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7.復縁

 術式刻印は通常、子が生まれ落ちた時に継承がなされるものだ。

 その際、元の刻者の刻印は徐々に色褪せ、反対に子の刻印は色濃く刻まれていく。

 後天的な発現を起こさないことから〝受精卵時にのみ発生する突然変異〟という説が、現代の一般的な共通認識だった。


 つまり今、屋敷の一室で巻き起こっている発光現象は例外中の例外。

 誰ひとり予期できるはずもない異常事態なのである。


「け、継承したわけでもありませんのに刻印が。い、色褪せて……き、起動しない……?」

「ユユ! 理解も納得も後回しですのよ! 仮に同系統のものならば――」

「き、気絶させてでも止めるしかないですわッ!」


 物理にせよ、人の繋がりにせよ〝切断〟の力を知り尽くしているが故、誰よりも恐れているのは他でもない彼女たち自身。

 何もできないと見下していたはずのツキノに対する、得体のしれない恐怖が、畏怖が二人を決死の想いで突き動かす。


(わたしの意志とは無関係に、何が起こっているのでしょうか……ですが、これだけは何となく理解できます。気を失わなければ事態は好転する、と……)


 リリに両手で首を強く絞められながら、ツキノは状況を客観視していた。

 あくまで冷静でいられるのも、この程度の苦痛は三年の間で慣れたことも理由の一つではある。

 だが、それ以上に彼女は今。視界に広がる世界の変化に魅せられていた。


(切られてしまったはずの縁が……)


 リエンとヒスイ。二人と繋がっていた二本の糸は中空を漂い、切断箇所まで浮かび上がると、まるで意思を持つ生き物であるかのようにゆっくりと結び目を作り始めていく。


「ツキノ、あなた……一体、どこを見て――……」


 彼女の視線を目で追ったユユが異変に気付き、驚愕に声を震わせた。


「え、縁を……結び直した(・・・・・)……?」

「――――っ!? あ、あり得ませんわ。そ、そんな……そんな芸当は、私たちにもできませんのよっ!?」


 やがて可愛らしい結び目が完成し、一度は断たれた縁が再び繋がりを得る。

 たとえ前例のない事象だとしても、復縁が成った以上。次に訪れる今は、ただの一つしかない。


「これが〝切断〟の術式刻印の力か……不愉快、極まりないな」

「あぁ。俺も思い出したぞ……そこのお嬢ちゃんには……あぁ、三年前に一度会っている」


 欠落していた記憶が一挙に流れ込み、補完されていた偽りの記憶との落差を修正する脳の処理で朦朧とする意識を、二人はどうにか保ちながら言葉を作る。


「……なッ、断ち切った過去にまで遡って結び直したというのっ!?」

「関係ないのよ! 一歩でも動いてみなさい。ツキノ――――……がはァッ!?」


 刹那、声が音と成るよりも(はや)く。

 仮面を脱ぎ捨てた主と同様に煮え滾った怒りを宿す〝蛇〟がリリの細首に絡みつき、容赦なく天井へと叩きつけた。

 首元から手が離れ、ツキノは咳き込みながら床に倒れる。


「――で、何か言ったか?」

「ひっ……」


 冷たく言い放つリエンの声に、ユユは生まれて初めての小さな悲鳴を上げた。

 頭上から滴る血の赤を目にし、そして痛感する。己が知る乱暴さなど、所詮は児戯に等しいものだったのだと。


「お、おかしい……そう、おかしいですわ! あ、あなた王族なのでしょう!? それなのにこんな陰気臭い不愛想な宗教女の言い分をあっさり鵜呑みにしてっ、この女がいい加減なことを言っている可能性なんて微塵も考えていないじゃな――……いっ、ぁ……」

「――それ以上、戯れてみろ女。姉妹仲良く天井まで首が飛ぶことになるぞ」


 抜き身の刃のような鋭い声の主は、ヒスイだ。

 彼は飾られていた古い刀剣を投げ、頬の薄皮一枚だけを掠めて壁に突き刺した。

 受けてリエンは友の姿にわずかな笑みを浮かべ、軽く手を挙げて彼を制す。


「三年前、短い時間だったが……王都までの道中、生まれて初めて外に出たと。空が青いことすらも知らなかったと言っていた彼女のことを覚えている……覚えていたはずだった。それだけあれば、信じる以上に貴様への疑念を向ける理由に不足はない。もし仮に彼女が虚言を吐いたとなったその時は笑え。私が許す」


 真っ直ぐな視線で告げられた彼の考えに、ユユの心は足元から崩れるように大きく揺らいでいく。


「そん、な……それだけの、ことで……? 人は……人は変わるのに?」

「変わらないようにと縛り付けておきながらよく言えたな。自分たちにはない無垢さを、尊いと想う気持ちが恐らくあっただろうに」


 見透かすような核心をつかれ、羞恥に顔を赤く染め上げるユユ。

 リエンの言葉は真実だった。姉妹は欲したのだ。幼い頃は確かに持っていたはずの、気付けば無くしていた穢れを知らない少女の心を。


「皆様、お取込み中のところ申し訳御座いません。これ(・・)の止め方を、どなたかご存知でしょうか」

「「――――ッ!?」」


 呼吸を整えたツキノの()が示す先。〝砕けていない鉄鎖〟の刻印は、姉妹が起動させた時よりも一層、輝きを増していた。

 その影響力は〝切断〟の刻者ですらないリエンや、そもそも素者であるはずのヒスイの世界さえも塗り替えていくほどだ。


「うぉ、なんだこれ。糸が……解ける?」

「琥珀と……蒼氷。私と彼女の、縁か」


 人と人の間で揺れる細糸は、螺旋状に絡み合うことで強固な糸を形成しており、やはりこれも幾度となく他人の縁を切断してきた姉妹ですら、初めて目にする事象だった。


「し、知らないですわ。糸が二色で一本だなんて、そんなの知りません……! そ、それにツキノ……あなた何故、声も取り戻して……」

「靭帯も完治したようです。それとユユ様リリ様、申し訳御座いません――限界です」


 直後。姉妹が持つ三色の一方的な縁(・・・・・)以外は、全て跡形もなく切断された。

 一度にあまりにも膨大な数の縁を切られたことで、記憶の補完処理が彼女たちを苦しめる。


「「あっ、ああ……いやぁっ、リリ(ユユ)……助けて。リリ(ユユ)……お母様……ツキノ……お父様ぁ」」


 異常を察知したリエンは、すぐさま〝蛇〟で天井に固定されたまま発狂し始めたリリを床まで降ろす。

 襲い来る忘却の波に耐え切れず、気を失った彼女たちはしかし、次に目が覚めた時には確かに在った姉妹同士の繋がりさえ失っていた。


 当然、ラズラプラ家とオルトランド家の縁談は破談。

 そして後日、結果として束縛から解放されたツキノはリエン・オ・ヴァーツラヴの屋敷へ移り住むこととなったのである。

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