18:衝撃の事実が出ました
「……げ」
「出やがった」
「不良賞金稼ぎ……」
三つ子は、三者三様に罵りの言葉を吐く。
だが、その勢いは萎びた野菜のように覇気がないものだった。
黒い靴の主は、ゆったりとした動作でリレイ達に目線を合わせる。
「ジン……お前だって、コイツの事を恨んでいるだろう? 両手両足をぶった切られたって言っていたし」
少年達のうちの一人がジンにそう問いかけると、彼は気まずそうにリレイから目を逸らす。
しかし、リレイはに彼の手足を切り落とした覚えなどない。
三つ子は尚も言葉を続けた。
「コイツに致命傷を負わされたから、こんな事になっているんだろ? 元の姿に戻れたなら、今すぐにコイツの皮を剥いで内臓を食ってやれるのに」
「……その姿で、人間を食べるのはやめてよね。流石の俺でも引くわ」
斡旋所内は相変わらず喧噪に包まれている。
仕事を求めに来る者、アイテムの売買を行っている者、情報交換をしている者など様々だ。
そんな中で、三つ子とジンだけが意味不明な会話を成立させている。
黙っていられなくなったリレイは、思わず四人の会話に口を挟んだ。
「一体、なんの事を言っているのよ。私が怪我をさせただなんて……この男の手足はちゃんと付いているじゃないの」
ジンの手足は、義手でも義足でもない生身の体だった。
「バーカ。その貧相な体じゃねえよ、以前の体だ」
リレイの言葉を馬鹿にしたように、三つ子は鼻を鳴らす。
「何を言っているの? 私はあなた達を殺した覚えも、この男の手足を斬り落とした覚えもない。変な言い掛かりばかり付けないで。本当に斬るわよ?」
「忘れただと!? この魔王城の門番、ケルベロスを……」
三つ子の表情が俄に険しくなる。彼等の目には、それぞれ獰猛な光が宿っていた。
「ケル……? なにそれ? 魔王城の門番は、頭の三つ付いた茶色い犬だったけれど……」
「それだよ、それ。俺達は過去にお前に殺された門番だ。で、そっちにいるスカした男が——魔王だ」
「……は?」
リレイは、ジンの方を振り返る。彼は、困ったように片手で顔を覆っていた。
過去に対峙した最大の強敵を思い出す。
魔王は、ずっと仮面を被っていた。最後の時には塵となって体が消滅していたので、リレイは彼の素顔を知らない。
そもそも、魔王城の番犬が子供姿になっている事から考えると、以前の魔王とこの男の容姿も違っているはずである。
「ご親切な女神様が、俺らをこの世界に転生させたんだ。約束を反古にした詫びだとかぬかしていたな」
三つ子が、何かを話しているが……
リレイの頭の中は、ジンが魔王だという衝撃に揺れており、それどころではなかった。
「あんた、本当に魔王なの? この世界は……」
「元、魔王だねえ。不完全な形でこの世界へ転生させられたから、記憶の一部は欠如している。ああ……でも、リレイちゃんの顔は覚えていたなぁ……僕の四肢をちょん切った相手だから印象深かったのかも」
「え……?」
深く澄んだ青い目で見つめられ、リレイは思わず後ずさる。
「ふふ、心配しなくても、あの時のことを根に持ってなんかいないから安心して?」
と、言いつつ……ジンはしっかりとリレイを奴隷にしている。
全くもって信用のない言葉だった。
「そうだ、アンタ達の他にも魔族や魔物がこちらの世界に来ているの?」
たとすれば大変なことだと思い、発したリレイの問いかけに、三つ子が首を横に振りつつ肩をすくめる。
「いるかもしれない。けど、ヘル・シティにいるのは俺達と魔王くらいだ……後は知らない」
「ねー、魔王っていう呼び方は止めようよ。俺はこちらでは普通の人間なんだからさー」
「でも、お前のヘル・シティでの通り名って……魔王だよな?」
「どの世界の人間も、捻りがないよね〜」
魔王と彼の城の門番は、場違いな空間で前世の会話を繰り広げた。
「転生って言うことは、あんた達はこの世界で育ったということ?」
「そうさ、俺ら三人はこのヘル・シティの生まれ。ジンは、子供の頃にここへ売られて来た。こいつは、その後自分の買い主を殺害し、追手を全滅させて自由の身になった」
三つ子の言葉を受けたリレイは、隣に立つジンの方を眺めた。
「ふーん、買い主を殺害……」
「ちょっと、リレイちゃん。そんな目でこっちを見るのは止めてくれる?」
「あんたを倒して、メデサっていうところまで行けばいいってことね。私は女神様の依頼を達成して向こうの世界へ帰る」
持っていたナイフで、リレイは隙をついてジンの首を狙う。
「うおっと……!」
軽々とそのナイフを避けたジンは、ニヤリと不敵な笑みをリレイへ向けた。
「やっぱり、リレイちゃんってドMだよね?」
途端に、リレイの体を例の電撃が襲う。
なす術もなく、リレイは斡旋所の床に崩れ落ちた。
「いまなら、この女を簡単に嬲り殺せそうだな……」
そう言って三つ子が、茶色の瞳に粗暴な光を湛える。
「駄目だよ〜、俺の奴隷を勝手に殺さないでよね。この子に手を出したら……そうだな、過去の彼女がそうしたように、三枚におろすよ?」
「……っ!?」
ジンの言葉に前世を思い出した三人は、そそくさと斡旋所から退散した。
ただの人間の姿になったものの、目の前の男の強さは尋常ではないということを、彼等は身を以て知っていたからだ。
※
夢の中で、リレイは淡い虹色の光に囲まれていた。
「……ここはどこ? 私、あの鬼畜野郎の電撃の所為で、死んでしまったの?」
一歩歩き出そうと踏み出した足は、地面ではなく柔らかいものを踏みつける。
「えっ……?」
下を見ると、桃色の雲が足下一面に敷き詰められていた。
「なにこれ、歩きにくい……」
乙女心皆無のリルは、この光景を奇麗だとか素敵だと思う感性を持ち合わせてはいない。
ブツブツと文句を言いながら、安定しづらい雲の上を進んで行く。
『ああ、来ましたね。リレイ……』
しばらく雲の上を歩くと、大きな木が現れた。
木は、地面と同じ、桃色のふわふわとした葉をつけている。
その枝に、一人の銀髪の女性が座っていた。
リレイよりも数歳年上に見えるその女性は、桃色の木からふわりと飛び降りると、目の前に羽のように音を立てずに着地する。
「……誰?」
『あらぁ、記憶力が弱いのね。私よ、女神……』
「女神様、そんな姿だったの」
銀髪の女神は、紫色の瞳でじっとリレイを見下ろした。
『この世界に、まったく進展が見られないから様子を見に来たの』
「だから、それは……奴隷にされたからって言ったじゃないですか! しかも、相手はあなたが転生させた魔王です!」
『ふふふ、そのようね。面白くなって来たわ……』
「はあ?」
『……いいえ、こっちの話よ。それで、メデサに行けそうになくて困っているというわけね』
「だから、そう言っているのに。あなたが、全く話を聞いてくれなくて……」
『ああ、あなた……ケルベロスにも会っていたのね』
女神は、リレイの記憶を勝手にたどることが出来るらしい……
リレイが何も言わなくても、過去に遭遇したことを言い当てていく。
もっと早くにその力を使って欲しかったと、リレイはじっとりとした視線を女神に送った。
『ふふふ、そんなに心配しなくても。困っているあなたに、助っ人を用意しましたよ』
「助っ人……?」
『ええ、楽しみに待っていてくださいね』
「いや、それよりも、メデサに行く方法を。それと、魔法を使えるようにっ……!」
そう叫ぶリレイをあざ笑うかのように、桃色の空間が急速に遠ざかって行く。
「女神様ぁああああ!」
しかし、必死で伸ばした手は宙を切って、柔らかい物の上に落下した。
目を開けると、覚えのある天井が見える。
「……夢か」
リレイは、ジンの家にいた。
今まで眠っていた場所は、あの鬼畜男の寝台らしい。
斡旋所で電撃を浴びたまま、リレイは気を失ってしまったようだ。
夢の中で女神に会ったものの、相変わらず魔法は使えないままである。
「忌々しい……」
ゆっくりと起き上がり、掛け布団を払う。
きょろきょろと周囲を見渡せば、辺りはもう暗く夜のようだった。
一瞬、窓からの逃走を考えたが、台所にジンの気配がある。
この距離で逃走を計っても、彼に気付かれてまた電撃を食らうことになるだろう。
首に嵌められている「ちっぷ」とやらは、厄介だ。
場所が場所なので、迂闊に抉り取ることもできない。
リレイが目を覚ましたことに気が付いたのか、台所にあった気配が徐々に寝室へと近付いて来る。
「やあ、遅いお目覚めだったね」
「……魔王」
「もう、魔王は止めてよ。ジンって呼んで欲しいな。今まで一度も呼ばれていないけど……」
さあ呼べと言わんばかりに満面の笑みを向けるジンを無視し、リレイは寝室を出た。
このままでは、一生魔王に飼殺しにされる。
それだけは、絶対に避けたい未来だった。




