可視の戦域:シリアと東地中海の衝突
【現地時刻 06:27】
【地中海東部上空:IDF電子偵察機「シャヴィト03」管制席】
朝焼けに染まる東地中海の上空で、IAIシャヴィト03(電子偵察型グルフストリーム)はEMCON(電波沈黙)モードで滑るように航行していた。
センサー席のモニターには、シリア・ラタキア県沿岸部に展開するロシア軍S-400部隊の稼働状態がデジタル表示されている。
「S-400のレーダー稼働率40%、交戦許可コード未入力。ロシア側のルール・オブ・エンゲージメント(ROE)は依然抑制モードにある」
「だが……バニヤス港の北側、レバノン国境寄りの防空施設に新たなイラン製レーダーが出現した」
それは、KAS-04 AESAフェーズドアレイレーダー。イランがホウティ派向けに開発した低可視対ステルスレーダーの地上配備型だった。
【06:34】
【イスラエル国防軍 作戦統合本部:戦略判定会議】
「シリア領内に展開されたイラン軍の移動弾薬集積拠点および、地対空ミサイル連絡中継施設は、ラタキア県内に確認済み」
「衛星画像から、3箇所にSHAHED-191長距離無人航空機の格納庫」
「加えて、Tartus港湾施設内の“漁業共同倉庫”とされる施設に、Fateh-110地対地ミサイルの木製格納箱を多数確認」
分析官の報告が静かに読み上げられた後、レヴィ准将が口を開いた。
「攻撃許可を——国防閣議に上奏する。ラタキア西岸への限定的航空打撃を要請する」
「限定とはいえ、そこにはロシア海軍も駐留している」
「知っている。我々はすでに“戦場を越境”している。もはや、“政治的圧力”は火力でしか制御できない」
【07:12】
【イスラエル空軍:第140戦闘飛行隊(F-35I)/上空ミッションブリーフィング】
F-35I「アディール」4機が、キブツ・ラモン空軍補助飛行場から完全電子遮断モードで離陸した。
目標はシリア西岸、ラタキア南方約11km地点に位置する、地下弾薬格納庫と指揮施設。この施設は一見、民間食品流通施設を模しているが、人工衛星・ELINT(電波信号情報)・地上情報を統合した結果、IRGC-QF司令部との定期データリンクが確認されていた。
【兵装構成】
GBU-39/B SDB(誘導小型爆弾)×4
Python-5 AAM ×2(自衛)
1機にAGM-88E AARGM(対レーダーミサイル)を搭載
すべて内部兵装ベイ搭載。ステルス性維持
【07:36】
【東地中海上空:F-35I「ゴールド1」機内】
「レーダー発信源確認。KAS-04稼働中。周波数帯C〜L間スイープあり。交戦準備」
「サイレントモードから電子応答モードへ切り替え。機体識別コードは切り離した」
ゴールド1のパイロット、ノア・リーヴァイ中佐は、照準モードをオフボア角23度へ偏向し、AGM-88Eの発射許可を得る。
「AARGMロック完了、ピットオフ確認。Target Alpha-3へ射撃」
【発射】
AGM-88Eが青白い軌跡を描き、シリア領内のレーダー源に向けて滑空。数秒後、電子妨害信号が途絶し、画面上に赤線が消える。
【07:41】
【目標地点爆撃】
4機のF-35が2機ずつ分散し、それぞれ地下指令所および格納庫上部構造物に対しGBU-39を投下。
爆撃は遅延起爆式。爆弾は、コンクリート上面に直撃後、0.9秒の遅延で地下を粉砕する。
「目標Alpha-1〜Alpha-3、全爆弾命中確認」
「熱反応消失。副次爆発2回確認。Fateh-110弾頭か」
【07:45】
【シリア西岸 ラタキア軍通信中継所】
爆撃を受けた中継施設から、最後の通信ログが断続的に発信された。
「司令部、我々は……妨害を……複数の空から……」
その直後、S-200SAMの一部が自動起動。だがF-35はすでに離脱中であり、ミサイルは海上に落下した。
【07:55】
【ラタキア県南西6km海上:ロシア黒海艦隊哨戒艦「パフリャードノフ」】
「シリア領内への実弾投下を確認。着弾時刻07:41。爆風は港湾警戒区域から1.4km南」
「作戦ルール上、交戦基準には達せず。応戦なし」
ロシア艦隊は動かなかった。これは沈黙ではなく、意思表示だった。
【08:00】
【テルノフ空軍基地】
「戦域、移動しました」
「可視の戦争が始まった、ということです」
作戦参謀が呟いたその言葉に、誰も反論しなかった。
イラン核施設破壊→ヒズボラ→ホウティ→シリア。
見えなかった戦線は、いまや地図に記載できるほどに具体化していた。