最期のあくび
~特別攻撃隊の紹介~
【レオンハルト】
辺境の小国、オルドヴィア王国の王子。魔王を討つため、特別攻撃隊を編成した。度が過ぎるほどの生真面目。
【グン】
レオンハルトに育てられたフェンリル(神獣の銀狼)の双子の兄。冷静沈着で自信家。
【カミロ】
騎士。故郷の村を魔族に蹂躙された過去を持つ。陽気で荒っぽい。
【ブリュー】
カミロに育てられたフェンリルの双子の弟。好奇心旺盛で無鉄砲。
【ルカ】
魔法使い。奴隷のように働かされていた採掘場から連れてこられた。温和で仲間思い。
路地裏の奥、痩身の男が小さく縮こまって震えている。遠くから、近くから、四方八方から悲鳴が響き渡る。
「キ……キェ……」
頭上から聞こえた不気味な鳴き声。見上げると、自分を見下ろしすガーゴイルと目が合った。
死を覚悟した瞬間、ガーゴイルが首を傾げる。暫しの思案……異変を察知して飛び去った。男が安堵したのもつかの間、訪れたのは救いではなかった。直後、押し流されてきた瓦礫と土砂の津波が、彼を路地ごと飲み込んでいった。
魔王城は、単なる軍事拠点ではなかった。それは、巨大な神の手が地面を抉るが如く、天高く舞い上がっては王都へ落下し、地面を滑走する。
執拗に、無慈悲に繰り返される大地への蹂躙。
人々は悲鳴を上げることすら許されない。
もはや王都とは呼べない「死の集積体」の間をレオンハルトたちはワイバーンの首を刎ねながら周回していた。
助けるべき人々は既に瓦礫の中だ。山の表面から文字通りゴミのように人間の腕や頭が突き出て、力なく垂れている。どこまで走っても、山脈のようにうねりがあるだけ、その光景が変わらない。
暗雲の立ち篭める空の向こうでは、掃除を終えた魔王城が次の標的を求めて移動を始めている。
「追うぞ!」
レオンハルトの号令で特別攻撃隊は死の集積体を飛び降りて、駆け出した。
(考えが甘かった……何もかも、甘すぎた……)
魔王城はワイバーンを排出する基地などではない。それ自体が、人類にとどめを刺すための巨大な質量兵器だったのだ。魔王軍が転送装置の建設に異常なまでの時間を割いていた理由を、レオンハルトは今、血を吐くような思いで理解した。
自責の念が脳を焼く。
幹部の部屋で一網打尽にされた時から、ずっと負け続けている。戦力の格差以前に、思考の段階で敗北していた。なぜ、魔王軍が「ただ進軍してくる」だけだと思ったのか。なぜ「指令書」という最大のヒントを得ながら、その本質を疑わず籠城を選んだのか。
「止まれ」
レオンハルトの沈痛な号令。グンとブリューが減速しながら近くに見えた山を駆け上がり、その頂で静止した。
頭上では、禍々しく渦を巻く暗雲が天を覆い尽くしている。目の前には巨大な魔王城の背が……今にも手が届きそうだ。
ルカがポーションを配って回る中、レオンハルトは静かに語り出した。
「……見ての通りだ。人々を助けて回る余裕も、祖国へ戻る時間もない。魔王城はこのまま近隣の国々を潰しながら進み、明朝にはオルドヴィアに到達するだろう」
ブリューがルカの手を甘噛みし、グンの額へと持っていく。見つめてくる二対の黄金の瞳にレオンハルトは強く頷きを返した。
「大丈夫だ。しっかり覚えている。『お前の仕事は、魔王の喉笛を噛みちぎることだ』……これは、グンだけではなく、私自身に向けた言葉でもある」
カミロが二本目のポーションの蓋を開けながら問いかける。
「……じゃあ、オルドヴィアには向かわないんだな?」
「あぁ。このまま魔王城へ突っ込む。だから……最後だから、言わせてくれ」
レオンハルトは無言でカミロの元へ歩み寄り、その体を強く抱き締めた。
「……ここまで付いてきてくれて、ありがとう」
突然の抱擁にカミロは一瞬硬直したが、すぐにその背中に腕を回し、力を込める。
「勝てるから戦うんじゃない」
次にレオンハルトはルカを抱き寄せた。
「毎日、眠い目を擦りながら魔法を掛けてくれてありがとう」
「当たり前ですよ。お礼なんて、いりません」
そして最後に、グンとブリューの太い首周りを両腕で抱き寄せ、その間に己の顔を埋めた。
「賢い子……優しい子……勇敢な子……信念を貫き通す強い子……全部ッ……全部ッ……愛してるッ!」
唇で頬に愛を刻印すれば、二人が同時に特大のあくびを返した。
レオンハルトは大きく息を吸い込み、迷いを吐き出した。神獣の背の上で矛を真っ直ぐに突き出し、最期の号令を飛ばす。
「出撃いぃぃぃぃぃッ!!」
こだまする咆哮の中、二条の銀光は暗雲の渦巻く空へと、真っ向から消えていった。




