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19:魔王に反抗してみました

「俺に止めを刺したのは、勇者だけれど……それに至る致命傷を負わせたのは、間違いなく君だね。リレイちゃん?」

「……そうなの?」


 ダイニングで、ジンが作ったという夕食を口にしつつ、リレイ達は過去について話をしていた。

 魔王と話をしているなんて、変な感じがする。


「まさか、レーザーで手足を焼き切られるとは思わなかったよ」

「一体、なんなの? 「れーざー」って……?」

「君が使っていた光の魔法。こっちの世界では、そう呼ぶんだ」

「……ふぅん。こっちには、わけの分からないものが多いわね」


 リレイはうんざりしながら、ナイフで切った肉を口へと運んだ。

 魔王が調理したものなのに、美味しいというのが癪だ……

 それにしても、魔王はこちらの世界に馴染みすぎている。


「さて、リレイちゃん。今から、君と一緒に娼館に行ってみようと思うんだけど……」

「一人で行け」

「そう言わずに……仕事の話だから」


 冷たいリレイの言葉に、ジンは苦笑しながら話を続けた。


「セドリックの店の商品が、何者かに盗まれたそうなんだ。犯人を半殺しにして連れて来いっていう依頼を受けた。もちろん、商品も取り返すよ」

「……前回の依頼も、セドリックからじゃなかった? あの、闘技場の……」

「そうだよ? セドリックは、俺の腕を見込んで個人的に依頼をくれるんだ。いわば、常連さん……っとと」


 隙を見てジンに蹴りを放ったリレイだったが、ギリギリのところで躱されてしまう。


「ちっ……外したか。腐っても魔王なのね」

「リレイちゃんも、懲りないよね〜」


 そう言ったジンの青い目は、愉悦の笑みを宿していた。



 そうして数十分後……

 スラム街の大通りには、体の痺れのせいでぐったりしたリレイと、いつものようにそれを担ぐジンの姿があった。

 夜でも、周囲には人の姿がある。

 既に、道中で絡んできた数人をジンは血祭りにあげていた。リレイを背中に背負いながら……

 元魔王だけあり、ジンの動きは常人離れしている。

 過去にいた世界で、リレイ達は魔王を確かに倒していたけれど……

 それは、勇者パーティーとしてだった。

 あの時は、五対一で、ようやく魔王に勝つことが出来たのだ。


(その実力差を、今更こんな形で突き付けられるなんて……)


 リレイが悔しさに歯嚙みしていると、ジンから声が掛けられる。


「大丈夫? リレイちゃん、そろそろ立てそう?」

「……なんとかね」


 そう答えたリレイは、ジンの背から降りると、おぼつかない足取りで夜道を歩き始めた。


「生まれたての子鹿みたい……」


 背後でジンがくすくすと笑っているが、無視する。

 リレイにとって、それはかなり屈辱的な発言だったのだ。


 二人が娼館に辿り着いた頃には、すっかり深夜になっていた。

 けれど、この街にしては豪勢な白くて広い建物には、どの窓にもオレンジ色の灯りが点っている。


「じゃあ、リレイちゃん。ちょっと娼婦のフリして潜入してきて」

「はあ!? 魔王、あんた頭でも沸いたの!? 無茶振りすぎるわ!」

「大丈夫だってば〜、ここって大きい娼館のわりに、入れ替わりが激しいみたいだから。新入りの顔なんて誰も覚えていないよ〜」

「ふざけないで!」

「だって、俺は客として潜入できるけれど、リレイちゃんは……ねぇ?」

「なら、男装する方がマシだわ。あんた、分かっていて今までこのことを黙っていたわね……!」


 娼館の入口に立って、リレイはジンを睨みながら吐き捨てた。


「今回はパスするわ。手伝ってなんかやらない!」


 その言葉を待っていたとばかりに、元魔王の表情が凶悪な笑みに変わる。

 危機感を覚えたリレイが、逃げ出そうとした時には、もう手遅れだった。

 本日、何度目かの電撃を受けたリレイの体は、気付けば娼館の中へと運び込まれている……


「あの、極悪魔王め……許さん」


 リレイを中へ運び込んだジンは、去り際に彼女にこう呟いていた。


「今日のお仕事をしっかりしてくれたら、丸一日自由にしてあげる。その間は、君が逃げ出したとしても首輪を使用しないことにするよ……その代わり、仕事を放棄して逃走したりすれば、今度こそ性奴隷にしてあげるからね」


 おそらく、ジンが余計なことを吹き込んだのだろう……

 今のリレイは娼館のおかみによって、ヒラヒラとした衣装を着せられた上に化粧までされている。

 その状態で娼婦用の待機部屋に入れられているのだが……これでは、本当にここの従業員と変わらない。


 もの凄く迷った末に……リレイは、仕事を最後まで完遂することを決めた。

 ここで彼女に与えられた役割は、セドリックの店から連れ出された奴隷二人を捜し出すことだ。

 彼女達の似顔絵——「シャシン」というものを、リレイはジンから渡されている。


「……精度の高い絵だな」


 痺れが取れてきた体を動かしつつ、リレイは周囲の娼婦達を見回す。

 この場所に、似顔絵の中の奴隷はいなかった。

 ジンが言っていた通り娼婦の入れ替わりが激しいのか、誰もリレイを気に留めていない。


(別の場所も探さないといけないわね)


 そこで、リレイが建物の裏手に回って確認をしようとしたところ、外から戻ってきたおかみに鉢合わせしてしまう。

 間の悪いことに、リレイは彼女に声を掛けられてしまった。


「あんた、さっそくお客様からのご指名だよ。一番の美人を連れて来いとさ」

「はぁっ!? なんで私が……」

「いいから、さっさと行きな!」


 おかみに腕を引っ張られ、リレイは嫌々客室へと連行される。


「困ったことになった……」



 張りのある娼館のおかみの声が、豪華な客室内に響く。


「お客様、今日一番の上玉を連れて参りました。しかも、この娘は処女ですよ!」

「……!?」


 なんで、おかみがそんなことを知っているのだと、リレイは密かに焦った。


(魔王か!? 魔王がこの人に伝えたのか!? いや、魔王はそんなことまでは知らないはずだし……)


 そんなことを思って混乱しているリレイは、おかみによってあっさりと客へ引き渡されてしまう。

 部屋の中には、既に二人の娼婦がいた。

 リレイよりも少し年上の彼女達は、それぞれ見覚えのある顔をしている。


「……絵の中の人だ」


 盗まれた娼婦を探す手間が省けたリレイは、ほっと一安心した。

 あとは、この場をどうやって切り抜けるかだ。

 とはいえ、それなりに腕に自信のあるリレイなので、特に困ってはいないのだが。


 客室の中では、娼婦達が嬉しそうな声を上げていた。

 意外なことに、客の男は二人の娼婦に向かって何をするでもなく、優しげに微笑んでいるだけだ。

 彼等は、客と娼婦という関係には見えない。


 客の男は、縦にも横にも大きな体をしており、その顔には多くの傷跡があった。

 だが、その小さな目はとても優しそうな光を湛えている。


「タウザー様、ありがとうございます。私達……」


 娼婦の一人が、目を潤ませながら男に礼を言った。


「礼なんて要らない。俺はこんな形でしか、お前達を救うことが出来ないのだから……」

「それでも、今日は客と寝ることなく過ごせます。あの奴隷商人の元からも逃してくださって、このヘルシティーで一番待遇の良い娼館に連れてきて頂いただけでも」

「そうですわ。あのまま、あの店に置かれていたら……タチの悪い客に買われて、今頃命を落としていたかもしれません」


 二人の娼婦の言葉に、タウザーは苦い顔をして俯く。


「しかし、結局は娼館だ。ヘルシティーの外へ出たことのない俺では、お前達を故郷へ返してやることはできない。こうやって、お前達を指名して、客を取らないようにしてやることくらいしか……」


 そんなことをい出す彼を見て、リレイは目を丸くした。


(この人、もしかして……奴隷泥棒だけれど、良い人じゃないの?)


 身近にいるジンやセドリックの方が、よほど極悪人に見える。

 そんなタウザーは、部屋の入口付近で立ち止まっているリレイにも話しかけてきた。


「お嬢さん。そんなに緊張する必要はないぞ。今夜は仕事をしなくていい……」

「えっと、あの……?」

「そんなに美人なら、すぐにたくさんの客を取らされるだろうが……今日だけは、ゆっくり休め」


 彼は娼婦を指名することで、一時しのぎではあるが、彼女達に他の客がつかないようにしているらしい。


(偽善だし、まったく根本的な解決にはならないけれど……優しい人なのよね?)


 リレイは、タウザーにこそ味方したくなってきてしまった……

 このままでは、彼はジンに半殺しにされた上で、セドリックの店へと連れて行かれてしまう。

 奴隷として悪い客に売られてしまうかもしれないし……最悪、殺される可能性もあった。

 少しだけ逡巡した後、リレイは思い切ってタウザーに声を掛ける。


「タウザーと言ったわね……あなた、今夜は逃げた方がいいわ」

「どうした、お嬢さん? 心配しなくても、おかみに怒られる心配は……」

「違うのよ。セドリックの店が雇った賞金稼ぎが、貴方を狙っている」


 リレイの言葉に、タウザーの顔色が変わる。


「このままだと、あなた……魔王に酷い目に遭わされるわ。そこのお姉さん二人も、セドリックの店へ連れ戻されてしまう……」

「魔王!? その通り名は……賞金稼ぎのジンのことか?」

「そうよ! あなたは大して強くなさそうだし、今すぐ逃げた方がいい。奴は既にこの建物内に入り込んでいるの」

「どうして、お嬢さんがそんなことを?」

「……私、本当は、ジンにそこのお姉さん二人を連れ戻すように言われていたのよ。気が変わったから、今のうちに早く逃げて」


 二人の娼婦が、青い顔で立ち上がる。

 タウザーは彼女達二人に目配せし、一緒に逃げるように言って窓の外を確認した。

 幸いにしてこの部屋は一階だし、外に見張りの者は一人しか立っていないようだ。


「あのくらいなら、俺でもなんとかなりそうだ……ありがとうな!」


 タウザーは、リレイに礼を言って娼館の窓枠に足をかける。

 娼婦二人も、頼りない足取りで彼の後を追った。


 しかし、その直後、室内に悪魔の声が響き渡る……


「あはぁ。面白い冗談だねぇ、リレイちゃん……ターゲットを逃がしてどうするのぉ?」


 リレイとタウザー達は、同時に静止する。


(出た……!!)


 気付けば、リレイはジンとタウザーの間に割り込み、背後に向かって叫んでいた。


「タウザー! ここは私が食い止めるから、あなたは早く逃げて!」

「お嬢さん!!」


 彼等を、この残虐な魔王に引き渡すわけにはいかない。

 リレイは、動きにくい娼婦用の衣装の裾を太腿の上で結ぶと、ジンが電撃を放ってくる前に、彼にナイフを投げつけた。


「ふふふ、リレイちゃんってば、どこまでドMなの? 俺に攻撃するなんて、相応の覚悟は出来ているんだろうねぇ……楽しみだ」

「この、くされ外道がっ!」


 ナイフを放った隙に、リレイはジンの体に二発蹴りを入れ、三発拳を打ち込む。

 今までの数々の恨みが積もった、容赦ない攻撃だ。


「ねえ、知ってる? リレイちゃんの攻撃には、妙な隙があるんだよ。元々は、この隙を埋めるために魔法を放っていたんだろうねぇ!」


 ジンがそう言い放ったのと同時に、リレイの体を電撃が駆け抜ける。

 彼の言ったように、「妙な隙」があったようだ。

 電撃を使われてしまうと、リレイには、もうどうすることも出来なかった。


(タウザー達、大丈夫かしら?)


 そう思うものの、今現在リレイの体は床に倒れており、指一本動かすことが出来ない。

 また体が動かせるようになるまでの数十分間を、こうしてただ横たわり、耐えるしかなかった。


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