02:プロローグ2
リレイはうんざりしていた。
勇者の凱旋パレードだとかいうふざけた行事のせいで、かれこれ半日ほど城下街を引き回されているのだ。熱い、怠い、しんどい。
「うわっ!」
斜め向かいに座る魔法使いの少年——ケイトが、不意に体を反らせる。
どうやら、押し寄せた街の人々の方から飴玉が飛んできたらしい。飛来した飴玉は、コツリと音を立てて馬車の床に落ちた。
「危ねえなあ……」
興奮した民衆は、勇者一行の乗る馬車に向けて花やら食べ物やら、自身に似せた人形やら……様々な物を投げ込んでくるのだ。
ケイトもまた、リレイと同様にうんざりした様子で馬車の背もたれに深くもたれ掛かった。
リレイは、遥か前方にそびえ立つウィズラルド城へと目を向ける。
城下町を一周して城に着くまで、まだまだ時間がかかりそうであった。
「ほらほら。ケイトもリレイも、ムッツリしていないで楽しもうぜ? こんな機会、今日限りなんだから」
リレイの隣に座っているアッシュブロンドの髪の青年——アースは、先程から飽きもせずに人々に手を振ったり、剣をかかげ持って見せたりしては歓声を浴びていた。
人々は、剣士であり、王から直接以来を受けて魔王討伐に向かったアースのことを「勇者」と呼んでいる。
事実、彼は女神に導かれてこの地に召還された「選ばれた人間」だったのだ。
他のメンバーは自主的にアースの元へと集った。
元シスターであるエリンは、魔王の部下に襲われた教会を勇者が救った際に、彼に同行を申し出た。
名のある格闘家であったイゴールは、とある武闘会でアースに負けて彼の実力に感服したようだ。それ以来、アースに付き纏っている。結局、魔王退治にまでついてきてしまった。
魔法使いのケイトは、元魔王の配下の組織だった魔導教会を裏切ってアース側に付いた。人間に害をなしていた魔導教会は、現在解体されている。
そんな成り行きで集まったメンバーだが、今ではお互いを信頼し合っていた。
アースとエリンなど、恋人同士になってしまっている。
リレイは、密かにアースに想いを寄せていたが、彼より四つも年下のリレイが、アースに異性として見られることはついになかった。
「……別にいいけどね」
アースが、あの場所からリレイを連れ出してくれただけで充分だ。これ以上は望まない。リレイはそう決めていた。
リレイには、その実力を認められてアースにスカウトされ、魔王退治に同行したという過去がある。
それ以前は、軍事施設に収容されていた。
孤児を引き取り、対魔王の戦闘に使用する兵を量産する施設だ。
親や知り合いを魔王の部下に殺されて復讐心に燃えた子供達は、自主的に戦闘力を磨き優秀な兵器となって戦場に舞い戻った。
リレイも、その中の一人である。
赤子の時に施設に入れられたリレイには、両親に関する記憶はない。
けれど、彼女には、他の子供達を凌ぐ実力があった。
魔法剣士としての才能を開花させたリレイはアースの目に留まり、魔王退治への同行を打診されたのだった。
ウィズラルド城へ入る時には、もう日も暮れて夜になっていた。
リレイとケイトは、半分魂の抜けた状態で城に足を踏み入れる。アースは、まだまだ元気だった。
城を訪れた勇者一行に、王は、「それぞれに望む物を与える」という太っ腹なことを口にする。
勇者アースはエリンと結婚し、王の騎士となった。
シスターエリンは、自身が勤めていた教会への援助を願い出た。
格闘家イゴールは大金と爵位を貰い、アースと同じ職場で働くことにした。そして貴族の嫁も貰った。
魔法使いケイトは、魔導教会での罪を不問にしてもらい、ウィズラルドの宮廷魔術師として働くことになった。
「して、リレイ。ソナタは何が欲しいのじゃ? 金か、爵位か? 名誉ある職か?」
「…………何もしたくないです。敢えて言うなら、自由が欲しいわ」
リレイは、城付近の森の一部を貰い受けてその中に小屋を建て、弱冠十三歳にして悠々自適の隠居生活を送ることにした。
彼女の生活費は、勿論ウィズラルド国が負担している。
その代わり、リレイも他のメンバーと同じくウィズラルドの監視下に置かれていた。過去の勇者は未来の脅威だ。
こればかりは、英雄の定めのようなものなのだろう。