第1章 聞こえないナースコール
第1章
ナースコールが鳴ると、彼女は即座に停止ボタンを押した
その音がナースステーションに響いた時間は0.02秒
看護師資格を持った他の女性たちは、最近起こる一瞬のナースコールは
故障か、あるいは他にも多く起こる不思議な現象のひとつだと思っていた
なにせここで多くの患者が亡くなるのだから
息を引き取る可能性が高い患者しかいないこの病棟では
誰も亡くならない日が続くと彼女たちは不安になる
その後連続して患者が亡くなると大変な忙しさになるから
毎回、ナースコールを無かったことにしている女性は看護師資格を持っていない
彼女は都内にある看護高校の一年生、看護実習でナースステーションにいることを
許された
彼女の名前は、恋瓜まくら(15才)(こおり まくら)
看護高校のカリキュラムにないにも関わらず、夜勤の時間に限定してこの病棟の実習を
許された
昼間は高校の授業がある
恋瓜まくら(15才)は、あまりにもナースコールが鳴らないと本物の看護師たちが
不審に思うだろう、手加減せねばという気遣いができるやさしい女の子
そういった気遣いや、美しい立ち居振る舞い、きれいな言葉遣い、他人への思いやりと
繊細なこころは、月謝7万2千円の生け花のお稽古から学んだ
恋瓜まくらの部屋にはアルバイト代で買った立派な空気清浄機がある
それは部屋が乾燥するとお肌に良くないと聞き、部屋を加湿するためのもの
しかし、空気清浄機が示す湿度は40パーセントを超えることはない
彼女は加湿器には給水タンクというものがある、というのを知らなかった
彼女は加湿ボタンを連打してみた
ちなみに空気清浄機は購入後、箱から出してからフィルターに貼ってあるフィルムを
はがさないと空気は清浄されない
彼女はまだそれをはがしてない
それくらい機械に弱いので、まくらがナースコールを瞬時に停止できるのは
褒められるべきことだった
空気清浄機を買うのに使ったアルバイト代は
実習として通っているのと同じ病棟でアルバイトとして働いて得た
夜勤は看護実習という名目
それは平日に3日ある。週末、今度はお仕事として勤務した
アルバイトの仕事内容は、看護助手助手
看護高校に通っているとはいえ、高校一年生のまくらに看護助手の仕事は難しすぎる
という病院長、理事長、そして看護婦長さんのまくらに対する配慮だった
看護助手助手という役職は、まくらのために新しく作られた
まくらがそのアルバイトを辞めると、自動扉が閉じるかのようにその役職も消滅する
その儚さは、この病棟で亡くなっていく患者さんたちのよう