表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

第2章:治療と裏側

 リサの評判は、やがて王宮にも届く。

 

「あのような力の使い方があったとは…」

 

 リサたちを粗雑に扱ってきた王国の権力者たちは、彼女が民衆から絶大な支持を得ていることを知ると、再び目を向け始めた。

 特に注目したのが致死率の高い感染症コレラを、リサが適切な対策と治療で収めてみせた事だった。リサの能力と知識、そして、病を克服したという実績は、不老長寿の夢を権力者たちに見させるには充分だった。彼らの顔には薄らと欲望が浮かびはじめた。

 

 ある日、リサは王宮に呼び出された。名目は王都疫病事変の論功行賞だという。

 特使が立てられ、豪奢な馬車が用意されていた。格式の高さにリサに付けられた家人たちも慌てふためいており、大慌てでリサが出かける準備を始めた。リサは治療院のことを口実に断ろうとしたが、周囲の熱に呑まれて、それも難しく感じられた。

 リサはお姫様のように磨かれ、着飾られて、家人一同は満足気にその美しさを褒めそやかす。鏡に映るいつもと違う”お姫様”の姿に、戸惑いながらも、幼い女の子が一度は憧れる姿に高揚感も感じていた。一緒に行くと言うシンジとナミは、気安い平民服から、格式張った執事と侍女のような格好をさせられる。そして、三人で姿見の前に立つと、お姫様と従者たち、という感じで一気にそれらしくなり、似合ってる、似合ってない、とお互いを褒めたり、貶したり、茶化しあって、笑い合っていた。

 用意された馬車で王宮に着くと、まるで高位貴族のような出迎えを受け、下にも置かない応対で応接間に通される。そして、間を置かずに宰相が現れた。以前とは打って変わって、丁重な態度でリサを迎えた。その笑顔は、どこか胡散臭くリサの警戒心を煽った。

 

「日野原リサ殿。貴殿の献身と治療で病魔から王都を守ってくれたこと、王国民を代表して、感謝申し上げる」

 

 宰相は、そう告げて、深く頭を下げて謝意を示した。報酬についても話があり、報奨金と一代限りの名誉爵位が与えられ年金が付くだろう、との事だった。まとまった収入は治療院の経営が楽になる。家人たちにも仕事に報いるだけの給与が出せるとホッとし、警戒心も幾分か和らいだ。

 

「貴殿のその類稀なる能力と知識を見込んで、依頼したいことがある。ぜひ、力を貸していただきたい」

「わたしに、何を望むというのですか?」

 

 話題が変わり、リサは警戒心を強めつつ、尋ねる。

 

「まずは、この話は他言無用で頼みたい。実は、王宮において――貴殿の奇跡の治療を、密かに望んでいる尊貴な方がおわれる」

 

 宰相の言葉にリサは息を呑んだ。宰相が貴族と言わず、尊貴と呼ぶ方。

 

「この国の医者や治癒師たちが束になっても、癒すことのできない病だ。もし貴殿がそれを癒せるならば、貴殿の力は我らが王国の礎となろう」

 

 リサは一瞬ためらった。明言はされていないが、権謀術数が絡んでいる厄介な依頼だった。相手の地位を明言しないのも、身分的にはリサたちが貴族ではない事に配慮したのだろう。

 同行していたシンジもそれを察したのか「厄介だ」と耳打ちし、断ることを進言してくる。しかし断れば、何をされるか分からないという不安もあった。ただリサの思いは、我が身の不安よりも、別のところに向いていた。私の助けを待っている。それだけは事実で、治療の成否は別として捨て置くことはリサにできなかった。

 リサは決意する。治療の成否は保証できないことを条件に、宰相の依頼を受けた。

 そうして案内された場所は、本来であれば王族の私生活スペースになる内宮で、そのさらに奥にある薄暗い寝室に案内された。そこに顔色を失い、痩せ細った老齢に見える貴族が豪華な寝台に横たわっていた。彼の体からは異臭が漂い、皮膚病も患っているのか黒い斑点が浮き上がっている。

 

「この御方は原因不明の奇病に冒され、日に日に衰弱しておられる。聖女殿の治癒の光、神殿の秘術では根治せず、一時的な癒やしにしかならなかった。日々、神殿から秘術師を呼んで癒やしているが延命にしかならず、あまり良くない」

 

 宰相の声には、焦りが滲んでいる。

 ひと目見てその症状に、リサはピンときた。

 貴族たちの症例で異様に多い、病に掛かりやすくなる「呪い」によって引き起こされる様々な合併症だ。

 一緒に来ていたナミの鑑定でも「病気(癌)」「病気(感染)」「病気(臓器不全)」「衰弱」「呪い」という結果がでており、それを裏付けた。ただ、それ以外の鑑定結果について言いたいことがあるのか、リサを睨めつけ、声を出さず口が「おうさま」と動いた。リサに、ぞくりと悪寒が走る。その重さを今になって自覚し、冷や汗が出る。リサは恐る恐る横目で宰相を見ると、焦燥とした視線をリサに向けていた。心許ないが、この若い医師に頼るしかない、という思いが如実に出ていた。

 後になって世情に詳しい家人が教えてくれたが、宰相は国王陛下の外伯父であり、良き兄、良き教師であったという。

 リサは強い重圧を感じつつも、その情報を思考から追いやって、病状の鑑定結果を訝しむ。

 そもそも貴族たちは「呪い」を警戒しているし、王宮には結界魔法によって外部からの呪いは防がれているはず。そしてサヤカの奇跡の光や、高額な神殿の秘術は「呪い」を解く効果が絶大で、さらに対症改善に特化しており体力も回復させるので免疫が大幅に促進される。どんな病気にも高い効果があった。宰相から聞いた、この人物は三十歳手前だという。その年令でここまで悪化するのは稀だ。

 リサは疑念を確認するため、貴族の脈を取り、瞳孔を調べ、そして宰相の了承を確認すると、自身の血液を少量、彼の体内に送り込んだ。細胞レベルで病の原因を探る。

 すると患者の体内で、この世界では認識できない極小の奇妙な「呪い」が広がっているのが見えた。一部の細胞が何かに命令されているかのように、体内で「呪い」をばら撒いて、患者の体を蝕んでいた。

 現代世界の医療を知るリサでも驚く発想だった。その細胞を追っていくと、一部が正常な細胞として振る舞っており呪いも見えない。リサの血液操作で検査しないと判別不可能だ。細胞単位で隠れられてはサヤカの治癒を込めた奇跡の光や、神殿の秘術では根絶できない。

 

「これは…ガン細胞…?振る舞いはワクチン…?」

 

 リサは、その「呪われた細胞」を自身の血液操作能力で包み込み、ゆっくりと体外へ排出しようと試みる。しかしそれは想像以上に困難な作業だった。「呪われた細胞」はまるで意思を持っているかのように抵抗しリサから逃れようとする。

 リサは集中力を研ぎ澄まし、精密な操作を続けた。数時間後「呪われた細胞」を体から取り払った頃にはリサの額には汗が滲み、呼吸は乱れていたが、仕上げが残っていた。

 神殿から秘術師を呼びよせ、患者の体力を回復させながら血液操作で全身に発生している様々な病原も取り除いていく。

 すると貴族の死人のような顔色は、わずかに血の気が戻り、荒かった呼吸も穏やかになっていく。

 

「……成功、です」

 

 すべてが終わり、ナミの鑑定から全ての症状が消えているのを確認して、リサが告げた。宰相は信じられないといった表情で患者の様子を確かめ、その顔に歓喜の表情を浮かべた。

 

「おお……! 奇跡だ……! まさに奇跡だ!」

 

 宰相は疲労でぐったりしているリサの手を握り、興奮したように感謝の言葉を述べる。もはやリサを軽蔑するものではなく、純粋な驚嘆に満ちていた。

 

 別室にて、用意された茶菓子を摘みながら、ソファでナミに寄りかかって休憩していたところに、宰相が来訪し、挨拶と謝礼もそこそこに神妙な顔つきで話し始める。

 

「日野原リサ殿。貴殿に改めて御礼を申し上げたい。そして、今回の治療で、貴殿の実力しかと見せてもらった。…その力を見込んで、貴殿に願いたい。不老長寿、果ては不老不死の研究をしてほしいのだ。…我らの…、さらには国民のため、病と老いを克服したいのだ」

 

 宰相は、”不老不死”の単語が出たところでリサが顔をしかめたのを見逃さなかった。その後の言葉は”病”を強調し、リサの反応を見ながら、ゆっくりと話す。

 

「誤解をしないでほしい。よかろう、余の思惑をあけすけなく申そう。まず、内密にだが、尊貴な方の主治医をお願いしたい。そのために王宮内で研究室を与える。そこで、その知識と技術を我が国の医療研究と発展に協力してほしい。フッ、こうでも題目を立てて、お膳立てをしないと、平民が風情が、と煩い者どもが多いのでな、許してほしい」

 

 宰相は、リサの振る舞いに合わせたかのように、年齢に見合わないような、軽い調子で肩をすくめ、そう続ける。

 

「協力は惜しまぬ。望まれるなら古今東西の資料や資材を出来るだけ提供しよう。城下の治療院も止めろ、と言わぬ。どうだね?」

 

 ただ片手間で構わないから定期的には「不老長寿・不老不死」の成果は報告してもらいたい、と宰相は告げる。あまりの好条件に戸惑うリサだったが、権力者たちがどんな思惑で動いているのかが、分からない。そんな権謀術数の渦中に飛び込むことにもなるので、逡巡してしまう。

 

「貴殿が元の世界へ戻りたいと願っていることは承知している。期限を切るつもりもない。だが、もし、我々のために尽力してくれるのならば、魔王が討伐されずとも、元の世界への帰還の方法を探し出そう。陛下も、そう約束されている」

 

 宰相は病室の方向を横目に見て、リサにそう言う。

 リサの心臓は大きく跳ねた。元の世界へ。家族の待つ、日常へ戻る。それが叶うのなら、尊敬する父母に、あなたたちが誇れる医師になった、と報告したい。きっと、すごく喜んでくれる。褒めてくれる。両親の喜ぶ姿が脳裏に浮かぶ。そして、経験した苦楽を分かち合いたい。それを思うと、リサの心は一瞬で望郷の思いに支配された。

 リサは、シンジが止める間もなく、その甘い言葉に飛びついた。彼女は、その言葉が嘘である可能性を、この時はまだ、考えようとしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ