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スクリューボール・コメディ  作者: ありさか
だけどミライはわたせない
13/13

その4

「何やってんだよ……さんざん探したってのに……」

 そうおっしゃる先生の顔には、あたしへの落胆かあるいは不信の念が浮かんでいました。

「あ、いや、違うんです。これは……」

 あたしは慌てて弁解しました。弁解しようとしました。

 だけど先生は、まるで重大な裏切りにでもあったかのような顔つきで、あたしの方を見ています。

「うまかったかい?」

 先生はあたしに訊ねました。

「……え?」

「エロ小説で巻き上げたあぶく銭で食べた霜降り肉はうまかったかと訊いているッ!」

 当然です。あぶく銭で食べた肉だろうが、血税で食べた肉だろうが、おいしいことには変わりありません。

 ですが、ここで首を縦に振ってしまうと、これまであたしが信じてきた“熱いなにか”を裏切ってしまうような気がして、思わず一瞬ためらってしまいました。

「君が、自ら敵とみなしていたその女と、ガッツリ肉を食べていた間、俺は寒さと空腹に耐えながら街じゅうを駆けずり回っていたんだぞ!」

「ご、ごめんなさい……」

 さすがに今のあたしには、頭を下げることしか出来ませんでした。

 それで許されるとも思いませんでしたが、ただただ深々と頭を下げるしかなかったのです。

「……頭を上げたまえ」

「……えっ?」

 許してくれた?

「謝ったところで癒えるものか。この裏切りの傷は……」

 こいつは予想を上回る展開です。

 先生はついに「謝っても済まない」という、およそこの世でもっとも厄介なカードをきってきたのです。

 こいつを使われたらもう、草野球のエラーから新大陸の侵略にいたるまで、すべての罪は償いきれないことになってしまいます。

 さすがあたしの見込んだ先生。やることが実にえげつないです。

「そこをなんとか」

 あたしはさらに深く頭を下げました。

「“覆水盆に返らず”と言ってだね」

 あくまでも切り札を取り下げる気の無い先生。

 こちらはなんとか話をそらそうとと、あちらはなんとかやりこめてやろうという、真逆のベクトルによる息もつかせぬ腹のさぐり合い。はからずも聖闘士せいんとの間では千日戦争ワンサウザンドウォーズと呼ばれる膠着状態に陥ってしまいました。

 うかつに口火を切った方の負けが負ける。お互いがそう決意を固めたであろう、次の瞬間。不意にお店の戸が開き、女子店員さんの明るい声が聞こえてきました。

「お持ち帰りの“特上焼肉丼”をお待ちのお客さまー」

「あ、はい!」

 そう言って手を挙げたのは、他ならぬ駒田先生でした。そして次の瞬間、あからさまに「しまった!」という表情を満面に浮かべていました。

 呆然としながら店員さんにお金をわたし、商品を受け取る先生に、あたしは低く暗い声で問いかけます。

「おいしそうですね?」

「……えっ?」

 あたしの顔を見つめる先生の瞳が震えています。

「貴方が、さんざんおとしめた女が稼いできた日銭で買った“特上焼肉丼”は、とてもおいしそうですねと言っているッッッ!!!」

「いやああああああッッッ!!!」

 思わず慟哭する駒田先生。

 形勢は完全に逆転しました。

「ちっ、違うんだ、これは……ッ!」

「何がどう違うんですか? その手で大事に大事に抱えられた“特上焼肉丼”は、あたしのバイト代で買ったものではないのですかッ?!」

「違う……いや、違わない!」

「一体どっちですか?」

「す、すまん! この通りだッ!」

 駒田先生は、膝がしらに額がぶつかるんじゃないかってくらいの勢いで頭を下げました。

 ここからはずっとあたしのターンです。ついに温存していたカードをきる時がやってきました。

「謝ってもらっても、このあたしの心の傷は……」

「もうやめろッ!」

 突如、律子さんが目を覚ましました。相変わらず苦しそうで、目はとろんとしています。

「おまえらは、まちがっている! いじきたないことばで、おたがいをののしりあって、はずかしいとはおもわないのか?!」

 たどたどしい言葉で、律子さんはあたしたちに言いました。

「りんたろう、みらい、お前たちはどうしようもないけど、素晴らしい仲間じゃないか……どんなに売れなくても貧しくても、お互いを認めあえるパートナーじゃないか……」

「ほめられてます? けなされてます?」

「わからん。たぶん両方だ!」

「私はおまえらがうらやましかった。いい時にほめてくれる他人より、ダメな時に励ましてくれる仲間がほしかったんだ……」

 律子さんは泣いていました。

 あたしはこの人の人生の、ほんの少ししか知りません。だけど、彼女が背負ってきた苦労や悲しみは、なんとなく感じ取ることが出来たような気がするのです。

「ったく、しょうがねえなあ」

 駒田先生はきまり悪そうに律子さんに肩を貸し、ようやくやってきたタクシーに乗りこませる手伝いをはじめました。

「しっかりしてくれよ、先輩。どこに持ち込んでも箸にも棒にもひっかからない俺にとって、アンタはたったひとつの希望なんだからさ」

「り、りんたろう……」

「ひとりなんかじゃないさ。形は違えど、アンタも俺たちの仲間だよ!」

 駒田先生はおだやかに、それでいて力強く律子さんに語りかけました。

 それに対して律子さんは、予想外の行動に出たのです。


 いわゆるベロチューです。

 いや、あたしは未経験なので詳しくは分からないのですが、それはもう情熱的というか、想像を絶する吸引力だったそうです。

 いやはやなんとも。もしも少し間違えば、あたしが犠牲者になっていたかもしれません。


 のちに駒田倫太郎先生は、自身へのインタビューの中で「ファーストキスの味は?」と訊かれ、「ニンニク」と答えたそうです。いやはやお気の毒に。

 以上、ミライ・J・森沢がお送りいたしました。

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