寂滅
外伝、最終話です
優子は、部屋を飛び出ると更衣室でライダースーツに着替え、制服をハンガーに吊るし、バッグを手に取ると中へ手を入れバイクのキーを取り出した。
チーン、甲高い音がした。
焦ってバイクのキーを床に落としてしまう。
手の指が震えている。
震える指で床に落ちたバイクのキーを拾い上げながら足でロッカーの扉を締めると更衣室を急ぎ飛び出て行く。
エレベーターに向かうが9階のフロアに停止していた。
ここは、4階。
(階段の方が少し早い)
優子は呟き、階段に向かい、段を飛ばして駆け降りる。
途中、数回、転びそうになるが、左手で手すりを握って体制を立て直す。
体制を立て直し 走る。
会社の玄関を出て、駐車場へ走る。
ストリートファイター848に走り寄るとキーを差し込み一段 捻る。
ロックが外れる。
バイクに跨り、右手に持ったヘルメットを被ると目を瞑って深呼吸を一つした。
キーを捻ると液晶画面に光が灯る。
左手でクラッチを握り、スターターを作動させ、左足は、ギヤペダルを操作してローギヤに入れている。
一連の流れ作業だ。
アイドル状態のまま、ゆっくりと会社を出て右へ曲がった。
信号は青。
瞬間、極端な前傾姿勢を取り、セカンドギヤに入れてアクセルを開けるとクラッチを突き放した。
デスモドロミックエンジンが咆哮を上げた。
後輪から白煙とゴムの焼ける匂いとメカノイズを残してストリートファイターが猛然とダッシュする。
信号を通過して裏道の一方通行を北上して行った。
向かう先は、千里にある病院。
(お父さん、無事で居て)
心でそう呟きながらアクセルとブレーキ、シフトを繰り返して急ぐ。
優子は、万博周回道を周り、病院入口に着くと駐車場にバイクを置き、ヘルメットを被ったまま正面玄関へと走る。
走りながらヘルメットの顎ひもを外す。
玄関の自動ドアが開く間にヘルメットを脱ぐと中を見渡す。
「お嬢さん、優子さん、こっち、こっち」
真宮寺の声がした。
優子はその方向を向き、真宮寺を確認すると走り寄った。
はぁはぁと息をしながら
「どうなの?、大丈夫なの?」
真宮寺の上着を掴み、揺すりながら聞いた。
「かなり、酷い状態らしい。今、緊急で外科手術が行われています」
「どこ? 連れて行って」
真宮寺は、こっちですと言いながら優子を手術室のある方へ早歩きで連れて行く。
手術室の前に樋口が立っていた。
「樋口さん、どうなの?」
優子が思わず駆け寄って聞く。
「今、手術中なんだが・・・かなりの重傷だそうだ」樋口が後の方を少し小さな声で言った。
「暫く此処で待とう」真宮寺が優子をベンチに座る様に促しながら言った。
真宮寺は、樋口と自分の間に優子を挟むようにベンチに腰掛けると
「くそっ、俺が、悪いんだ。電話でもう一度 確かめてたら」
拳を握り締め、自分の膝を叩きながら言った。
「えっ、どう言う事なんですか」
優子は真宮寺の顔を見ながら聞くと真宮寺は、今朝の流れを全て優子に話をした。
「じゃ、あの魔物の仕業・・・」優子が呟く。
「封書があるから直接 妖力で出来ないと判断して事故に見せかけたかもわからない。出ないと真宮寺を相馬さんから偽の電話で離した理由がつかない・・・不覚だった、まさかこんな手で来るとは、予想すら出来なかった」樋口が呟いた。
三人が俯いて黙っていると廊下の向こうから三人の男達がやって来た。
一人は帽子を被り、制服に身を包んだ運転手っぽい男。
後は、スーツを着た初老の男と若い男の二人組の男であった。
三人は、樋口、優子、真宮寺の前で立ち止まると
「中で手術をなさっている相馬聡さんの身内の方ですか? 私、こう言う者です」
スーツを着た初老の男が警察手帳を開き、身分を明かしながら聞いて来た。
「私ですが、こちらの二人は父の友人で」優子が答えると
「バスの運転をしていた石田です。この度は、御迷惑を御掛けしまして申し訳ありません」
身体を九十度に曲げて頭を下げる。
優子はその男に対し(何で避けれなかったのよ)と怒りが込み上げて来たので 男を無視したかの様に
「事故だったんですよね?」と初老の刑事に聞く。
「おい、事故を説明して差し上げろ」年配の刑事は、もう一人の刑事を促す。
「あ、はい、事故は道路脇の石垣が壊れて石垣の上に駐車していた工事車両、通称バックホーと言われる車両が落下して発生しました。此方のバス運転手から取った調書では、石垣が崩れて来たので右へハンドルを切り停車、工事車両との直撃は防げたが落下の衝撃で工事車両のアームが旋回してバスの中央付近を切断した。アームにより即死一名、重体一名、を運転手は確認したので基地へ報告、救急車を待つ余裕が無いと判断し、切断された車両をこの病院まで運転して救急窓口へ行き患者の容態を説明して現在、手術中です」
「お判り頂けましたか?」
年配の刑事が聞くと
「わかりました、迅速な対応をして頂けたと言う事で良いんでしょうね」
優子が答えた。
若い警官が、はい、と答えた。
六人はそのまま押し黙り、時間が過ぎて行く。
真宮寺が 手術中のランプが消えたのを見て 小さく「あっ」と叫び指をさした。
優子は、バネ仕掛けの人形の様に飛び上がる様に立ち上がった。
ドアが開き中から手術服を着た医師が出て来ると
「御家族の方はおられますか」と言った。
「はい」優子が返事をする。
樋口が優子の背中を押すと優子は樋口の顔を見る。
樋口と並んで立っていた真宮寺の二人が頷いて無言で促す。
医師が「こちらへ」と言いながら手術室へ誘導すると優子は、医師に付いて部屋の中へ消えて行った。
樋口と真宮寺は二人並んで立ったまま 医師と優子が消えて行った手術室のドアを見つめていた。
外伝、完結します。御読み頂きありがとうございました。




