07:買い手が判明しました
「あのアーノルドって言う人は、何をしている人なの?」
戻ってきたセドリックに、リレイは尋ねた。
「ああ、地下の違法闘技場のオーナーだ。獰猛な獣と素手の人間を戦わせることが大好きな変態野郎さ」
客がいなくなった途端に、セドリックはアーノルドのことを変態呼ばわりする。
リレイも、アーノルドは特殊な性癖なのだろうと思った。
「でも、素手で猛獣と対峙するのは「戦い」とは言わないんじゃ……?」
武器のない普通の人間と獰猛な獣の対戦……
リレイには、戦いなどではなく一方的な殺戮のように思える。
(だから、アーノルドは二日しか保たなかったなんて言っていたんだわ……)
リレイが、連れて行かれた男の心配をしているのを見て取ったのか、セドリックは意地の悪い笑みを浮かべる。
「それよりも、自分の心配をしたらどうだ? お前の買い手も、大概タチの悪い奴だ」
「闘技場のオーナー?」
「あ、いや。奴は闘技場は持っていない」
「好色な変態野郎?」
男との会話を思い出したリレイは、セドリックにそう告げる。
「……ある意味、そうだ」
リレイにとって、絶望的な答えが返ってきた。
奴隷を買うような人間は、皆変態らしい……と、リレイは結論づけた。
「私の買い手は、好色な変態野郎か……」
その事を知ったリレイは、買い手の元を逃げ出すことに決めた。
(逃げ出すなら、引き渡された直後がベストかもしれない)
アーノルドに買われた男は逃走に失敗したが、リレイは逃げ切れる自信がある。
リレイは、頭の中で何度も逃げ出す予行演習をした。
その間も、リレイの首筋はズキズキと鈍い痛みを刻んでいる。
「しかし、物怖じしないお嬢ちゃんだな。奴隷商人の俺と普通に話をするなんて」
「暇ですから」
「そうだな。心配しなくても、お嬢ちゃんは、あの男みたいに殺される事はないだろうよ」
やはり、あの男は最終的に殺されるのだとリレイは思った。
「その目の色も珍しいしな。愛玩用だろう」
「さっき連れて行かれた人も、そう言っていたわ」
だが、愛玩用だと言われても良い気はしない。
元の世界で、稀に魔王の配下達が美しい人間を攫って慰み者にすることがあった。今のリレイの状況と大差ないだろう。
「表でも奴隷を売買しているの?」
「ああ……表にも出しているが、顧客の大半は通信販売で申し込んでくる。人であれば何でも良いのだろう。外に並べているのは、見目の良い奴だけさ。もしかすると、それを気に入った物好きが購入を決めてくれるかもしれないからな」
「ツウシン販売?」
「お嬢ちゃんは、通信販売も知らないのか……どんだけ田舎から出てきたんだ?」
リレイは、この世界では田舎者——世間知らずだと認識されているようだ。さっきリレイと話した男もそう言っていた。
(これでも、ずっとウィズラルドの王都で暮らしていたのに……)
腑に落ちない気持ちを抱えつつ、リレイはセドリックの話に耳を傾けるのだった。こんな店なので、セドリックも暇なようである。
「ねえ、ここはなんて言う国なの?」
「ヘル・シティは、どこの国にも属さない。一応、アリアド国の一部という扱いになってはいるが……お嬢ちゃん、どこから来たんだ? こんなの常識だろうに」
「……訳あって、外部の情報が入らない場所にいたの」
リレイは曖昧に言葉を濁した。
「それで、ヘル・シティに来て早々に捕獲されたのか。運が悪かったというか、間抜けというか……」
呆れ顔のセドリックは、ふと、言葉を切って店の戸口に目をやった。
リレイもつられて、そちらを見る。人の気配がした。
簡素で古ぼけた木の扉が、キィィと音を立てる。
「……客か」
セドリックは、思い腰を上げて店の表へ出て行った。
しばらくして、彼が見覚えのある男を連れて店に入ってくる。現れたのは、リレイをこの店に売り飛ばした金髪の男だった。