氷炎
漆黒の九尾、金色の九尾の狐が登場
若林を襲った狐は京都南西部の荒地を次の目的地へ向かって急ぎ走っていた。
涼しくなったとは言え 雪の降る季節でも無い時期だと言うのに草が地面が凍っている所に出た。
(人間共が氷を捨てて行ったな)と思いつつ走って行くと左手に炎に焼き尽くされた大地と右手に氷漬けにされ崩れた木立の中間を走っている事に気付き立ち止まる。
狐の目の前の木が 突然、燃え上がり木の上から消えて行く。
灰も煙も出ない燃焼温度だ。
驚き、後方へ大きくジャンプすると今度は燃えている木に何かがぶつかると信じられない事に燃え上がりながら凍って行く。
炎すらも凍らせる勢いだ。
「こ、これは」狐が呻く。
頭の上、上空に危険を察知した狐が上空を見上げる。
上空から炎の玉が辺り一面に降り注いで来る。
狐は慌てて元来た方向に懸命に走り出す。
「そこか」狐の右方向から声が聞こえた。
狐には誰かの声が聞こえ、突然、右脇腹から左肩口に激しい痛みを感じ、絶叫しながら左前方に転がった。
倒れてぜぇぜぇと息をしながらも狐はそばにあった拳大の石を数個 声のした方向へ飛ばす。
狐の視界の中で飛んでいく石に矢の様な物が次々と突き刺さる石は空中で粉々に砕けて行き残らず粉砕された。
石を粉砕したその矢は 次々と狐に向かって飛んで来ると狐の居る上空で停止すると切先を地面に向けて回転する。
次々と辺り一面の上空に矢が集まったその時、地面 目掛けてヒュンヒュンと降って来た。
狐は声を上げる事はおろか目を閉じる暇さえも与えられず矢に串刺しにされ地面に縫い付けられるとそのまま絶命した。その遺体と周りの地面には、数十本もの氷の矢が突き刺さっていた。
「凍次郎、私はこっちだ。お前又、関係無い奴を殺っただろ。遊びはやめだ、お前の殺った奴を見に行く」と凍次郎と呼ばれた者は まるっきり見当違いの方向からする声に驚き、
「そっちかよ。またやっちまったか」と言うと空気が波打ち姿を現すと歩き出す。
串刺しにされた狐のそばに2匹の巨大な狐が現れた。狐と呼ぶには大き過ぎる大きさで馬を少し小さくした程の巨躯をしている。
一方は黒い漆黒の毛が艶やかに黒光りし、もう一方は眩しい程の金色の毛を纏っている。
2匹共、九本の尻尾を持っていた。
「なんだ、悪狐じゃねえか」漆黒の狐が言う。
「凍次郎、何でいつも関係無い奴を」
金色の毛を纏った狐が頭を左右に振りながら呆れて言うと
「俺達の遊びの間に入って来た奴が悪い、この辺りの奴らは俺達を見た時に全部 逃げて行った、其れに今回は悪狐だ。良いじゃねえか、どうせロクな事してねぇ奴だろう。そうは思わねぇか、白雲よ」
白雲と呼ばれた金色狐は、「今回は悪狐だったから良いですが・・・。全く」
白雲が首を横に振りながら言う。
「なんだ、またやるか」凍次郎が言う。
「今日はもうやる気が失せてしまいましたよ」
「そうだよな。ふ~、俺もだ。帰るわ、じゃ、またな」
「あぁ、また今度な」
黒い疾風と金色の疾風が互いに反対方向に地面すれすれを飛んで行く。
実際は走っているのだが速過ぎて飛んでいる様にしか見えず、どんどんスピードが上がり その巨体も判別出来ない速度だった。
残ったのは氷に覆われ半透明になった草木が崩れ落ち未だパキパキと氷の割れる音のする大地と焼き払われ何も残っていない焼けた赤っぽい土の大地だけが残っており、静寂だけが支配していた。
奇しくも優子の仇を 白雲と凍次郎、実際に引導を渡したのは凍次郎が、取った形となったが、この時まだ、優子は白雲、凍次郎の事は知りもしない、彼らも又、知りはしない。
優子は看護師から見た狐の姿、形を詳しく聞いていた。
化粧が落ち憔悴しきった面持であったが、目は鋭い光を持ち、怒りを抑えているのが如実に現れている。
看護師は、絶叫する程泣き心が悲しみで引き絞られると人はこうも面持ちが変わる物かと思い、その悲しみの深さに触れる。
自宅の庭で見たあの影との相似性を頭の中で描く。
大きさは看護師が見た狐とは大きく違っている。
そこへ聡が走って来てナースステーションのドアを開け、優子の名を呼ぶ。
優子は、椅子から跳ねる様に立ち上がると聡の方へ走って行き、
「お父さん、若林さんが、息子さん共々ね、うっ・・・」とそこまで言うと、聡に抱きつき泣き出した。
聡はその胸と両手で優子を抱きしめる事しか出来なかった。
やがて鳴き声が嗚咽に変わり始めた頃、聡の携帯が鳴る。
「優子、電話だ、一寸、待っててくれ」と優子の背中を左手だけで優しく二度叩き身体を開くと右手をスーツの内ポケットに入れて携帯を取り出す。
「はい、相馬です」と電話に出ると
「すいません樋口です。エレベーターの前で警官に止められて入れません。御手数掛けますが迎えに来て頂けませんでしょうか」
電話の相手は、樋口だった。
「わかりました、すぐに行きます」と答えると優子の目の位置まで腰を曲げて目を合わせると
「優子、樋口さんが来てくれた。エレベーターからこっちに入れないそうだ。私は、迎えに行ってくる」
と言うと「看護師さん、優子を椅子に御願いします」と言った。
看護師は優子の傍に駆け寄ると優子の両肩に軽く手を乗せて
「さぁ、こっちにいらっしゃい」と優しく言い、優子の手を取って優子の座っていた椅子へ誘導する。
優子の様子を見届けた聡は、ナースステーションのドアを開け、エレベーターホールへ歩き出した。。
樋口は、烏帽子こそ被ってはいなかったが、神主の服装で上の羽織だけを着替えていた。
聡の姿を発見すると手を挙げて挨拶する。
聡がテープの内側から警備している警察官に被害者との関係を話し、樋口をテープの内側へ招き入れる。
2人は、歩きながら軽く挨拶をした後、樋口が、
「私のせいかも解りません。すまない事をした」と言うと
聡が「誰のせいでもありませんよ。余りに理不尽過ぎる」と珍しく怒りを露わにしている。
「気をつけて下さい、相馬さん。貴方は、奴らに監視されている。怒り、妬み、嫉妬、恐れ等の負の感情は、奴らにとって甘いエサに過ぎません」樋口が言うと
「そうは言っても・・・、そうですね。気をつけます」と返答した。
ナースステーションの扉を開け2人は看護師3名と優子の居るテーブルへと進む。
聡はまっすぐ優子の元へ行き、その手を取って両手で優しく挟むと
「一寸、落ち着いたかい?」と聞くが 首を縦に振るだけで物は言わなかった。
樋口は、看護師に
「誰か現場を見た人はいませんか?」と尋ねたところ
「私達3人と患者さんが数名」と樋口の容姿を不思議な物を見る目で見ながら答える。
「この人は、樋口さんと言って最近、私達や若林さんが懇意にしている神主さんです。知っている事や、質問された事に対して答えていただけませんか」
聡が看護師達に言うと看護師達は黙って頷いた。
「どんな状況で事故が起こったのでしょうか?」樋口が聞く。
「私達がナースコールを受けて走ってこの部屋のドアを開けると真ん中に狐が座ってました。其れから、うーん、其れから壁際に設置されていたベットが部屋の中程まで移動されてました」
「居るはずのない動物が居た物ですから私達は、一歩も動けませんでした」
「若林さんが手を挙げて 助けてっと叫ぶ声がした時に・・・あの、信じられないでしょうが」
「良いよ、続けて」樋口が言う。
「若林さんと息子さんを乗せた鉄のベットが突然、空中に浮きあがり窓に向かって勢い良く飛んで行き階下に落ちていきました」言った看護師は、他の仲間の看護師と顔を見合わせながら頷く。
「その時、狐は何をしていましたか」樋口が問う。
「ただ、ベットの方を向いて座っていました」
「それから?」
「窓に向かって走り、壊れた窓に向かってジャンプしたと思ったらそのまま消えました」
「ねぇ、本当に消えたんだよね」
「うん、消えたよね」
看護師達は、口々に言う。
「そうなんですか・・・、狐はどのぐらいの大きさでした?」
「普通の狐、だよね」他の看護師の顔を見ながら言う。
「多分ね、大型犬よりも小さいから、狐って余り見ないから解らないけど」
「テレビで見たのと大体同じぐらいの印象だった」
「わかりました。ありがとう」
「樋口さん」聡は、声を掛ける。
「此処に来たのは、間違い無く狐でしょう、多分、悪狐。ずっと座ったままだったと言う事は、ベットを飛ばしたのはその狐を操っている本体の力だと思います。本体は、狐なのか人なのか解りません。それに、これは重要な事なんですが、恐らく若林さんは、その狐を通して本体と話をしたと思われます。そして相馬家で私や私のした事を話しなかった。まぁ、裏切ったと言う表現が正しいのかどうかは別として決別したのでしょう。そして其の代償として殺されたと見るのが正しいと思います」
「若林さんが私達を裏切る事なんて無い物」
優子が鼻声で言うと聡も横で頷いて
「警察官に言っとかなきゃ、優子、父さんはね、若林さんと彼女の息子、毅君の葬儀をうちで出そうと思うんだが、ほら、若林さんの身内って息子さんしか居なかった訳だしね、良いかい?」と聞くと
「お父さん、そうして上げて」優子は顔を上げ聡を見上げながら言った。
「じゃ、さっそく警察官に言って、どう言う手続きが必要なのかを聞いてくるよ」
聡が優子に言うと樋口に目で挨拶をしてナースステーションから出て事故のあった病室前で警備をしている警察官に話す。
警察官は一寸、待ってて下さいと言い、事故現場で指揮を執っている刑事に報告し、刑事を連れて戻って来た。
「相馬さん、でしたっけ」刑事が舐める様な視線で聡を見ながら言う。
「はい」
「被害者との御関係は?」
「うちで家政婦をして貰っていました」
「家政婦の葬式を出すとは、また・・・」
「彼女の身内は、息子さんだけなので 私達しかいないんですよ」
「わかりました。連絡しますので電話番号を教えて頂けませんか?」
聡は、刑事に携帯の番号を教えると刑事は自分の携帯にその番号を打ち込み発信する。
聡の携帯が鳴り、間違い無い事を確かめると
「今日は帰って頂いて」警備をしている警察官に告げた。