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酒豪聖女の幼馴染、酔った勢いで「今の私を女として見て」と誘惑してくる

掲載日:2026/08/13


 夜の公爵邸は、昼間とはまるで違う顔を見せる。

 日中であれば、使用人たちの足音が廊下を行き交い、来客を告げる声が響き、庭園では貴族たちの馬車が何台も出入りする。

 この広大な屋敷で暮らす者にとって、それは当たり前の日常だった。

 けれど、夜が深くなるにつれて、ひとつ、またひとつと明かりが消えていく。

 今では廊下を照らしているのは、壁に取り付けられた魔導灯と、窓から差し込む月明かりだけだった。

 そんな静寂の中を、一人の少女が歩いていた。

 白銀の長い髪。

 月明かりを受けるたび、その髪は淡く輝いている。

 透き通るような白い肌に、普段なら宝石のように澄んでいる翠の瞳。

 公爵家の令嬢として相応しい、気品ある容姿。

 誰が見ても、聖女と呼ばれるに相応しい少女だった。

 ただし──


「……ナギ……」


 その声だけは、とても聖女のものとは思えない。

 舌足らずで、少しだけ甘えていて。

 そして何より、ひどく酔っていた。

 ノエルは片手に酒瓶を抱えたまま、ふらふらと廊下を進んでいた。


「……どこだっけ……」


 一度立ち止まる。

 見慣れた公爵邸の廊下なのに、今日は妙に長く感じる。


「……あっちかな?」


 右へ曲がる。

 数歩進んでから、首を傾げる。


「……違う」


 戻る。


「……こっちかも」


 再び歩き出す。

 自分でも何をしているのか分からなくなってきた頃、ようやく見慣れた扉が目に入った。


「……あった」


 ノエルは嬉しそうに笑った。

 扉の向こうにいるのは、幼い頃からずっと知っている男。

 ナギ。

 孤児院で共に育ち、その頃から隣にいた幼馴染。

 今では互いの立場も大きく変わった。

 ノエルは聖女となり、公爵家に迎えられた。

 一方のナギは月夜の狼と呼ばれている。

 そして人々は彼女を「聖女様」と呼ぶ。

 社交の場では「公女殿下」と呼ばれることもある。

 姿勢を正して。

 言葉遣いを整えて。

 誰に対しても穏やかに微笑む。

 それが、今のノエルだった。

 けれど――。


「……ナギなら、いいよね?」


 小さく呟いて、扉を叩く。


「ナギぃ……」


 返事はない。


「……寝てる?」


 ノエルは少しだけ考えた。

 普通なら、ここで帰る。

 けれど今日は違った。

 昼間から、どうにも落ち着かなかったのだ。

 公女としての仕事を終えて。

 夕食を済ませて。

 いつものように一人で部屋へ戻った。

 それなのに、胸の奥に小さな違和感が残っていた。

 寂しい。

 ただ、それだけだった。

 理由なんてわからない。

 でも、こういう時に会いたくなる相手は決まっている。


「……ナギ」


 今度は少しだけ強く扉をコンコンと叩いた。

 すると――。


「……誰だ?」


 中から声がした。


「!」


 ノエルの顔がぱっと明るくなる。


「ナギ!」

「……ノエル?」


 扉が開く。

 眠そうな目をしたナギが顔を出した。

 そして、ノエルの姿を見た瞬間、僅かに眉を寄せる。


「……今日は随分と飲んだな」

「……飲んでない」

「顔が赤いぞ?」

「これは……暑いの」

「夜だぞ」

「……じゃあ、月が赤くした」

「そんなわけないだろ」

「むぅ……」


 ノエルは頬を膨らませた。

 その仕草が、ひどく幼い。

 公女として人前に立つ時には、決して見せない顔だった。


「それで、何の用だ?」

「……会いに来た」

「この時間に? もう遅いぞ」

「うん」

「寝る時間だろ」

「知ってる」

「明日も予定があるだろ」

「知ってる」

「なら――」

「やだ」

「……」


 ナギが黙る。

 ノエルはその隙に、するりと部屋へ入り込んだ。


「おい」

「ちょっとだけ」

「ノエル」

「ちょっとだけだから」


 そう言って、ノエルは部屋の奥へ進んでいく。

 ナギの部屋は、相変わらず簡素だった。

 必要最低限の家具。

 机の上に置かれた本。

 壁際には剣。

 公爵家の人間が使う部屋とは思えないほど、飾り気がない。

 けれどノエルにとっては、妙に落ち着く場所だった。

 椅子へ腰を下ろす。

 そして、隣にナギが座る。

 それだけで、不思議と胸の奥にあった寂しさが薄れていく。


「……落ち着くなぁ」

「酒が回ってるだけだろ」

「違うよ」


 ノエルは首を横に振る。


「ナギがいるからかな」

「……」


 返事はなかった。


 ノエルはその横顔を見つめる。

 昔から変わらない。

 孤児院にいた頃もそうだった。

 ノエルが泣けば、何も言わず隣に座ってくれた。

 怖い夢を見た夜も。

 嫌なことがあった日も。

 何も聞かず、ただ隣にいてくれた。

 だからノエルは、ナギの隣が好きだった。

 聖女になる前から……。

 公爵家に迎えられる前から……。

 ずっと……。


「……ねえ、ナギ」

「どうした?」

「私ってさ」


 ノエルは自分の髪を指先で弄ぶ。


「昔と変わった?」

「変わったな」

「……やっぱり?」

「ああ」


 ノエルの表情が少し曇る。

 けれど、ナギは続けた。


「髪も伸びたし、背も伸びた」

「……それだけ?」

「それ以上何を言えばいい」

「……もう」


 ノエルは小さく笑った。


「そういうところ」

「?」

「昔から変わらない」


 ノエルは肩を寄せる。

 白銀の髪が、ナギの肩へ流れ落ちた。


「……私さ」

「うん」

「最近、ちょっと疲れるんだ」


 その声から、先ほどまでの酔いが少しだけ消えていた。


「聖女様って呼ばれて」

「……」

「公女様って呼ばれて」

「……」

「みんな、私がちゃんとしてると思ってる」


 ノエルは窓の外を見る。

 月が、夜空に浮かんでいた。


「笑ってなきゃいけないし」

「……」

「失礼なこと言っちゃいけないし」

「……」

「お酒だって、本当はあんまり飲みすぎちゃいけない」

「それはそうだ」

「そこは否定してよぉ……」


 ノエルは少しだけ頬を膨らませた。

 けれど、その笑顔はすぐに消える。


「でもね」


 小さな声。


「ナギの前だと、そういうの……どうでもよくなるんだ」


 ノエルは目を閉じる。


「昔みたいに、何も考えなくていい」


 その言葉は、酔いから出たものなのか。

 それとも、ずっと胸の奥にしまっていた本音なのか。

 ノエル自身にも分からなかった。

 ただ――。

 ナギの隣にいると、昔の自分に戻れる。

 それだけは確かだった。


「……だから、今日は来たの」

「そうか」

「うん」


 ノエルはゆっくりと顔を上げる。

 そして、ナギの横顔を見る。

 少しだけ眠そうな瞳。

 昔から変わらない表情。

 けれど。

 ノエルの中では、もう昔と同じではなかった。

 いつからだろう。

 ナギを目で追うようになったのは。他の女性と話しているだけで、胸の奥がざわつくようになったのは。自分が綺麗に着飾った時、最初に見てほしいと思うようになったのは。

 そして――。

 ナギには、自分をどう見てほしいのか。

 その答えだけは、もう分かっていた。


「……ナギ」

「なんだ?」

「私って……」


 ノエルは一度、言葉を飲み込んだ。

 酒で火照った身体よりも、胸の鼓動のほうがずっと熱い。


「……女に見える?」


 ナギがこちらを見る。

 その視線を受けただけで、ノエルの心臓が大きく跳ねた。


「……見える」

「…………」


 あまりにも普通に返されて。

 ノエルは逆に何も言えなくなった。


「……本当に?」

「ああ」

「公女だから?」

「違う」

「聖女だから?」

「それも違う」

「じゃあ……」


 ノエルは少しだけ身体を寄せる。

 距離が近くなる。


「……昔から一緒にいる、ただのノエルでも?」

「……ああ」


 その答えを聞いた瞬間。

 胸の奥が、じんわりと熱くなった。

 嬉しい。

 でも――それだけじゃない。


「……そっか」


 ノエルは小さく笑った。

 そして、ナギの服の裾をそっと摘まむ。


「じゃあ……」


 今夜だけは。公女でもなく。聖女でもなく。孤児院にいた、ただの少女でもなく。

 ナギの幼馴染でもなく。

 一人の女として。


「……今の私を、見てほしい」


 月明かりが、二人の間を静かに照らしていた。

 そう告げた瞬間、ノエルは自分の鼓動が聞こえた気がした。

 静かな部屋だった。

 窓の外では夜風が木々を揺らし、月明かりが薄いカーテン越しに差し込んでいる。

 いつもなら、こんなことを言えるはずがない。

 聖女として。

 公女として。

 誰から見ても恥ずかしくないように振る舞ってきた自分が、幼馴染の男の前でこんなにも無防備になっている。

 しかも今は酒の力を借りている。

 それでも――言いたかった。

 ずっとナギにだけは。


「……変かな?」


 返事がない。

 ノエルは不安になって、そっと顔を上げた。


「私……変なこと言ってる?」

「いや」


 短い返事。

 それだけだった。

 けれど、ナギはノエルから目を逸らさなかった。

 その視線を受けているだけで、胸の奥が熱くなる。


「……そっか」


 ノエルは小さく笑った。


「じゃあ……もう少しだけ、近くにいていい?」

「ああ」


 許された。

 それだけなのに、ノエルは嬉しくなった。

 身体を寄せる。

 肩が触れる。

 腕が触れる。

 肌と肌が触れて熱が伝わる。

 それでもまだ足りなくて、ノエルはナギの肩へ頭を預けた。


「……やっぱり落ち着くよ」

「そうか」

「うん」


 しばらく、二人は何も話さなかった。

 ただ隣にいる。

 それは孤児院にいた頃と同じだった。

 寒い夜には一枚の毛布を二人で使った。

 食事が少ない日は、どちらかが自分の分を相手に譲った。

 眠れない夜には、意味もなく小さな声で話をした。

 あの頃は、こんな未来が来るなんて考えもしなかった。

 ノエルが聖女になることも。

 公爵家に迎えられることも。

 そして、ナギとこうして同じ夜を過ごすことも。


「……ねえ、ナギ」

「なんだ」

「昔の私と、今の私」

「うん」

「どっちが好き?」


 聞いた瞬間、ノエルは自分でも驚いた。

 酔っている。

 だから言えた。

 しらふなら、絶対に聞けない。

 ナギはしばらく黙っていた。ノエルはその沈黙が怖くなって、少しだけ視線を落とした。


「……やっぱり、今のなし」

「どっちも、お前だろ」

「……え?」


 思ってもいなかった答えだった。


「昔のお前も、今のお前もノエルだ」

「……」

「だから比べる必要はない」

「……そういう答え、ずるい」


 ノエルは唇を尖らせた。


「私はちゃんと聞いたのに」

「なら、答え直す」

「うん」

「どっちも好きだ」

「…………」


 ノエルの顔が一気に熱くなった。


「……ばか」

「何が?」

「そういうこと……普通の顔で言うから」

「事実だからな」

「……もう」


 ノエルは顔を隠すように、ナギの肩へ額を押しつけた。

 胸が苦しい。嬉しい。なのに、恥ずかしい。

 もっと聞きたい。でも、これ以上聞いたら自分がどうなるのか分からない。

 それでも――。

 今夜だけは。

 もう少しだけ、欲張ってもいい気がした。


「……ナギ」

「なんだ」

「私さ」

「うん」

「今日、わざとこういう格好で来たの」

「……そうか」


 ノエルは自分の服へ視線を落とした。

 普段の公女としてのドレスとは違う。

 酒を飲む時くらいはと、少しだけ楽な服を選んだ。

 襟元も普段より緩く、長い髪もまとめずに下ろしている。

 今の自分は、誰かに見られることを考えた姿ではない。

 けれど――ナギには見てほしかった。


「……気づいてた?」

「何が?」

「私が、わざと無防備にしてるの」

「さあな」

「……もう」


 ノエルは少しだけ身体を離す。

 そして、ナギの顔を覗き込んだ。


「じゃあ、今からもっと無防備になったら?」

「……ノエル」

「なに?」

「酔ってるだろ」

「うん」


 ノエルは素直に頷いた。


「だから今、言えるの」


 瞳が揺れる。

 それでも、逸らさない。


「……私のこと、女として見て」

「……」

「幼馴染じゃなくて」


 ノエルの指が、ナギの服を掴む。


「聖女でも、公女でもなくて」


 ほんの少しだけ顔を近づける。


「……一人の女として」


 その距離は、もう幼馴染と呼ぶには近すぎた。

 ノエル自身も分かっている。

 自分から近づいている。

 逃げ道をなくしている。

 それなのに、ナギが何も言わないことが怖かった。


「……何か言ってよ」

「何を?」

「……何でもいい」


 ノエルの声が震える。


「今さら、恥ずかしくなってきた……」


 さっきまで勢いで言えた言葉が、急に重くなる。

 酒が少しずつ抜けてきたのかもしれない。

 それとも、ナギの前だからこそ、素面に戻ってきたのか。


「……私ね」


 ノエルは小さく息を吸った。


「ナギに、女として見てもらえたらって……ずっと思ってた」


 言ってしまった。

 もう後には戻れない。


「だって……」


 白銀の髪が頬に落ちる。


「ナギは、昔から私のこと知ってるから」


 泣いていた頃も。笑っていた頃も。

 汚れた服で走り回っていた頃も。

 何も持っていなかった頃も、全部知っている。


「だから……」


 ノエルは少しだけ笑った。


「私がどれだけ綺麗に着飾っても、ナギにとっては昔の私のままなんじゃないかなって」

「……」

「それが嫌だった」


 ほんの少しだけ、目を伏せる。


「……嫌だったんだ」


 自分でも意外だった。

 ナギに昔の自分を見てほしいと思っていた。

 でも同時に、今の自分も見てほしかった。

 成長した自分を。

 聖女になった自分を。

 公爵家の令嬢になった自分を。

 そして――女になった自分を。


「……だから、今日は来たの」


 ノエルは顔を上げた。


「ナギに、ちゃんと見てほしくて」


 しばらくして。

 ナギが口を開いた。


「……最初から、見てる」

「…………え?」

「今のお前も、昔のお前も」

「……」

「全部、お前だ」


 ノエルは何も言えなかった。

 そして次の瞬間――。


「……ずるい」


 ぽろりと、言葉が落ちた。


「……そんなこと言われたら」


 目尻が少しだけ潤む。


「もっと好きになっちゃうじゃん……」


 ナギは何も言わなかった。

 ノエルはそれが恥ずかしくて、慌てて顔を逸らした。


「……今の、聞かなかったことにして」

「無理だな」

「なんで!」

「聞こえたから」

「……もう!」


 ノエルは真っ赤になった。

 けれど、それでも離れようとはしなかった。

 むしろ――。

 そっと手を伸ばす。

 ナギの頬へ指先を触れた。


「……ねえ」

「なんだ」

「もう一つだけ」

「?」


 ノエルは少し迷って。

 それから、目を閉じた。

 ほんの一瞬。

 柔らかな感触が、ナギの頬へ触れる。


「……ちゅ」


 離れる。


「…………」


 ノエル自身が固まった。

 自分からしたのに。

 自分から誘惑したのに。

 今になって心臓が壊れそうなくらい跳ねている。


「……しちゃった」


 頬を両手で覆う。


「……どうしよう」

「どうもしないだろ」

「するよ……!」


 ノエルは完全に赤くなっていた。


「だって、ナギにキスした……」

「頬だろ」

「そういう問題じゃないの!」


 思わず声が大きくなる。

 そして、自分で恥ずかしくなって小さくなる。


「……もう、知らない!」


 ノエルはナギの肩へ顔を埋めた。


「……今日は帰らない」

「相当酔ってるじゃないか? もう寝たほうがいい」

「うん……」

「眠いんだろ」

「ちょっとだけ……」

「なら――」

「でも、ナギが寝るまで起きてる」

「なぜ?」

「いつも私が先に寝ちゃうから」


 ノエルは小さく笑った。


「今日は、ナギが先に寝て」

「……分かった」

「絶対だよ」


 そう言っていたはずなのに。

 数分後。


「…………」


 ノエルはナギの肩に寄りかかったまま、静かな寝息を立てていた。


「……寝たな」


 返事はない。

 白銀の髪が肩から滑り落ち、月明かりの中で淡く輝いている。

 ナギはしばらくそのままにしていたが、やがて眠ったノエルをベッドへ横たえた。

 それから部屋の明かりを落とす。

 静かな夜だった。


 2


 翌朝。


 ノエルは目を覚ました。


「……ん」


 カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しい。

 頭が少し重い。


「……飲みすぎたぁ……」


 昨夜の酒が残っている。

 ノエルはぼんやりと天井を眺めながら、昨夜のことを思い出そうとした。

 ナギの部屋へ行った。

 一緒に話した。

 それから――。


「…………」


 思い出した。

 女として見てほしいと言った。

 昔の自分と今の自分、どちらが好きか聞いた。

 そして――。


「………………」


 ノエルは布団を頭までかぶった。


「……私、何してるの……」


 枕へ顔を押しつける。


「~~~~っ!」


 思い出せば思い出すほど恥ずかしい。

 しかも最後には、自分からキスまでした。


「……無理」


 もうナギの顔を見られない。

 そう思った、その時。

 コンコンと扉が叩かれた。


「ノエル」

「…………!」


 聞き慣れた声。


「起きてるか?」


「…………」


 返事ができない。


「ノエル?」

「……起きてる」


 小さな声で答える。


「入るぞ」

「待って!」


 慌てて布団から顔を出す。

 けれど、時すでに遅し。

 扉が開き、ナギが入ってくる。


「おはよう」

「……おはよう」


 ノエルは目を合わせられない。


「昨日のことなんだが」


「…………」


 肩が跳ねる。


「何?」

「覚えてるか?」

「……少し」

「そうか」


 ナギは淡々としている。


「なら話は早い」

「……何?」

「頬にキスしただろ」

「…………」


 ノエルの顔が真っ赤になる。


「……忘れて」

「嫌だ」

「なんで!?」

「嬉しかったから」

「…………」


 ノエルは言葉を失った。

 それから、ゆっくり布団を引き上げる。

 顔を隠す。


「……ほんと、ずるい」

「何が?」

「……そういうところ!」


 布団の中で、ノエルは小さく笑った。

 恥ずかしい。逃げ出したい。

 でも――。

 昨夜、自分が欲しかった答えは、ちゃんともらえた。

 聖女としてではなく。公女としてでもなく。

 昔の幼馴染としてだけでもなく。

 今の自分を、一人の女として見てくれている。

 それだけで、胸の奥が少しだけ温かくなる。


「……ねえ、ナギ」

「なんだ?」


 ノエルは布団から少しだけ顔を出した。


「今日も……一緒にいてくれる?」

「ああ」

「……そっか」


 ノエルは嬉しそうに笑った。


「じゃあ……今日はお酒、飲まない」

「珍しいな」

「うん」


 少しだけ考えて。


「……でも、夜になったら飲むかも」

「……」

「だって」


 ノエルはいたずらっぽく笑う。


「酔ってる時の私のほうが……素直になれるから」


 そして――。

 昨日より少しだけ勇気を出して。


「……今度は、酔ってない時にも言えるようにするね」


 そう呟いた。

 月の夜から始まった小さな秘密は、まだ誰にも知られていない。

 聖女としてのノエルと。

 酒に酔って昔の少女へ戻るノエル。

 そのどちらも知っている幼馴染との距離は――。

 昨夜を境に、ほんの少しだけ変わり始めていた。




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