11:ドMだと勘違いされました
何としてでも、元の世界に帰りたい。
その為には、ここでの任務をさっさと終わらせる必要がある。
女神はリレイに、メデサ国へ行って兵器とやらを破壊しろと言った。それさえ終わらせれば、魔法の使えない訳の分からない世界から抜け出せる筈だ。
身支度を整えたリレイは、自分自身に気合いを入れた。
女の姿だと不要なトラブルを起こすとのことで、ジンに男性用の衣服を借りている。サイズが合わないので、ズボンの裾とシャツの袖を何度も重ねて折った。
「わあ、リレイちゃんは男の子の格好をしていても可愛いね……あんまり男装の意味がないな」
同性愛者を引きつけそうだとジンは楽しそうに笑った。
家の中で、手枷と足枷は外されている。
外に出た瞬間に、リレイはジンの元を逃げ出すことに決めた。
「あ、逃げ出そうと思っても無駄だよ〜。セドリックに頼んで、焼き印を押すついでにリレイちゃんの首にチップを埋め込んでもらったから」
「ちっぷ? お金のこと?」
「ふふふふ、逃げ出したら何が起こるかお楽しみに。痛い思いをしたくなければ、俺の傍にいてね」
そう言いながらジンがキスして来ようとしたので、リレイは全力で避けた。
ジンは残念そうに肩をすくめると、リレイの手を引いて家の外へ出る。
「今よ! 外に出ればこっちのものだわ!」
リレイは、外へ出た瞬間、計画の通りにジンの手をすり抜けて、路地の奥へと走り去ろうとした。
それを見たジンが、嬉しそうに笑う。
「あはははは! リレイちゃんのドM〜。いいよ、いいよ。期待に応えてあげる!」
その言葉に、訝しげにジンを振り返ったリレイの首元を、突如大きな痛みが走った。
「う、ああああああああっ!」
バチバチと、魔法で電流を流されたような衝撃がリレイの全身を駆け巡る。
立っていられずに、リレイは地面に両膝をついた。
「へーえ。どんなもんかと思ったけど、効果あるじゃん。セドリックに高い金払った甲斐があったなぁ」
「……何、今の?」
「例のチップのだよ? 奴隷が言うことを聞かないと、遠隔操作でああなるんだ」
リレイは、ジンの言っている言葉の意味を半分も理解出来なかったが、ジンが自分に危害を加えた犯人だということは確実に理解した。
(足に力が入らない……)
リレイは、自身の身に何が起こったのか分からないまま、近づいてくるジンを眺めた。
「あれ、もしかして立てないのぉ? ちょっと、やりすぎちゃったかな……ま、いいよね、逃げられるよりは」
そう言って手を伸ばし、リレイを背負うジン。
リレイは反撃したいが、さっきの衝撃の所為で体に力が入らない。不本意ながら、ジンのされるがままになるしかなかった。
「今度逃げたら、もっと刺激的なヤツをお見舞いするからね?」
ジンは、リレイを背負ったまま、嬉しそうに宣言する。
(これは……この男に気付かれないように、こっそり逃げ出す必要がありそうね)
リレイの中に、諦めるという選択肢はなかった。
何が何でも、女神の依頼を完遂させなければならない。
そして、早くウィズラルド王国に戻るのだ。戻って、あの安らかな生活を取り戻すのだ。
「着いたよ、リレイちゃん。まだ、体に力が入らない?」
「ここは?」
ジンに連れて来られたのは、とある背の高い建物の前。
赤茶けたレンガの建物は、間口は狭いが奥行きがある。建物の周りには、浮浪者が屯していた。
「お金とお仕事をくれるところだよ。おいで?」
リレイを背負ったままのジンは、古い木製の扉を開けて建物の中に足を踏み入れた。
薄暗い建物内だが、高い天井にいくつも大きな照明が吊るされている。その下には、沢山の人間がいた。
しかし、やはりここにも女の格好をしている者はいない。
「よう、ジンじゃねえか。今日はどうした?」
建物の中を歩いていると、眼帯を付けた一人の男がジンに話しかけてきた。
奴隷商人のセドリックとどっこいどっこいの、厳つい見た目の男だ。
「例の仕事を受けに来たよ〜」
「そうか、助かる。で……」
男がジンの背後に目を移して、呆れたような声を出す。
「その、後ろに背負っているのは何だ?」
「手を出しちゃだめだよ? 俺の奴隷なんだから」
「……お前、今度は何の遊びを始めたんだ。まあいい、依頼内容は全部その紙に書いてあるから確認してくれ」
「はいはーい」
リレイはジンの持った紙を覗き込む。しかし、そこに書かれているのは、リレイの知っている文字ではなかった。
異世界の文字が、元の世界と共通ではないことに、リレイは僅かに失望を覚える。
(アースは、どんな国のどんな文字だって簡単に読めていたのに……)
仕事のやり取りをするこの場所は、元の世界の冒険者ギルドのようなものなのだろう。リレイは、キョロキョロと辺りを観察した。
圧倒的に柄の悪い人間が多い……
そんな中で、リレイを背負って歩いているジンは場違いすぎて完全に浮いてしまっていた。
「リレイちゃん。じゃあ、今からお仕事先に向かおうか……大丈夫だよ、チョロイ仕事だし」
「それより……もう歩けるから、私を降ろしてくれる?」
変な魔法を受けて動かなくなっていたリレイの体には、徐々に元の力が戻って来ていた。
「いいよ、もしまた逃げたら同じ目に遭わせるからね。リレイちゃんはドMだから、そっちの方が好きかもしれないけれど」
「勝手にドM認定しないでちょうだい!」
ジンは、満足げに微笑みながらリレイを床に降ろした。
(よし、歩けるようになっている)
リレイは、先程のような状態にならないかを確認しながら慎重に足を進めた。




