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九尾の孫 番外編【策】  作者: 猫屋大吉
3/18

壁面

少し長いです

金曜日の夕刻、聡は、今日の講義を終えて研究室へ向かった。

研究室の中から学生達の声がうるさく響いて来た。

聡は、研究室のドアを開け、「君達、討論、議論は、良い事だが 少しうるさくないか」と注意する。

1人の女学生が、走って来て「教授、大変なんです、一寸こちらへいらっしゃって下さい」と聡の手を握って奥の実験室へ連れて行く。学生達は、道を空け教授と女学生を通す。

「この壁、見て下さい」以前シミのあった壁を指差す。

「あれ、消したはずだよね」聡が言うと

「はい、確かに私達も見てましたし、火曜日以降、無かったんですよ」一緒に消した女学生達が言う。

「それにね、教授、この写真とあの壁のシミ、見比べて下さい」

「これは?」

「はい、消す前にこの子がこのスマホで撮ったんですよ」

写真よりもあきらかに2周りは、大きくなり、はっきりとした形になっていた。

「濡れたタオルかで擦ったんじゃないんですか?それで中の汚れが浮いて来たとか」男子学生が言う。

「いや、普通に消しゴムで擦ったら消えたんだ。壁紙じゃないんだからコンクリートやモルタルの壁を濡れた雑巾で擦ってもこんなに大きく成らないよ。中の汚れを取るなら重曹をまくとコンクリートの油脂が、浮き出て来るけど雑巾の水分程度だとこんなに分厚い壁の中まで水が浸透する前に蒸発してしまうよ。」聡が言い、「それに此処には、重曹なんて置いてないからね」と付け加えた。

「なんなんでしょ、一体」男子生徒が聞く。

「理科学をやっている先生に壁を見て貰おう」聡が言うと助手が、安藤教授でよろしいですかと聞くので、「うん、良いよ。安藤君に電話しよう」と言ってポケットからスマホを取り出し、電話を掛ける。

「安藤君、相馬だけど、すぐに見て貰いたい物があるんだけど、動かせないからすぐに来てよ」

「動かせない物? うん、わかった、1人2人、学生を連れてすぐに行くよ」返事があった。

「取り敢えず、コーヒーでも用意しておくか」聡は言い、炊事場で浄水器から出した水をポットに継ぎ足して目で人数を数えて人数分プラス3名分の紙コップを用意した。

「あ、教授、私、後やります」女学生の1人が走り寄りポットの湯が沸くのを待って並べられたカップにインスタントコーヒーをスプーンで入れて湯を注いで行く。

長机にそれらを持って行って「此処に置きますね」と言って皆に声を掛ける。

丁度、ドアが開いて「来たよ、相馬ちゃん。動かせないって言うからかなり重い?」安藤が声を掛ける。

「かなり重いでしょうね」聡が言うと どれどれと実験室に入って来た。

「これなんだけど」聡が指をさす。

「・・・、ぷっ、あっはっはっは、これは動かせんわ」安藤が笑い、「壁のシミじゃんか」と言った。

「君、いきさつを安藤君に説明してあげて」聡が写真を見せた女学生に言うと

「はい、実はですね・・・・・・・」と事の起こりから今までの経緯を残さず伝える。

安藤が連れて来た学生の1人がそれを手帳に速記していた。

安藤は話を聞き終わると「うーん、不思議だな。取り敢えず物質の成分を調べるか、サンプル取るぞ」と誰に言うでも無く言うと安藤の連れて来た学生2人が、返事をして金属製の耳かきの様なものでシミの部分とシミの無い部分、違う壁と3種類のサンプルを採取し始めた。

「相馬、お前何で脳外科辞めたんだ。お前程の腕なら権威に成れたかもって聞いたぞ」安藤が問うと聡は、「あの緊張感に堪えられなかったのさ」と答え、「良いじゃないか、インスタントで申し訳ないがコーヒーでも飲んでくれ」と長机からカップを2つ取り安藤の前に一つを差し出した。

「全く、食えない奴だな」薄くわらいながら ありがとうと呟きカップを受け取る。

聡自身は、失敗は無かったのだが、(同僚が失敗し、その遺族を見て、思い、辞める決心をした)等と口に出来る程 聡は、厚顔な性格では無かった。

「愛娘の優子ちゃんは、元気か」安藤が聞くと

「元気過ぎてな、3ケ月程前にバイクを買って今は其れに夢中になっている」聡が答えると

「あの別嬪さでバイクか?」安藤がびっくりすると

「相馬教授の娘さんって綺麗なんですか」話を横で聞いていた女学生が問うと

「おぅ、綺麗ってもんじゃないな、いつだったか雑誌やモデル事務所からの誘いもあったしな」

安藤が答えると「その話は、辞めようよ」聡が照れ臭そうに言う。

「私、貴方達の様な黒い噂のある業界では働きませんって断ったらしいぞ」安藤が笑う。

「え、すごーい。そのセリフ、帝国製薬の会長の名言ですよね」女学生が少し興奮して言うと

「あそこの会長、すっごい美人でな、テレビに一回だけ帝国本社ビルの一階ロビーでインタビューに写ったのを見たけど、芸能人でもあれ程綺麗な人は見た事がないな、あの人がテレビに出たら他の有名処の俳優は、全員一気にみすぼらしく見える」安藤がうなずきながら答える。

「頭もバリッバリッに良いそうですよね」女学生が言うと

「結構な数の芸能記者が追いかけてたらしいが、全く暗い噂も影も無かったから諦めたらしいな」

聡が言うと「その瓜二つの名言を吐いた優子ちゃんも凄いな」安藤が大笑いする。

「てっきり芸能界に行くと思ってた。あいつは歌が好きでな、家でもしょちゅう歌ってる」

聡が、右手を横に振りながら言い「今は、900だったか1000ccだったかのバイクで走りまわってる」

「え、そんなに大きなバイクに乗ってるんですか、かっこいい」女学生の1人が言った。

「一度、家の近くで走ってるのを見たけどバイクを横に倒しこんで曲がって行ったし、ヘルメットを被るのに邪魔だと言って髪を短く切ってるし・・・金曜日だって俺と2人でワイン3本空けるし・・・」

やれやれと言った感じで聡が告げた。

「相馬、お前と恵子の娘が何でそんな行動的な子になったんだ」安藤が聞く。

「恵子のお腹にあの子が宿った時、行動的で優しい子に育つ様にって恵子が度々話しかけてたからな、恵子は体が元々弱かったから仕方が無かったし、私にしても外出が嫌いだったからな、お互いに無い物ねだりの希望を託したんだよ、それをあの子は、ああやって具現化させて呉れた。感謝すべき何だろうが、女性、結婚と考えると頭痛の種にもなっているのが現実だ」聡が言う。

「女も男も好きな相手が出来ると変わる物さ、また、変わらない二人だったらダメな物だよ」

安藤が言い、「これはお前の受け売りだけどな」笑う。

女学生が「じゃ、付き合ってる間って言うのは、其処を見なきゃダメって事ですか」と聞くと

「変わるってのは誰でも変わるんだよ、どう言う風に変わるかが一番、重要なんだ。人は環境で変化する、それが人類をここまで発展させた要因、原動力かも知れない。その回答をだすのは、もしかしたら君達なのかも分からないんだ。僕達は、その基礎を築く為の研究をしている。それは、安藤君達だって同じだ、学部、学術の範囲を超えなければならないのかもわからないよね」聡が話を聞いている学生達に言う。

安藤が「そうだな、俺もそう思う。だから相馬共、こうして交流を続けている」と締め括った。




安藤達は、サンプルを自分達の研究室に持ち込み、早々に物質の解析を始める。

サンプルを耳かきの小さくなった金属の棒ですくい上げ、顕微鏡を覗く者。

試験管数本を並べ、アルカリ水、酸性水等の薬液に浸け遠心分離機に掛ける者、等、其々、安藤の指揮の元、白衣を着た学生達が分担して結果を急ぐ。

安藤の研究室は、喧噪に包まれる。

モーターのうねる音、議論しながら作業を進めて行く。

「教授、成分の周波数結果が出ました」学生の1人が言い、パソコンの画面を大きな画面に写し出す。

「其処に他の壁で取った周波数結果を透明度30ぐらいで重ねて見てくれ」

「違い、あるのかなー、ただのシミにしか思えないけどな」学生達の中の1人が言うと

「相馬の直観を信じるしかないな、あいつは、そう言う所、かなり鋭いからな」安藤が言った。

「出来ました。写し出します」パソコンを操作していた学生が言い、「出ます」

「何だこの突き出た周波数、タンパク質の周波数体じゃないか」安藤が言い、スマホを取り出し、相馬に電話した。「今、研究室に居るか」と聞くと「分析結果を持ってすぐに行く」と言い、学生達と部屋を飛び出して行った。




優子は、会社から戻って家のガレージでバイクを洗車していた。

「後でバイク屋さんに行ってオイル替えて貰おうね」バイクを拭きながら一人でぶつぶつ呟いている。

相馬家に来て呉れているお手伝いさんは、毎週土曜日に帰宅する以外は、泊まり込みで仕事をして呉れていた。裏庭に面した廊下をごみ袋を片手に歩いていると庭先に気配を感じて立ち止る。

「キャー」と悲鳴を上げた。

その声をガレージに居た優子が聞き付け、声のした廊下へ玄関から走って行く。手には、バイクを拭いていた雑巾を握り締めていた。

「どうしたの!」と走り寄りながら聞くが その姿を見てはっとする。

座り込んで燈籠を指指している。

優子はその指で示されたほうを見ると黒いもやの様な物がうごめいている。

思わず手に持った雑巾をその靄の様な物に投げつけ、お手伝いさんの前に立つ。

驚いた事にその靄は、投げつけられた雑巾を嗅ぐ様なしぐさをして「ふん」と声を発して掻き消えた。

「大丈夫よ」優子は、中腰に成りお手伝いさんの両肩に両手を添えた。

両足が震え、膝から下に力が入らないらしくなっていたので優子が肩を貸し立ち上がらせてリビングへ運んだ。移動する間中、「大丈夫よ、大丈夫」としきりに声を掛ける。

優子自身も声を掛けなければその場で座り込んでしまいそうだった。

優子は、リビングへ着いてソファーに座らせるとカップを2つ用意し、紅茶を用意した。

紅茶にブランデーを数滴垂らしてソファーの所へ持って行き、紅茶を飲む様に促す。

お手伝いさんは、カップを手に取り、一口飲みむと体の痙攣が収まった。

「ありがとう、大丈夫、ごめんね」と優子に謝る。

「でもあれはいったい何なの?」

「わからない」優子が言い、「でも、雑巾を投げたら匂いを嗅いでたみたい、まるで犬みたいだったわ、バイク屋に行こうかって思ってたけど、今日はもう何処にも行かないよ」と言った。

「そうね、その方が良いわ」と返事があったので、

「お父さんが帰って来るまで此処に居よう」と優子が言い、そうねと返事があった。

優子は、テレビをつけた。ニュースをやっていたがチャンネルは、そのままにした。

テレビでは、著名人が行方不明になっていたり、有名な人格者が、自殺したと言う報道で明るい要素は何も流れていない。経済も経済効果が発揮されて景気が回復していると流れているが庶民の暮らしは何一つ改善されておらず、マスコミによる情報戦略の様相を醸しだしていた。

「あーあ、暗い世の中だよねー、上場企業が良くなっても経費削減しての話で経費削減すると中小企業が苦しむだけで貧富の差がさらに加速されるだけなのにねー」優子が言った。

「仕方ないですよ、いつの世も苦しめられるのは庶民だけになりますよ」お手伝いさんが言う。

「他所の家ってほとんど知らないんだけど、此処ってどうなんですか?しんどくありません?」

「以前働かせて頂いた所に比べると全然楽ですよ、庭は、庭師の方がして頂けますし、私は、掃除と食事の用意だけなんですから、これでつらいって思ったらバチがあたりますよ」笑いながら言った。

「良かった、どうしようも無い家って思われていたらどうしようって思って」優子も笑った。

「私も聞こうって思ってた事があるんですが」

「良いよ、この際だから何でもって言っても知ってる事だけだけどね」

「教授は、ずっと再婚なんて考えてらっしゃら無いんですか」

「愛妻家だからね、先週の金曜日も2人でワインを呑んでたらね、母さんの事思い出したみたいでね、それで私が仏壇にワイングラスを持って行ってワインを注いだら喜んでたよ。もうあそこまで一途な男も天然記念物物だよね」優子が言いながら笑う。

「そうなんですか、面白いですね、外で呑んで来るって言っても学生に誘われたとか同僚に誘われたばっかりですし、車にも興味無さげだし、この人、趣味あるのかなーって考えたりしてました」

「あっはっはっは、車ねぇ、あの通り錆てるし、磨いている所なんて私も見た事がないよ」

優子が 言うと2人で笑った。

ガレージの方からマフラーから排気ガスが漏れて独特の音をした車の音がした。

「あ、帰って来た。あのポンコツの音、間違い無くお父さんだよね」優子が言った。

玄関で鍵を回す音がして次いでガラガラと引き戸を開ける音がした。

「ただいまー」聡の声が聞こえた。

「おかえりー」優子が答える。

聡が居間の戸を開けて

「あれ、珍しいな、若林さんが此処にいるなんて」と声を掛け、「他意じゃないですよ、余りこの時間に此処に居ない方だからつい」

「お父さん、今日ね怖い事があったんだからね、話は後でするから先ずは、着替えて来て。食事の用意するからね」優子が言いながら立ち上がってキッチンへ向かう。

「若林さん、ゆっくりしてね」と言い残し聡は、自分の寝室へ向かった。

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