19:魔王に反抗してみました
「俺に止めを刺したのは、勇者だけれど……それに至る致命傷を負わせたのは、間違いなく君だね。リレイちゃん?」
「……そうなの?」
ダイニングで、ジンが作ったという夕食を口にしつつ、リレイ達は過去について話をしていた。
魔王と話をしているなんて、変な感じがする。
「まさか、レーザーで手足を焼き切られるとは思わなかったよ」
「一体、なんなの? 「れーざー」って……?」
「君が使っていた光の魔法。こっちの世界では、そう呼ぶんだ」
「……ふぅん。こっちには、わけの分からないものが多いわね」
リレイはうんざりしながら、ナイフで切った肉を口へと運んだ。
魔王が調理したものなのに、美味しいというのが癪だ……
それにしても、魔王はこちらの世界に馴染みすぎている。
「さて、リレイちゃん。今から、君と一緒に娼館に行ってみようと思うんだけど……」
「一人で行け」
「そう言わずに……仕事の話だから」
冷たいリレイの言葉に、ジンは苦笑しながら話を続けた。
「セドリックの店の商品が、何者かに盗まれたそうなんだ。犯人を半殺しにして連れて来いっていう依頼を受けた。もちろん、商品も取り返すよ」
「……前回の依頼も、セドリックからじゃなかった? あの、闘技場の……」
「そうだよ? セドリックは、俺の腕を見込んで個人的に依頼をくれるんだ。いわば、常連さん……っとと」
隙を見てジンに蹴りを放ったリレイだったが、ギリギリのところで躱されてしまう。
「ちっ……外したか。腐っても魔王なのね」
「リレイちゃんも、懲りないよね〜」
そう言ったジンの青い目は、愉悦の笑みを宿していた。
※
そうして数十分後……
スラム街の大通りには、体の痺れのせいでぐったりしたリレイと、いつものようにそれを担ぐジンの姿があった。
夜でも、周囲には人の姿がある。
既に、道中で絡んできた数人をジンは血祭りにあげていた。リレイを背中に背負いながら……
元魔王だけあり、ジンの動きは常人離れしている。
過去にいた世界で、リレイ達は魔王を確かに倒していたけれど……
それは、勇者パーティーとしてだった。
あの時は、五対一で、ようやく魔王に勝つことが出来たのだ。
(その実力差を、今更こんな形で突き付けられるなんて……)
リレイが悔しさに歯嚙みしていると、ジンから声が掛けられる。
「大丈夫? リレイちゃん、そろそろ立てそう?」
「……なんとかね」
そう答えたリレイは、ジンの背から降りると、おぼつかない足取りで夜道を歩き始めた。
「生まれたての子鹿みたい……」
背後でジンがくすくすと笑っているが、無視する。
リレイにとって、それはかなり屈辱的な発言だったのだ。
二人が娼館に辿り着いた頃には、すっかり深夜になっていた。
けれど、この街にしては豪勢な白くて広い建物には、どの窓にもオレンジ色の灯りが点っている。
「じゃあ、リレイちゃん。ちょっと娼婦のフリして潜入してきて」
「はあ!? 魔王、あんた頭でも沸いたの!? 無茶振りすぎるわ!」
「大丈夫だってば〜、ここって大きい娼館のわりに、入れ替わりが激しいみたいだから。新入りの顔なんて誰も覚えていないよ〜」
「ふざけないで!」
「だって、俺は客として潜入できるけれど、リレイちゃんは……ねぇ?」
「なら、男装する方がマシだわ。あんた、分かっていて今までこのことを黙っていたわね……!」
娼館の入口に立って、リレイはジンを睨みながら吐き捨てた。
「今回はパスするわ。手伝ってなんかやらない!」
その言葉を待っていたとばかりに、元魔王の表情が凶悪な笑みに変わる。
危機感を覚えたリレイが、逃げ出そうとした時には、もう手遅れだった。
本日、何度目かの電撃を受けたリレイの体は、気付けば娼館の中へと運び込まれている……
「あの、極悪魔王め……許さん」
リレイを中へ運び込んだジンは、去り際に彼女にこう呟いていた。
「今日のお仕事をしっかりしてくれたら、丸一日自由にしてあげる。その間は、君が逃げ出したとしても首輪を使用しないことにするよ……その代わり、仕事を放棄して逃走したりすれば、今度こそ性奴隷にしてあげるからね」
おそらく、ジンが余計なことを吹き込んだのだろう……
今のリレイは娼館のおかみによって、ヒラヒラとした衣装を着せられた上に化粧までされている。
その状態で娼婦用の待機部屋に入れられているのだが……これでは、本当にここの従業員と変わらない。
もの凄く迷った末に……リレイは、仕事を最後まで完遂することを決めた。
ここで彼女に与えられた役割は、セドリックの店から連れ出された奴隷二人を捜し出すことだ。
彼女達の似顔絵——「シャシン」というものを、リレイはジンから渡されている。
「……精度の高い絵だな」
痺れが取れてきた体を動かしつつ、リレイは周囲の娼婦達を見回す。
この場所に、似顔絵の中の奴隷はいなかった。
ジンが言っていた通り娼婦の入れ替わりが激しいのか、誰もリレイを気に留めていない。
(別の場所も探さないといけないわね)
そこで、リレイが建物の裏手に回って確認をしようとしたところ、外から戻ってきたおかみに鉢合わせしてしまう。
間の悪いことに、リレイは彼女に声を掛けられてしまった。
「あんた、さっそくお客様からのご指名だよ。一番の美人を連れて来いとさ」
「はぁっ!? なんで私が……」
「いいから、さっさと行きな!」
おかみに腕を引っ張られ、リレイは嫌々客室へと連行される。
「困ったことになった……」
※
張りのある娼館のおかみの声が、豪華な客室内に響く。
「お客様、今日一番の上玉を連れて参りました。しかも、この娘は処女ですよ!」
「……!?」
なんで、おかみがそんなことを知っているのだと、リレイは密かに焦った。
(魔王か!? 魔王がこの人に伝えたのか!? いや、魔王はそんなことまでは知らないはずだし……)
そんなことを思って混乱しているリレイは、おかみによってあっさりと客へ引き渡されてしまう。
部屋の中には、既に二人の娼婦がいた。
リレイよりも少し年上の彼女達は、それぞれ見覚えのある顔をしている。
「……絵の中の人だ」
盗まれた娼婦を探す手間が省けたリレイは、ほっと一安心した。
あとは、この場をどうやって切り抜けるかだ。
とはいえ、それなりに腕に自信のあるリレイなので、特に困ってはいないのだが。
客室の中では、娼婦達が嬉しそうな声を上げていた。
意外なことに、客の男は二人の娼婦に向かって何をするでもなく、優しげに微笑んでいるだけだ。
彼等は、客と娼婦という関係には見えない。
客の男は、縦にも横にも大きな体をしており、その顔には多くの傷跡があった。
だが、その小さな目はとても優しそうな光を湛えている。
「タウザー様、ありがとうございます。私達……」
娼婦の一人が、目を潤ませながら男に礼を言った。
「礼なんて要らない。俺はこんな形でしか、お前達を救うことが出来ないのだから……」
「それでも、今日は客と寝ることなく過ごせます。あの奴隷商人の元からも逃してくださって、このヘルシティーで一番待遇の良い娼館に連れてきて頂いただけでも」
「そうですわ。あのまま、あの店に置かれていたら……タチの悪い客に買われて、今頃命を落としていたかもしれません」
二人の娼婦の言葉に、タウザーは苦い顔をして俯く。
「しかし、結局は娼館だ。ヘルシティーの外へ出たことのない俺では、お前達を故郷へ返してやることはできない。こうやって、お前達を指名して、客を取らないようにしてやることくらいしか……」
そんなことをい出す彼を見て、リレイは目を丸くした。
(この人、もしかして……奴隷泥棒だけれど、良い人じゃないの?)
身近にいるジンやセドリックの方が、よほど極悪人に見える。
そんなタウザーは、部屋の入口付近で立ち止まっているリレイにも話しかけてきた。
「お嬢さん。そんなに緊張する必要はないぞ。今夜は仕事をしなくていい……」
「えっと、あの……?」
「そんなに美人なら、すぐにたくさんの客を取らされるだろうが……今日だけは、ゆっくり休め」
彼は娼婦を指名することで、一時しのぎではあるが、彼女達に他の客がつかないようにしているらしい。
(偽善だし、まったく根本的な解決にはならないけれど……優しい人なのよね?)
リレイは、タウザーにこそ味方したくなってきてしまった……
このままでは、彼はジンに半殺しにされた上で、セドリックの店へと連れて行かれてしまう。
奴隷として悪い客に売られてしまうかもしれないし……最悪、殺される可能性もあった。
少しだけ逡巡した後、リレイは思い切ってタウザーに声を掛ける。
「タウザーと言ったわね……あなた、今夜は逃げた方がいいわ」
「どうした、お嬢さん? 心配しなくても、おかみに怒られる心配は……」
「違うのよ。セドリックの店が雇った賞金稼ぎが、貴方を狙っている」
リレイの言葉に、タウザーの顔色が変わる。
「このままだと、あなた……魔王に酷い目に遭わされるわ。そこのお姉さん二人も、セドリックの店へ連れ戻されてしまう……」
「魔王!? その通り名は……賞金稼ぎのジンのことか?」
「そうよ! あなたは大して強くなさそうだし、今すぐ逃げた方がいい。奴は既にこの建物内に入り込んでいるの」
「どうして、お嬢さんがそんなことを?」
「……私、本当は、ジンにそこのお姉さん二人を連れ戻すように言われていたのよ。気が変わったから、今のうちに早く逃げて」
二人の娼婦が、青い顔で立ち上がる。
タウザーは彼女達二人に目配せし、一緒に逃げるように言って窓の外を確認した。
幸いにしてこの部屋は一階だし、外に見張りの者は一人しか立っていないようだ。
「あのくらいなら、俺でもなんとかなりそうだ……ありがとうな!」
タウザーは、リレイに礼を言って娼館の窓枠に足をかける。
娼婦二人も、頼りない足取りで彼の後を追った。
しかし、その直後、室内に悪魔の声が響き渡る……
「あはぁ。面白い冗談だねぇ、リレイちゃん……ターゲットを逃がしてどうするのぉ?」
リレイとタウザー達は、同時に静止する。
(出た……!!)
気付けば、リレイはジンとタウザーの間に割り込み、背後に向かって叫んでいた。
「タウザー! ここは私が食い止めるから、あなたは早く逃げて!」
「お嬢さん!!」
彼等を、この残虐な魔王に引き渡すわけにはいかない。
リレイは、動きにくい娼婦用の衣装の裾を太腿の上で結ぶと、ジンが電撃を放ってくる前に、彼にナイフを投げつけた。
「ふふふ、リレイちゃんってば、どこまでドMなの? 俺に攻撃するなんて、相応の覚悟は出来ているんだろうねぇ……楽しみだ」
「この、くされ外道がっ!」
ナイフを放った隙に、リレイはジンの体に二発蹴りを入れ、三発拳を打ち込む。
今までの数々の恨みが積もった、容赦ない攻撃だ。
「ねえ、知ってる? リレイちゃんの攻撃には、妙な隙があるんだよ。元々は、この隙を埋めるために魔法を放っていたんだろうねぇ!」
ジンがそう言い放ったのと同時に、リレイの体を電撃が駆け抜ける。
彼の言ったように、「妙な隙」があったようだ。
電撃を使われてしまうと、リレイには、もうどうすることも出来なかった。
(タウザー達、大丈夫かしら?)
そう思うものの、今現在リレイの体は床に倒れており、指一本動かすことが出来ない。
また体が動かせるようになるまでの数十分間を、こうしてただ横たわり、耐えるしかなかった。




