私と彼と夏の逃避行
ジリジリと鳴くセミ、ジメジメとした暑さ、ダラダラと止まらない汗。
冷たい飲み物と氷菓子が美味しくなり冬が恋しくなる、そんな季節。
私、初明愛夏は高校一年生の女子高生。
特に変わった特技がある訳でもなく特別何かが出来る訳でもなく、どこにでもいるような女子高校生。
「今日はちょっと早く行こうかな」
何か理由がある訳でもなく、ただ気分が乗っただけだった。
いつもならゆっくりご飯を食べて少しのんびりして少しだけ皆より早い時間に学校に行くのだが、この日は少しだけご飯を早く食べてのんびりもせず外を出る。
うるさく鳴くセミの声を無視し、溶けそうな程の暑さを我慢して、流れる汗を我慢しながら自転車を懸命に漕いで学校に着く。
意図していた訳ではなかったのだが、教室に入ると陰鬱そうに外を眺める先客がいた。
「…おはよう、あーちゃん」
「おはよう、りょう君」
私がりょう君と呼ぶ彼の名前は宮造良真、アイドルをしたり役者をしたりに大忙しいのどこにでもいない男子高校生。
「珍しいね今日はお休みなんだ」
私と彼は幼馴染で互いの母親が友達なこともあり生まれた病院が同じで幼稚園も小学校も中学校、そして高校も同じ。
あだ名で呼び合うぐらいに仲が良く、昔はよく一緒に遊んだ。
今となっては、こうして会うことすら珍しくなってしまったが。
「…うん」
そんな彼だが、いつもは話すと元気よく応えてくれるのに今日は元気がなさそうだ。
疲れているのか悩み事があるのか、理由は分からないが何かを私に隠している様な気がする。
女の勘、と言うものだろうか?何となく、そんな気がした。
「何かあった?」
もしこの勘が当たっているなら気軽に言って欲しい。
アイドルの悩み事を一般人の私が解決出来るとは思っていないが、もしかしたら解決出来るかもしれない。
「…な、何もないけど」
そう思って言ったのだが、どこか怪しい。
普段なら「実は…」とか「最近…」と話してくれる。
と、言うことは幼馴染の私にすら言えない何かがあるようだ。
「ふーん…」
私はりょう君のことをじっと見つめてみる。
「…」
それでも答えてくれないので私は一層、目つきを鋭くして睨みつける。
「……」
「りょうくん」
「分かった、分かったよ!話すから、そんなに見ないで!」
「なら良し」
女の子に見つめられることに慣れていないのは相変わらずで、幼馴染の私にすら頬を赤らめ恥ずかしそうにしている。
アイドルなのだからいい加減に慣れてほしいものだが、数十万人のファンがいても慣れないのなら諦めた方が早いのかもしれない。
「…ねぇあーちゃんはさ、俺が昔言ったことを覚えてる?」
観念してりょう君は話し始めた。
「昔言ったこと?」
「うん」
「えっ何だろう」
あまりに抽象的過ぎる言葉、思い当たる節がない訳ではないが流石にこの一言で特定するには無理がある。
「俺、冒険がしたいんだ」
「…へ?」
そう思っていると、りょう君の方から答え合わせをしてきた。
「冒険って言ってもアニメとか漫画とかそういうものじゃないんだけど」
「ほう?それってどういうこと?」
アニメ漫画ではない冒険となると、あまりピンと来ない私は聞き返す。
「う~ん、何て言えば良いんだろう…」
どうやら何となくで出た言葉のようだ。
ただ言いたいことは分かる。
きっと今の生活が辛い、端的に言えばそういうことなのだろう。
テレビでも見ない日のない人気者、一見羨ましいが、それだけ沢山の人の期待に応えるのは想像しただけでも吐きそうだ。
りょう君は特別、目立ちたいタイプでもなく容姿の良さと出来ることの多さから注目を浴びることが多かった。
どちらかと言うと大人しいタイプ、と言う訳でもなくアイドルになったのもスカウトをされ興味を持ってデビューしているので一切興味がないタイプでもない。
要は普通だ。可もなく不可もなく、ただ機会があったからやってみただけ。
それで売れてしまったのだから恐ろしい話ではあるが、その程度の興味なら何れ飽きが来てしまうもの。
何気なく触ったゲーム、何気なく始めた趣味も余程好きではなければ続けることは出来ない。
ただそれだけのことなのだろう。
とは言え冒険に出たいと言うとは正直驚いた。
確かに昔、そんな話をよく聞いた。勇者が魔王を倒す話、強い力で無双する話、世界を救う話。
少し違うようだが、まさか本当にやりたいと言うとは思ってもいなかった。
「冒険したいのは良いけど、何をするの?」
まさか目的もなく、どこかに行きたいと言い始めたのではないのか。
「…特には」
どうやらそうらしい。
「りょう君さ…ちょっとは考えてから言わないとダメだよ?」
「だってあーちゃんが話せって言うから…」
「言ったけど、もしかしてアイドルをするのに疲れちゃったのかなって」
「んー、それもあるんだけど本当に何となく思っただけなんだ」
「そうなの?」
「うん、どの道冒険したいって言っても、そんなこと出来ないし」
確かに現代で冒険をしたいと言われても出来ることがあまりに限られ過ぎていて、それを冒険と呼んでいいのかは疑問符を浮かべてしまう。
「そっか」
相槌で納得したような言葉を吐いたが、りょう君はどうして冒険をしたいと言ったのか。
私はそれが気になった。
ただ現実逃避をしたいだけなら、わざわざアニメとか漫画とかと話すだろうか?
それならアニメや漫画のような冒険をしたい、と言えばいい。
何故かは分からない、しかし私はこう言いたくなった。
「…ねぇりょう君」
「何?」
「冒険、してみる?」
「!」
りょう君は目を開いて驚いた。
私がこんなことを言うとは思ってもいなかったのだろう。
私もこんなことを言う日が来るとは思ってもいなかった。
けど、どこか罪悪感が見えつつも喜ぶ顔を見て言って良かったとは思った。
「い、良いの…?」
私の未来を心配しているのか今を心配しているのか、それとも自分の心配なのか、とても申し訳なさそうにしながらも嬉しそうに聞き返してきた。
「うん、私が言い出したことだし」
「そうだけど」
「じゃあやめる?」
「……本当に良いんだね」
「うん」
私が言い出したのだ、断る道理はない。
「じゃ、じゃあさ――」
りょう君はとても楽しそうに行きたい場所とやりたいことを話し始めた。
観光名所を見たい、名物料理を食べたい、旅館に泊まりたい、海で泳ぎたい、山に登りたい、遊園地に行きたい、ゲームセンターに行きたい、スーパーに行きたい。
極々普通のことばかりだが、りょう君の多忙さを考えれば自然な考えだと言える。
「学校、休んじゃおうか」
「…うん!」
話を聞きながら悩んだ末に、私は行こうと答えた。
明日は学校があるとか、どのくらいの日数がかかるのか、両親や学校の先生や皆は心配してしまうのではないかとか考えていない訳ではない。
しかし純粋な目で楽しそうに語る幼馴染を見ていると、叶えてあげたくなってしまう私は愚かなのだろうか。
答えは分からない、だがりょう君の為なら私は喜んで罪を被ろう。




