第三話: “現実的な解決策”
以前、翔太は物流効率化の第一歩として現場作業員の動線を改善しようと、棚の配置を変更する計画を提案した。
それとは別の案として、トラックの積載効率を向上させるために運転手と事前に打ち合わせを行う仕組みを考えた。
その内容には積載順序の確認や、効率的な荷降ろし手順、さらにトラックの到着時間を正確にするための調整が含まれていたが、実際の現場では運転手のスケジュールが不規則であり、ほとんど機能しなかった。
この失敗を踏まえ、翔太は異業種の成功事例を探るため、図書館やオンライン資料に没頭する日々を送る。
カフェの薄暗い席でノートパソコンを開きながら、段階的な標準化とインセンティブの必要性を見出していった。
ある日、カフェで資料に目を通している翔太の隣に、同じ物流業界で働く知人の山田が座った。
山田は、中堅の物流会社で配送マネージャーを務めており、現場と管理業務の両方をこなしている実務派だ。
彼は物流の最前線で培った経験と柔軟な発想で業界内でも一目置かれている人物だった。
「久しぶりだな、翔太。こんなところで何してるんだ?」
「お久しぶりです、山田さん。実は物流効率化の案をまとめているんです。」
「効率化?具体的には?」
山田が興味を示し、テーブルに肘をついて耳を傾ける。
翔太は資料を指しながら説明した。
「異なるパレットサイズを標準化することで、積み替えの手間を減らせると思います。それに加えて、作業員の負担も軽減できます。」
山田は少し考え込み、
「それ、いいアイデアじゃないか。でも、それは倉庫側の視点だよね、荷主側はどう納得させるんだ?」
と尋ねた。
「そこが課題です。データを示しながら、コスト削減のメリットを強調するつもりです。」
翔太は答えたが、その声には自信と不安が混じっていた。
「それなら、事例をしっかり準備したほうがいい。説得力があると、反対意見も和らぐからな。」
山田の言葉に、翔太はうなずき、資料にさらに力を入れることを決めた。
物流センターのベテラン管理者である村上は、30年以上業界に携わってきた経験を持ち、現場作業に精通し、スタッフや荷主の要望を的確に把握する能力に長けている。
そんな彼は、日頃から現場作業の遅れやスタッフの疲労が目に見えて増加している状況を憂いていた。
特に最近、荷主側からの厳しい要求と現場の負担がかみ合わないことが続き、現場作業員の士気が下がっているのを痛感していた。
そんな中、翔太の積極的な姿勢と具体的なアイデアに可能性を見出し、経営陣に「現場の非効率さを改善するための具体的な提案を出せる人材がいる」と推した。
翔太は荷主への提案内容に苦戦しながらも、村上の後押しを受け、プロジェクトの実現可能性を示すためにプレゼンの場を与えられた。
彼は入念に準備を重ね、資料作成には山田のアドバイスを取り入れ、成功事例を多く盛り込むことで説得力を強化した。
さらに、物流センター内の作業員たちにも意見を求め、現場でのリアルな声をデータとしてまとめた。
プレゼン当日、翔太は緊張しながらも準備した資料を確認していた。
会議室には経営陣や荷主、現場責任者などが集まり、重厚な空気が漂っていた。
村上がそっと翔太の肩を軽く叩き、「自信を持っていけ」と励ました。
プレゼンが始まると、翔太はスライドを使いながら丁寧に説明を進めた。
緊張感の中にも、彼の声には確固たる意志が感じられた。
「今回の提案は、物流現場の効率を根本的に改善するものです。」
説明の途中、荷主の一人が質問を投げかけた。
「データはわかったが、我々荷主の負担が多すぎる。パレットサイズを変えるとなると、パレットに載せる商品の載せ方も変える必要があるし、場合によっては、商品の荷姿、梱包を変える必要が出てくるので、費用が馬鹿にならないのですが?」
翔太は少し息を吸い込み、準備していたスライドを指しながら答えた。
「その点は私たちも考慮しています。商品の梱包や荷姿を大きく変える必要が出る場合には、段階的な導入を進める計画を立てています。また、初期費用を軽減するための補助金制度や、変更に伴うコスト削減効果を示すデータも用意しています。」
彼は続けて、
「たとえば、新しい標準パレットを使用した場合、積載効率が向上し、トラックの稼働台数を削減できる可能性があります。結果として、配送コスト全体の削減につながる試算もあります。」
と説明し、荷主たちに理解を求めた。
ナガサキ商事の物流担当者である佐藤は腕を組みながら静かに口を開いた。
「確かに、理屈は分かります。荷主側である我々の負担も大きい以上、完全に賛成とは言えませんが、今後は考える必要はあるかもしれませんね。」
翔太は一歩前に進み出るようにしてさらに声を強め、
「現場と荷主様双方の視点から、このプロジェクトを成功させるために、細かい問題にも一つ一つ丁寧に対応したいと考えています。」
と訴えた。
佐藤の声には慎重さと期待が入り混じっており、その曖昧な態度は、翔太にとって難しい挑戦でもあった。
このやり取りをもって、会議室にいた一同は時計を確認し、予定されていた時間が終了となった。
「本日は、貴重なお時間をいただき、本当にありがとうございました。」
翔太は深く頭を下げた後、続けて言った。
「皆様のご意見を参考に、さらに改善を重ね、必ず現場と荷主双方にとって最良の提案をお届けしたいと思っています。」
会議室の空気は重々しくも、どこか希望の兆しが感じられた。
佐藤は立ち上がりながら言った。
「話を聞けてよかった。新しい提案に期待しています。現場での負担軽減がどれだけ現実的か、次回の提案で具体的に教えてもらいたいですね。」
村上が軽く、「田中、よくやった。新しい提案を考えよう。」と背中を叩いた。
翔太は緊張の糸がほぐれるのを感じながらも、新たな挑戦がすぐそこに待っていることを理解していた。