第5章:英雄たちの戦い
王都で起きた凄惨な事態は前線で戦っていたリサの同級生たち、すなわち「勇者」神崎ユウキや「聖女」高木サヤカとその仲間たちの耳にも届いた。
その頃の彼らは、前線で”邪悪な軍勢”と戦いながら、薄々召喚された目的を察し始めていた。
戦争の相手は亜人種であり、彼らには彼らの文化や誇りがあった。ユウキたちは、騎士道精神を持った多くの好敵手との死闘を経験する中で、彼らが十分にヒトたりうる者たちだと感じ取っていた。
「本当に、俺たちが戦っているのは悪なのか……?」
ユウキは、夜空を見上げながら呟いた。隣には、サヤカが座り、疲れた顔で頷く。
「彼らも守るために戦ってる。待っている家族がいて帰るべき故郷があった。ただ言葉が違う、姿が違うだけ。これが正しい事なの?分からない……」
サヤカの声には、深い疲労と迷いが滲んでいた。
同級生の一人が腕に巻かれた包帯をきつく締めながら、吐き捨てるように言った。
「俺たち、何のために戦ってるんだ? 王様のため? 国のため? それとも、元の世界に帰るため? 俺たちは利用されてるだけなんじゃないのか……?」
また別の一人は、冷静な表情で、しかしその瞳の奥には深い苦悩を宿しながら呻く。
「宰相たちの言葉には、矛盾がある。彼らは僕らを都合の良い道具として利用しているだけかもしれない」
彼らは、自分たちが戦っているのが、本当に”邪悪な軍勢”なのか?
戦争の道具として利用されているだけではないのか?
このまま戦い続けて良いのか? 現代世界に帰還するまで戦い続けられるのか?
そんな疑念が彼らの心に芽生え、戦場で命を奪い合う戦争の凄惨さに同級生たちの心に拭い去れない傷跡を残している。
それを察していたユウキとサヤカは王国の司令官にその疑問をぶつけ、彼らの言う”邪悪な軍勢”との対話を提案してみたが、”邪悪な軍勢”に対話の余地はない、と亜人種への憎悪と侮蔑を隠そうともせず、ユウキたちの提案を蛮行と吐き捨てて取り合わなかった。
魔法で傷が簡単に癒やされるこの世界では、戦場で心身の疲労を癒す休息はままならなかった。
ユウキは交代で王都に帰還して休息を願い出るが、その度に現代世界の帰還をチラつかされる。
そして、それからだ。
王国軍の司令官は帰還をチラつかせればユウキたちは従うしかないと味を占めたのか、見目の良い同級生の女性たちに、性的なことを要求するようになる。
憤慨したユウキが先頭に立って抗議するが、開き直られるだけで反省に乏しかった。
王国人に対する信頼は失墜し嫌悪感しかなく、一緒にいられないと意見が一致したユウキたちは王国軍の部隊から距離を取り、近くの村落に拠点を移す。
ユウキたちの「正義」は揺らぐ。
皆が疲弊しきっていた。そんな中で現代世界への帰還に縋り、言われるまま凄惨で鬱々とした戦いを繰り返し、苦悶と疲労は極地だった。
中にはこの状況に耐えきれず、何も告げずに脱走して行方をくらましてしまった者もおり、同級生たちに暗い影を落とす。
ただ、未だ同級生に戦死者が出ていないのが不幸中の幸いだったが、仲間から犠牲者が出てしまえば士気が崩壊するのは目に見えていた。
そこへ、王都から逃げ延びたという「自称王族の生き残り」を名乗る者が、彼らの拠点にしていた村落に現れた。
その者は、涙ながらに王都の惨状を語り、魔王の誕生を告げる。
「その魔王を生み出したのは、お前たちの同胞、日野原リサだ……! あの女は私利私欲によって我々を裏切り、自分だけ元の世界に帰還するために禁忌の研究に手を染め、死を司る不死者の魔王を呼び出したのだ!同輩の貴様らにも責任を取ってもらうぞ!」
自称王族の生き残りの言葉は、リサがこの災厄の元凶であり、その動機が利己的なものだと断罪した。
「リサが……そんなことを? 信じられない……」
神崎は、信じられないといった表情で唸る。
同級生たちも口々に、あの真面目な人が、いつも人の命を救っていたリサがなぜ、ほかの同級生たちはどうなった、と動揺が広がる。
「俺たちは仲間を助けに行く。そしてリサに会って話を聞きたい。真実をこの目で確かめたい」
神崎の言葉に自称王族の生き残りは顔を歪めた。
「馬鹿なことを! 王都に残った貴様らの仲間など、すでに魔王に喰われてしまっていよう!それに外道に落ちた者に人の理など通じるものか! 」
しかし神崎の意志は固く揺るがなかった。
「それでもだ! 全てを確かめに王都に戻る。あなたの言う通り、俺たちが…いや俺が責任を取る。それに、こんな嘘にまみれた戦争に加担するずっとマシだ!!」
「余の申すことが真実だと分かったのなら、分かっているのだろうな…?」
その問いにユウキがハッキリと頷くと、その決意に王族の生き残りも、どうせ王都に行くのは変わらないと思い直して渋々とユウキの言い分を認め、物資の提供を約束した。
そして「必ず魔王を討伐してくれ」との言葉とともに王国の国宝であり、古の勇者が使ったという『伝説の聖剣』をユウキに託した。ユウキたちは知らなかったが、その剣には”ヒトならざるモノ”への特効能力があり、ユウキたちの旅に大いに役立つことになる。
前線に同行していた同級生たちも、突然のことで動揺していたが、ユウキの強い心意気を感じて、その考えに同調した。
そして一致団結した神崎ユウキたちは、王族の生き残りの要請を受けて、魔王討伐のため王都へ戻る。
王都に残った友人たちを助けるため、恐怖に震える罪なき人々を救うため、リサの真意を確かめるために、これは命を懸けた信義の戦いだった。
ユウキたちが王都周辺地域に至ると、そこに往路の面影はまったくなかった。立ち寄った町村は全て壊滅しており、生者はほとんどおらず、成れの果てである不死者たちが跋扈していた。
何回も不死人に襲われて戦闘になる。
幸いにも、不死人はサヤカの奇跡の光に当てられると動きが止まった。その隙に首を刎ねるか、胸部、特に心臓を破壊すると倒すことが出来た。特にユウキに与えられた伝説の聖剣は有効で、軽々と不死人たちの首を切り飛ばしていた。
ただ指揮官クラスの不死人がいると、数の有利を理解しているかのように囲んで襲ってきたり、地形を利用した伏兵がいたりと、数段厄介になった。さらに生前が戦闘技能を持つ騎士や魔術師だった不死人がいると、毎回がギリギリの戦いを強いられ、大小さまざまな傷を負う事が多かった。
不死人から傷を負うと傷口が黒ずんでしまう事があり、ユウキたちは嫌な感じがしたので適宜、サヤカの奇跡の光で癒やしていた。
しかし激戦続きで、傷が小さいからと黒い傷口を放置してしまった同級生がいた。
そんな激戦のさなかに事件が起こった。
突然その同級生は動きが鈍くなったかと思うと、全身から黒いモヤがわき出し、獣のような甲高い咆哮を上げると、肌色は暗く変色し、異常なほど血管が浮き上がり、瞳は狂気に満ちる。
「サヤカ!光!!」
「え、あ!うん!!」
ユウキは鋭くサヤカに指示を出す。動揺はあったが、サヤカは慣れた動きで奇跡の光を同級生に向けて輝かせるが、変貌した同級生はもがき苦しめるだけで元に戻る様子はない。
「っ!戻って…お願いだから、戻ってよ…!!」
サヤカは奇跡の光を強めながら懇願するように呻く。より効果を強めようと、同級生ににじり寄る。
ほかの同級生たちが固唾をのんで見守る中、体から悪いモノが抜けて行くように腐敗臭とともに黒いモヤが吹き出し始めた。光の受けた部分が爛れ始めると、変貌した同級生は苦しみからか、ついに頭を抱えながら蹲る。
「効いている!戻せる!」
誰かが歓声のように声を上げる。サヤカもそう思えて、一瞬だけ声した方向を向いてしまい、変貌した同級生から目を離した。
その瞬間ーー変貌した同級生は乾坤一擲、握っていた武器を振り上げて、サヤカに襲い掛かる。
凶刃がサヤカを襲う刹那、悲鳴があがる間もなく、ユウキが動く。
雷を操る能力を最大限使い、神速の早さで凶刃を弾くと、その勢いのまま変貌した同級生の首をはね飛ばす。
その時のユウキの表情は苦渋に満ちたものだった。
物言わぬ死体となった同級生を弔おうと、その友人たちが言葉少なに準備を始めた。ユウキも手伝おうとしたが、とある同級生から遠慮するように言われてしまう。
「ユウキが正しい行動だってのは分かってる…。わかってるよ。でも、ごめん、ユウキはあっちで休憩しててくれ」
黙々と準備をしている同級生を離れて眺めるユウキは、心が凍てつき、感情が湧いてこない。
はねた首に張り付いた狂気の顔が脳裏に焼き付いている。
首をはねた感触は生々しく手に残る。ユウキは俯いて、かすかに震える手を呆然と見つめていると、頭上から声がかかる。
「…ユウキ、ありがとう」
ユウキは顔を上げる。見下ろしているサヤカと視線が合った。彼女は泣き腫らした目で、無理やり笑顔を作る。
「準備できたみたいだから、行こう」
サヤカはユウキの震える手を取ると、引っ張り上げて立たせた。
サヤカが代表して、滔々と生前の同級生の人柄を語り、弔事のような言葉を贈ると、促される訳でもなく、同級生たちがそれぞれ遺体に別れの言葉を告げていく。
そして、サヤカに指名された火を操る能力を持つ同級生が荼毘に付し弔う。
同級生たちは嘆いたり、啜り泣いたり、沈痛な表情で燃え上がる炎を見送る。
初めての犠牲者、過酷な運命に、絶望的な状況に、この死は、この世界がゲームのように都合良くやり直せないということを改めて知らしめ、同級生たちの心に重くのしかかった。




