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8.一章

 天を()くかというほどに気高く聳え立つ、エフド王国の象徴。ルータス城。

 王都ラダニア中央に位置するそこはしかし、彼にとって勝手知ったる場所である。


「やあ、来ると思っていたよ。リエン」


 豪華絢爛な城内の一角。まるで隔離されたように城と通路で繋がれた尖塔。

 対照的なほど質素な洋室に響くのは、ひとり席に着く落ち着いた女性の声だ。


「ご冗談を、ミス・ミランダ。城門をくぐった辺りから視ていたでしょう、私にも感じられる程度には」


 リエンが答えると、彼女の生まれ持った視界を閉ざす眼帯がわずかに反応を示す。

 纏う黒紫のドレスは、華奢な肉体に宿る陰鬱さと妖艶さをより漂わせてもいた。


「おや、これはこれは。成長したものだね、坊やも。では、次からは気を付けるとしようかな」

「いい加減、坊やはやめて頂きたい」

「そういう細かいことを気にしすぎるところが坊やだよ」


 くつくつとミランダは口端に弧を描く。


(……相変わらず掴みどころのない方だ)


 ミランダ・ナンダ。当代の〝俯瞰〟を所有する刻者であり、彼女の存在こそが王都全体の治安維持に最も貢献していると言っても決して過言ではない。

 リエンはテーブルを挟んで向かい合う位置に腰を下ろす。


「なら私が来た理由を説明する必要はありませんね」

「あぁ、勿論ないとも。けどその前に丁度、食事を摂るつもりでね。食べながらで失礼させてもらうよ」


 横目に見た視線の先。メイド服の使用人がカートで運んできたのは、常人には到底食べきれないほど巨大なパンケーキとティーセットだった。

 それを目にしたリエンは、ミランダの嬉々とした表情に顔を引きつらせる。


(食事よりも、カロリー摂取だけを目的とした行為という表現が適切だろうに)

「なんだい、物欲しそうにして。食べるかい?」

「いえ。結構です」

「あら、残念」


 からからとミランダは楽しげに微笑む。分かりきっていた反応だったからだ。

 クリームやフルーツは勿論、チョコレートやハチミツなどを大量に使った糖度の高い、四キロものパンケーキ。それを蕩けるほど甘いミルクティーで流し込むように食べるのだから、リエンが遠慮を越えて拒絶するのは当然のことだろう。


「うん。やっぱり疲れた脳には甘いものだね」

(……いくら〝俯瞰〟の処理に必要なカロリーとはいえ、よくもまあ)


 それから味に対して顔をほころばぜるのも程々に。

 ミランダはリエンの要件についてゆっくりと言葉を紡いでいった。


「まず客観的な事実にだけ基づいた結論から言うと、だ。あの現象については、まだ何も分からないとしか言いようがない」

「やはりそうですか」


 リエンは神妙に頷く。

 彼はオルトランド家とラズラプラ家の縁談の最中。ツキノの身に起こった発光、術式刻印の簒奪(さんだつ)及び破棄したかのような現象について、同じく視ていたはずの彼女に意見を求めるために尋ねてきたのであった。


「過去に彼女が〝切断〟を受けたのは〝俯瞰〟した限り、二回。初対面時に喉と両足で一回、先日の縁談で一回。そして二回目でラズラプラの術式刻印を自分の身体に移し替え、恐らく消費。さらにその際〝切断〟は能力が変化していた」

「起きたことをそのまま受け入れるならば、二度同じ術式刻印の影響を受けた場合。〝その力を奪い、改善して、強制的に消費……してしまうかもしれない力〟ということになりましょうか」

「うん、そうだね。私も今のところは同じ見立てかな」


 角砂糖を二つ付け足し、ティースプーンで軽くかき混ぜながら応じるミランダの声はやや軽い。


「彼女は刻者なのでしょうか」

「断定はできないね。現段階では単に〝そういう体質・才能〟としか判断しようがないかな。少なくとも今後、遊び半分で彼女に刻印の力を使わないことを勧めるよ」

「そのつもりです。既にヒスイから周知を徹底させていますから」


 リエンが隊長を務めるシャルアビム騎士団・独立遊撃隊にはヒスイ以外の素者は当然ながら、刻者も席を置いている。

 戦闘に特化した者からそうでない者までおり、友好の証として安易に披露する可能性は少なからずあったため、必要な周知であった。


「しかしこのまま彼女を視続けた場合、替えの効かない〝俯瞰〟が失われる可能性もあり得るのでは」

「それは心配いらないんじゃないかと私は考えるよ。彼女個人だけを視ようとしなければ、問題はないんだろうね。でなければとっくに失っていければおかしい」


 ミランダの言い分はもっともであった。

 少なくとも〝影響を受けた回数〟だけが絶対条件ではない可能性が高いのは確かだろう。

 理由として考えられるものは、いくつかある。中でも適当なのは――


「悪意の有無……あるいは、風景の一部」

「恐らくね。けれど向けられた感情による影響の差を確かめるのは、うん。少しリスクが高すぎるかな」

「それはそうでしょうね。刻印を手放したい者がいれば、話は早いですが」


 そんな者は国内にはまずいない可能性が高く、適任者がいるとすれば国外だろう。


「まぁ、現状はこんなところだろう。気が向いた時にでもここへ寄越してくれると嬉しいよ」

「分かりました。ありがとうございます、ミス・ミランダ」

「いやいや」


 リエンは席を立つ。進展こそなくとも、彼女が自身と近い意見だと分かっただけで十分だった。

 が、それはそれとして最後に一つ。言っておくべきことがあった。


「時にミス・ミランダ。あなた、私の〝気がかり〟の原因について最初から気付いていただろう」

「勿論。少なくとも国民皆、平等に視ているからね。教えることをしなかった何故は、単純明快。リエン・オ・ヴァーツラヴという一個人を尊重するための〝俯瞰〟ではないからだよ」


 彼女は悪気なく、何でもないことのように笑みを返して続ける。


「怒るかい?」

「いえ。そういうものという理解はしているつもりです」


 本心からの言葉だった。

 私情を挟んでしまってはもう、その認識は客観視と呼べないだろう。

 故にこれは、単なる坊やからの愚痴に過ぎなかった。


「ありがとう。優しいね、坊やは。その調子で彼女にも優しく接してあげるといいんじゃないかな。きっと嬉しがりはしないだろうけれど」

「……? それは、一体どういう」

「ふふ」


 問いに答える気がないことを感じ、リエンは尖塔部屋――通称〝俯瞰の間〟を後にするのだった。

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