【現地時刻 00:42】 【空域:イラン西部 ハメダーン州上空 高度31,000フィート】
空は漆黒。雲も星も見えない。可視光に沈黙するその夜を、B-2A スピリット爆撃機「ゴースト03」は、静かに滑るように突き進んでいた。無音の暗黒。その機体は、外装に塗布された吸波塗料が空間の輪郭すら消し去っていた。
搭乗員は2名。機長ホイットモア中佐と副操縦士マクレランド少佐。両者ともに200時間以上の夜間潜入作戦経験を持ち、核任務適格認定(PRP)を有する選抜クルーだった。
機内には赤外線スペクトルのHUDが点灯している。眼前の風景は漆黒だが、ディスプレイ上には遠く微かな地形起伏、フォルドゥ山系が赤外線陰影で浮かび上がっていた。
「ターゲット地点、32度21分N、50度59分E。推定施設深度91メートル、熱源4箇所。」「確認。熱源は遠心分離機稼働中。コード名“ゼロ・ワン”に一致。」
声は落ち着いていたが、その語尾には硬度があった。これは単なる爆撃任務ではない。国家の戦略資産を、不可逆な物理的手段で“破壊”する作戦——後戻りできない行為。
「兵装確認。GBU-57A/B MOP、1発搭載、GPS/INS誘導、目標コード入力完了。」
MOP(Massive Ordnance Penetrator)は13.6トンに及ぶ超大型爆弾で、設計上、最大60メートルの鉄筋コンクリートおよび深層岩盤を貫通できる。イスラエル空軍では運用できないため、今回の作戦では米空軍第509爆撃航空団所属のB-2が直接投入されていた。
「爆撃ウィンドウ、Tマイナス3分30秒。降下角度1.5度保持、風速3ノット西から東。」
外気温−48度。気圧0.3気圧。機体は軽微な乱気流の中にいたが、操縦系統は安定していた。HUD上では、MOPの投下軌道予測が描かれており、通気口らしき開口部が赤点でマークされていた。
「対空脅威ゼロ。S-300レーダーサイト、沈黙継続中。Eitam電子戦機の妨害波、正常稼働確認。」
この空域では、事前にサイバー攻撃と電子戦による“空の開口部”が数分だけ作られていた。通信ジャミング、衛星信号ノイズ、偽装信号の投下——すべては、この瞬間のために。