第6章:不死者の魔王
王都は、もはや人の住む場所ではなく、血と肉の匂いが充満し、無数の不死人が徘徊しており生者の姿はなかった。
そして王都の中心にそびえ立つ王宮、その謁見の間の玉座に『原始の不死者の女王』はいた。
女人の原型を留めつつも様々な魔物の姿を取り込んだ姿で、支配者たる風格を持ち、婉然と気だるげに玉座に座っていた。
何かを待っているかのような物憂げな面差しの瞳は、かつてのリサの焦げ茶色の穏やかな、理知的な光を失い、絶望した冷酷な血色に変わっていた。
眷属の不死人たちは女王の飢餓感を満たそうと無差別に人々を襲い続け、時には不死人同士で喰い合って我先にと女王に供物を捧げている。
やがて『原始の不死者の女王』ーーー魔王の元に、苦難の戦いを経た神崎ユウキと高木サヤカが立ちはだかった。
ここにたどり着くまでに、恐怖に慄いて心が壊れて戦えなくなった仲間もいた、絶望的な状況から血路を開くため犠牲になった仲間もいた。今も階下では「先にいけ!」と送り出してくれた仲間たちが命がけで戦っている。恐らくもう言葉をかわすことができないだろう、その思いを振り払って二人は歯を食いしばり、振り返らずにここまでやってきた。
ユウキとサヤカは、旅立つ頃の『王都に残った同級生や日野原リサの真意を確認する』という夢のような願望は、絶望的な状況によって消し飛んでおり、今は目の前の魔王を倒す、それだけに意識を集中させていた。
「仲間たちのためにも!人々を守るためにも!お前を倒す!」
ユウキの気高い宣言がきっかけとなり、壮絶な戦いが始まった。
先手必勝とユウキとサヤカは申し合わせて、即座に動き出す。
サヤカの奇跡の光が、普段は使わない強い輝きを見せ、魔王が纏っていた黒いモヤを吹き飛ばし、眩ませることで動きを止めると、その隙にユウキは必殺の極大雷撃を放った。
辺りに雷の嵐が巻き起こると、それらは魔王に向かって迸り、全ての雷光が魔王に収束した瞬間、謁見の間には極光が満ち溢れ、轟音が響き渡った。
極大雷撃を受けた魔王の体は焼け爛れ、相当なダメージを受けているようだった。
「やったか!?」
「いえ!まだよ!」
サヤカのその言葉に、意を決するとユウキは佩いていた伝説の聖剣を抜き、全力で魔王に飛びかかる。
幾多の戦いによって磨かれたユウキの剣技により、伝説の聖剣が翻る。
聖剣の能力もあって、魔王の硬質化した体皮をやすやすと切り裂き、傷を負わせる。ユウキは確かな手応えを掴む。
「いけるぞ!」
魔王は傷口を塞ぐと同時に体を膨張させ、より巨大化して化け物じみた姿に変貌すると、巨腕を力任せに振るう。その一撃だけで王宮が崩れそうな威力を秘めていた。
そして、隙なく炎、氷、雷と様々な魔法をばら撒く。
ユウキとサヤカは魔王の、物理、魔法の両面で熾烈な攻撃を何とか掻い潜り、魔王に着実に傷を与えていく。
魔王の方は、何度攻撃を受けても驚異的な再生能力で傷を癒す。放たれる黒いモヤでユウキの攻撃を幾度も防ぐ芸当も見せるが、都度サヤカの奇跡の光によって取り払われており、互いは拮抗し、まさに死闘を繰り広げる。
ただユウキたちは、虎視眈々と狙っていた。
不死者の弱点が頭部か心臓というのは分かっている。その不死者たちの魔王もその例には漏れないはずだ。
そして、ついにその時が来た。
肉を切らせて骨を断つ。
ユウキは敢えて防御を捨て、上段に大きく構えて、魔王の首めがけて飛び込む。
そうはさせじ、と魔王の強力な攻撃が、ユウキに掛けられたサヤカの防御結界を突破し、ユウキの腹部を貫通して致命傷を負わす。
ユウキを激痛が襲う。
意識が飛びそうになる痛みを何とか堪えると、魔王の首が目の前に現れた。
「滅びろおおおおおおお!!!!」
ユウキの放つ雷光を纏わせた渾身の剣撃が、魔王の首に吸い込まれていき、そして、その首をはねた。
その瞬間、ユウキの目に一瞬だけ、魔王の異形の顔に、かつてのリサの面影が浮かび上がったように見えた。絶望と、そして微かな後悔に歪んだ、あの生真面目な少女の表情だった。
「ぐあああああああ!」
断末魔の叫びと共に、魔王の巨体は崩れ落ちた。
「リサ……?」
ユウキの口から無意識にその名が漏れた。彼の心臓が、痛いほど締め付けられる。
魔王の体はどろりと黒い液体となり、意思のある動きを見せて床石の隙間から逃れようと蠢いている。
「ユウキ!まだ終わってない…!」
ユウキを癒そうとすぐに駆けつけてきたサヤカが悲壮な叫びを上げる。
「サヤカ、オレの怪我より魔王を滅ぼして…!」
「そんな!わたしも力が残ってない!!この傷…ユウキが死んじゃうよ!」
「問答してる暇ない…っ!ぐ…っ!!ここで逃がすわけにいかないんだ!!」
ユウキは腹の傷の出血と口から多量に吐血し、立っている場所に血溜まりを作りながら、サヤカに懇願した。
同級生たちの幾多の犠牲を経験してきたサヤカは苦悩は一瞬だった。悲壮な決意をすると魔王に向け、残る力を振り絞るように奇跡の光を放つ。
その光に、魔王は耐えきれず残骸は塵と消え、完全に消滅させた。
その光景を見届けたユウキは安心したのか、血溜まりの中に崩れ落ちる。
消えゆく意識の中で、リサから「ありがとう」と言われた気がした。
それだけで、意識だけは転移する直前、教室で、ユウキが迫って、リサが恥ずかしげに、慌てて帰り支度している場面に戻れた。
ユウキは苦笑いしつつ、教室を出ていこうとするリサに声を掛ける。
「じゃあ、また明日ね」
「うん、さようなら」
ユウキはリサと最後の言葉を交わし、教室の戸が静かに閉められた。
そして、ユウキは満足げに意識を手放し、二度と目を覚ますことはなかった。
ユウキたちは多くの犠牲者を払って、かろうじて勝利を収めた。
しかし、生き残った同級生はサヤカを始め、ほんのわずかしかいなかった。
そして、その全員が心と身体に深い傷を負い、サヤカが奇跡の光で傷を癒やす。
同級生たちは「ありがとう」と安堵したように礼を述べるが、「早く帰りたい」と、皆一様に僅かな希望に縋りつくような怯え切った目をしていた。サヤカは、自分たちをこんな地獄に叩き落とした、この世界の誰も信頼できなくなっていた。
魔王の討伐が成功した事によって残った不死者たちは統制を失う。飢餓感からたちまち同士討ちを始めてしまい、そこへ王族の生き残りが手勢を突入させ、手痛い被害を出しながらも、王都を取り戻すことに成功した。
そして王都に残った同級生たちは王宮の地下牢に幽閉されていたところを発見され、救い出された。彼らは食料が運び込まれていた地下牢に、不死者に怯えながら身を寄せ合い、息を潜めて救助を待っていた。
ただその中にシンジとナミの姿はなかった。
そのことを生き残った同級生に尋ねたサヤカは、リサと最も親しい間柄だった二人が、魔王に抗議しようと地下牢を抜け出し、恐らくは、すでに殺されたのだろうと、言う。サヤカはさらなる犠牲者に、間に合わなかったことに悔恨するしかなかった。
一連の大混乱は勇者の犠牲と、聖女の献身、その仲間たちの活躍によって終息し、王国は多大な被害を受けたが平和を取り戻した。
これは悲劇の勇者物語として、人気のある叙事詩の一つとして、後世に語り継がれていくことになる。
戦い、生き残った同級生らは、この世界を救った英雄として、民衆から熱狂的に迎えられた。特に『聖女』サヤカは傷ついた無辜の民衆を積極的に慰問し、生き残った同級生たちを率いて復興に尽力したため、民衆から圧倒的な名声を得ており、貴族たちの間では、彼女を伴侶に迎えた者が次の国王になる、という噂が公然と飛び交うほどだった。
だがサヤカは多くの同級生を失った、この世界に失望していた。そして、生き残った同級生たちの未来をこの世界に託す気もなかった。その身、その心を犠牲にしてでも、世界に新たな災いをもたらすとしても、同級生を現代世界の帰還させる。心の奥底に秘め、昏く固執していることは、この時は誰も気づいていなかった。
『原始の不死者の女王』が撒き散らした「黒い細胞」から生まれた不死者は、完全に根絶される事ができず、各地に広がってしまった。それらはやがて「ゾンビ」や「グール」とも呼ばれ、この世界における新たな「魔物」として認識されることになった。普段は死体を利用して、散発的に出現するのみだが、放置すれば、いつか魔王を再び生み出してしまうと恐れられ、その恐怖は人々に語り継がれていった。




