ジンから逃げていた時、この家に来る時……リレイがすれ違った人間は、男ばかりだった。


「女だと、あっという間に犯罪被害に遭うからね。ここでは皆、男装しているよ。女性らしい格好の女を見ることが出来るのは、花街くらいだね」

「……変な街」


 リレイがそう言うと、男は益々面白そうに目を細める。


「ところで、君はどこから来たの?」

「ウィズラルド王国」

「……ふふ、そんな国は存在しないよ?」

「失礼な人」


 あちらの世界でウィズラルドといえば、世界一の大国だった。


「さっきから聞きたかったんだけど……どうして、自分が捕えた私を奴隷として買おうと思ったの?」

「逆だよ」


 寝台に転がったまま首を傾げるリレイに、ジンは微笑みを浮かべたまま答える。


「リレイちゃんが欲しかったから、捕まえたんだ。この街では、捕まえて奴隷にしてしまえば誰でも自分の物にできるからね」

「……最低ね。普通に宿を提供してくれれば、いい人だという印象を持ったかもしれないのに」


 リレイの言葉に、ジンは首を横に振る。


「それじゃあ、確実じゃないもの。欲しい物は何をしてでも手に入れて手放さないのがヘル・シティの——そして、俺の流儀だよ」

「……この街から出てしまえば、その流儀も関係ないということね」

「だから、出られないってば」


 ジンはそう言うと、青い目を輝かせて、寝台に横になっているリレイに跨がった。

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