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最終章:女神に幸あれ


 そして、『原始の不死者の女王』が倒れて幾日か過ぎたある日。

 ――血と肉塊の飛び散る廃墟と化した王宮の、かつてリサが研究室として使っていた部屋から、とある同級生が二人、ひょっこりと顔を出す。

 シンジとナミだった。

 

「さて、魔王様のお宝を探しに行きますかねぇ」

「だまれ」

 

 シンジは包帯を巻いた右腕を擦りながら茶化すが、ナミは不快げに、じろりと睨む。

 二人は無人となった王宮を警戒しながら進み、やがて目的地である玉座の間に辿り着くと、玉座を中心に探し回る。

 

「これがリサが言っていたものかな……?」

 

 ナミは宝箱を手に取り、その重みを確かめた。彼女の脳裏には、最後にリサの成れの果てである魔王と会った時の記憶が蘇る。それは、恐怖と、理不尽さと、そして奇妙な憐憫が混じり合った、忘れがたい光景だった。

 

 王都に残った同級生たちが生きていたのは偶然ではなかった。リサの成れの果てが、彼らを丁重に保護し、自分たちには必要ない食料を用意して、地下牢に幽閉していた。それは女王としての本能と、リサの人間としての最後の理性がせめぎ合った結果だったのかもしれない。

 その同級生たちの中にナミとシンジの姿もあった。二人はリサの研究室に隠れていたところを、不死者たちに見つかり、この地下牢に連行されていた。

 ナミが不愉快げにシンジに語りかける。

 

「シンジの能力で何とかしなさいよ」

「待って、不死者に効くか分からないんだよ…」

「このまま、連れて行かれて死んじゃうかもしれないんだから、イチバツでやってみなさいよ!私は死ぬ前に!リサに文句言いたいんだからっ!」

 

 感情に高ぶったナミがそう叫んでしまい、監視の鎧姿の不死者が生気のない瞳をじろりとこちらを向けた。

 シンジは胡散臭い笑顔を引きつらせながら、覚悟を決め、不死人に話しかけた。

 

「ごめんね、問題ないよ、この子は、ちょっと怖かっただけみたいだ」

「ああ、君たち、少し寄りたいところがあるんだけど、良いかい?うん、君たちの望みにも合うと思うんだ」

「そう、君たちの女王さまに会いたいんだ。君たちも会いたいだろ?僕も会いたいんだ、尊敬する、麗しき女王様。そうそう、連れて行ってくれるのかい?よろしく頼むよ」

 

 リサに会いに行くという二人に、周りの同級生たちが危険だと口々に訴えてきたが、ナミは止まる気はなかった。

 鎧姿の不死者たちに連行されて、ナミとシンジは玉座の間の方角へ歩き出す。「うまくいった」と安堵したようにシンジが呟く。

 ナミは相変わらず便利な能力だな、と思う。この「言霊」と名の付いた能力を見つけたのは鑑定でシンジを見た時だった。本人は知らずに使っていたようだが、ナミがシンジの能力を教えると喜々として能力の範囲を試し始める。

 ただ思ったほど便利な能力でもなかったようだ。能力としては、元々持っている願望をシンジの言葉で増幅し、上手く行けば行動に起こさせる能力という感じだ。拒否感を覆す事はできないし、心理障壁を超えて行動させるのはなかなか難しかった。しかし余剰効果として高ぶった感情を和らげることはできたので、治療院では随分と役に立っていた。

 そしてシンジはリサが医者の真似事をしていることを知ると、「ここなら役に立つ!」と言って飛んでいったのを覚えている。彼が思い立っての行動を起こす事に驚き、呆れていたものだ。

 

「まあ、私も巻き込まれちゃったけどね」

 

 ナミはそう呟き、自嘲する。

 大変だったけど、楽しかった。と心の底から思う。

 だから、こんなままじゃ、嫌だと腹の底から思う。

 この、煮え滾った腹わたをリサにぶつけてやらないと死んでも死にきれない。

 もし再会したら、言葉をかわすよりも、まず握りしめた拳を、リサの頬にぶつけてやる!

 ナミはそんな、心持ちだった。

 

 そうしている内に、謁見の間に連れて行かれると、リサの成れの果て、魔王ー『原始の不死者の女王』がそこにいた。

 その姿が目に入って、とっさに飛び出しそうになるナミをシンジが慌てて抑える。

 

「春日井さん、日野原さんを刺激しないで。僕が喋るから黙ってて」

 

 珍しく緊張した声音で言われてしまってはナミは頷くしかなかった。

 シンジは少し震えた声で、魔王に語りかける。

 

「日野原さん、こんにちわ」

「日野原さん、こんなことになって辛いかな? 知ってるよ。君はすごく、優しい人だって」

「日野原さん、僕たちは日野原さんをまだ信じてるんだ。出来ることだったら、何だってするからさ、戻ってきてよ」

 

 シンジの言葉に魔王の瞳がシンジとナミの方を向く。恐怖を呼び起こすような冷たい視線だった。

 親友に、そんな視線を向けられて、ナミは我慢できなかった。シンジが止めるのも聞かず魔王に叫ぶ。

 

「リサ!わたしは怒ってるんだ!なんで隠してたのよ!!

「リサ!わたしは悲しんだよ!なんで話してくれなかったの!!」

「リサ!わたしは…三人で治療院してた時に、戻りたい!…ぐすっ…どうすればいいの…どうすれば………オイコラ!黙ってないで答えろよ!!!

 

 ナミの激情に任せた叫びに、魔王の瞳がうっすら細まり、指先が向けられると、ナミ目掛けて魔王の指先が瞬時に伸びる。

 その動きにシンジは危険を察するとナミをとっさに庇う。すんでの所で間に合うが、シンジの右腕に魔王の指先が深々と突き刺さり、痛みに顔を歪める。

 

 ナミはリサだったもの、魔王が問答無用で攻撃し、シンジが傷ついた事が信じられなかった。動揺が激しく、しきりにシンジを案じている。これ以上はナミの理性も保たないし、いつ言霊の効果が切れて、魔王が襲ってくるかも分からない、シンジは潮時を悟る。

 シンジはナミを強く抱きしめ、顔を胸の中で埋めさせて口を塞ぐと同時に、魔王から彼女の姿を隠す。そして痛みを堪えつつ、平静を装って再び語りかける。

 

「うん、今の攻撃で分かったよ、わかった。お別れだね」

「この世界が、日野原さんをこんな風にしたんだね…。日野原さんは、この世界の敵になるつもりかな?」

「最後にさ、人として、何か、この世界に残さない? 世界が、真実を知る日が来るかもしれない。そしたら、それは、日野原さんの復讐になるんじゃないかな?」

 

 シンジの誘うような言葉に、リサの成れの果ては、僅かに反応した。その異形の指が玉座を指し示す。そしてーーー

 

「たすけて」

 

 そう、告げた。

 その声は、もはや人間のものではなかったが、シンジとナミには確かに、リサの悲痛な叫びとして聞こえた。まるで、最後の願いを託すかのように。

 

「わかった」

 

 そう答えたのはナミなのか、シンジなのか、それとも二人同時に答えたのか分からなかったが、その答えを受けると魔王は二人に興味をなくし、視線を外す。

 ナミとシンジは鎧姿の不死人に再び連行され、他の同級生たちとは違い、リサの研究室に監禁された。ナミはシンジのため、リサの残した資料をさらって治療薬の可能性を探りつつ、その資料をまとめる日々を過ごし、王宮に轟音が響いて何日か経った頃に恐る恐る研究室から顔を出して、今に至っている。

 

 そして、宝箱の中には、いくつもの小さな瓶が収められていた。

 

「これっ…見覚えがある!」

 

 ナミがそう叫ぶ。

 ナミが手に取った瓶の中には、赤く、淡く光る液体が満たされている。それは血の色のように真っ赤でありながら、どこか神聖な輝きを宿した液体だった。

 それは、いつの間にか研究室から消えていた、リサとナミが試作した「呪われた細胞」や「黒い細胞」に対する特効薬のサンプルだった。

 ナミは恐る恐る、特効薬の瓶を手に取り、シンジの不死者化が始まろうとしている傷に、その液体を垂らした。黒く変質しかけていた傷口が、一瞬にして白い煙となって普通の切り傷のような状態に戻る。

 それは、後に『始まりの聖水』と呼ばれる、不死者の「汚れた血液」を浄化する唯一無二のアイテムだった。


「これは……」


 シンジが宝箱をさらに確認すると、試験官に封印された「呪われた細胞」や「黒い細胞」のサンプル、そして、古びた革表紙の日記帳が見つかった。それは、リサがこの世界に来てからの記録だった。医者の真似事を始めた喜びと苦悩、民衆からの信頼、不老不死の研究への没頭、そして、体内に侵入した細胞への不安、家畜殺害の容疑、幽閉、そして……。

 日記の最後のページには、震える文字で、未完成だが、その聖水の生成方法が記されていた。そして文末にはーー

 

「ナミ、ごめん、シンジ、ごめん、あとをおねがい」

 

 リサが変貌したあとに記載されたであろう、その筆跡は酷く歪んでいた。

 悲劇の魔王が最後に残した、皮肉にも世界を救う鍵。彼女の最後の良心か、あるいはこの世界に残そうとした、微かな「善意」の残滓だったのかもしれない。

 

 ナミは天を仰いで声を上げて泣き叫ぶ。そして、リサの遺志を受け継ぐことを決意した。

 シンジは俯き、流れる涙をひた隠す。そして、リサを化け物へしたこの世界に復讐を誓う。

 この二人の心にあるものは全く別のものだったが、リサを思う心は一緒だった。

 

 この『始まりの聖水』を元にしてナミは苦労の末、不死者に特効効果がある聖水を完成させる。そして藤原シンジは「言霊」を併用して「セイリサ」教と言う宗教を立ち上げた。逆十字に磔にされた女性の神像と、この神を信じれば聖水が与えられます、これでゾンビに怯える事はありません、と喧伝して、瞬く間に信者を増やしていった。

 シンジにとって、この”聖リサ教”はリサの悲劇を通じて生前のリサを泣かせずに、世界に向けた復讐であり、道化劇だった。

 

「リサの真実をぶつけてやる。それが僕なりの復讐だよ。この世界に、こんな道化師が一人くらいいたっていいだろ?」

「はあ、リサが泣かない程度にしなさいよ」

 

 シンジの嘲るように呟き、ナミはそう呆れながら答える。

 聖水を完成させたナミは、シンジの復讐を止めることはなかった。むしろ持ち前の鑑定能力で教団に近づいてくる人物査定して、発展に貢献していたし、教団の影響力も利用していた。

 ナミはその後も薬学に没頭して、開発した様々な治療薬を、セイリサ教の影響力を使って病苦に苦しむ民衆に届けていた。ただ治験が甘く、時折、薬害を起こしてしまう。薬害で苦しむ患者が運ばれてくると、実験用マウスを見るかのような冷酷とも言える無感情さで、ナミが患者を眺めていることをシンジだけが知っていた。

 そのことを質してはいない。恐らく答えないし、無理に聞き出したら、地獄の釜蓋が開きそうだ、とシンジはクツクツと静かに嗤った。

 

 やがてセイリサ教には、リサの治療院を手伝っていた同級生たちが集うようになる。彼らは戦闘能力こそ低かったが生産力の向上、技術開発に関しては大いに力を発揮する能力を持っていた。

 また、同級生の中に現代世界の宗教観に詳しい者がいたため、シンジは協力を得て立派な教義もでっち上げ組織化を行うと、不死者に対する民衆の不安感と、目に見える殖産興業の成果という実利もあって急速に広まっていく。

 そしてセイリサ宗教は土着宗教を駆逐したり、取り入れたりして世界中に広がり、残酷な真実を内に秘めたまま絶対的な権威と権力を手に入れていた。

 

 セイリサ教の教会で、シンジは厳かに説教を垂れる。

「世界と、女神に幸あれ」

 この世界で、精一杯に生きた少女の笑顔を思い浮かべて、説教をそう締めくくった。


 女神とは、誰を思うのかーーー。

 シンジは、救済と破滅という二律背反を、この世界リサに問い続けている。

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