吐き気
起きると隣に変な男がいる。
変な男じゃない、昨日はかっこよかった男がいる。
おかしい、昨日はすごくかっこよく見えたのに。
まるで少年のような寝顔を見ながら夏目春香は時計を確認した。
10時20分。
休みの前日に突然飲み会に誘われ、当然のように出席可能な自分に呆れる。
私は穴埋め要員になった覚えなんてないんだけどな。
たまたま生理もこないし、たまたま彼氏と喧嘩中だったから行ってみた。
珍しくハイペースで飲み進め、楽しかった記憶だけが残ってる。
そして朝になっていた。
微かに残る頭痛と吐き気を我慢し、春香は隣の男を眺める。
一くん、確かそんな名前だった気がする。
顔で言えば3人の中で一番だった訳でもない。
印象に残ってる話をした訳でもない。
ただ、一番寂しそうな顔をしていた。
そして、その顔がなんだか昨日の私にはかっこよく見えた。
他の男みたいにブランドロゴの入った服は着てなかったけど、一見してこだわりがあるような気がした。
よく見るとホテルのソファにその服が無造作に置かれている。
綺麗なシルクのシャツは朝見るには眩しいくらいの水色で、ストライプのハーフパンツがシャツの下から覗いていた。
この人は何故あんなにも寂しそうな顔をしていたんだろう。
そんな人と私は、シーツにくるまっている裸の私はどんな夜を過ごしたのだろう。
いつもなら気になるはずなのに、今朝は何か違う。
私は、彼が目を覚ます前にシャワーを浴びたくてこっそりとベッドから出る。
熱いお湯が、私自身の身体からあらゆる汚れを流し落とす。
居酒屋の匂いが髪から香り、苦笑してしまう。
きっと私が感じる以上に周りの人は私の酒臭さに嫌気が差すのね。
でも今日は1日家にこもって寝るの。
誰も帰ってこないあの家で。
自分の情緒が不安定なのに頭はやけに冴えてて、この感覚が少し心地良い。
ホテルの安っぽいシャンプーで短い髪を洗い流し、少しごわつく頭を撫でてみる。
だいぶ切っちゃったな。
これじゃあもう失恋した女みたいね。
別に気に入ってるから良いんだけど。
春香は身体を念入りに洗って、バスルームを出た。
タオルを身体に巻きつけ、自分の下着を探す。
ここで一くんが起きると少し面倒なんだけどな、その心配はないか。
ベッドに横たわる男はさっきと全く同じ場所で、全く同じ姿勢で、全く同じ寝息を立てている。
春香が白色のシャツを花柄のスカートにタックインした頃、その男がこちらを振り返った。
「え、あ」
何よ、それ。
やめてよね、私だってよく分かってないんだから。
「おはよう。昨日のことはあんまり覚えてなくて」
春香は、全裸の男に問う。
「私、変なことしなかった?」
男は寝起きだからか、それとも春香の質問の意味がよく分からなかったのか、
「うん、ありがとね」
とだけ答えると起き上がり、春香の方へと近付いてくる。
何をされるのか、身構える春香の前で男は止まり、
「俺もシャワー良いかな」
「ん」
「シャワー、ごめん通るね」
と言うとそのままバスルームの奥へと行ってしまった。
良い人ね。
2日目の立ち振る舞いとしては最高。
こんな事なら昨日記憶がなくなる前に寝たかったな。
春香は男がシャワールームから出る前に、一人部屋を出る。