外伝ー18 おじさんちの寄子たちは何を思う?
聖女たちが屋台街で張り切っていたのと同じ日である。
ルシオラ嬢とエンリケータ嬢の二人は、朝から同じ部屋にいた。
この二人は実家がおじさんちの寄子である。
故に、王都では公爵家が用意している寮に住んでいるのだ。
寮内ではなにかと話題になる二人である。
なにせ、おじさんと直接絡んでいるのだから。
同級生はもちろんのこと先輩たちからもやっかまれることが多い。
とは言え、明確な嫌がらせをされるかといえばそうではないのだ。
むしろ、その逆である。
どうすればおじさんに近づけるのかということで、二人には親切にする者たちが多いのだ。
下心が丸見えである。
だから、二人は寮内では極力そうした者たちと距離を置いているのだ。
ちなみに部屋は念のために遮音結界を張っている。
「リー様の人気はスゴいわね」
ルシオラ嬢がぼそりと呟く。
気を許せるのは、お互いのみ。
そんな状況だから、二人はどちらかの部屋に集まることが多い。
「ん! 特に対校戦の後からは酷い」
まぁそれはそうだろう、と二人は思う。
なにせあの決勝戦におけるド派手な登場シーン。
そして、一瞬にして十五人切りをしてみせた実力。
しかも魔法禁止、体術のみという条件でだ。
それでも冒険者たちを歯牙にもかけない強さだった。
あんなものを見せられたら、そりゃあ話題になってもおかしくない。
残念ながら二人が対校戦に出場する機会は得られなかった。
しかし、おじさんは今年限りの出場であるのが濃厚なのだ。
となると、二人が出場の席を譲るのは当然である。
「まぁ確かに気持ちはわかるんだけどね……でも、公爵家の次期当主はメルテジオ様でしょう?」
おじさんに近づいても寄子としてのメリットがないと言外に言うルシオラ嬢である。
「メルテジオ様もかなり優秀な御方だって父上が言ってたもの」
「リー様の弟御だから当然と言えば、当然の話でもあるのだろうけどね」
ふふっと二人で笑う。
おじさんは優秀という枠では測りきれない。
二人は母親の命を救ってもらっている。
いずれの母親も邪神の信奉者たちの仕業だ。
領主が動きにくい状況を作り、そこに百鬼横行をぶつけようとしたのである。
ただ、偶然にもおじさんに露見してしまった。
そしてフルぼっこにされたのだ。
「そう言えば、ルシオラ」
エンリケータ嬢が口を開く。
「どうしたのよ?」
「うちの父上から正式に返事があったの。卒業したらリー様にお仕えしてもいいって。でも、お仕えできなかったら帰ってきなさいって」
「よかったわね!」
ニカッと笑顔を見せるルシオラ嬢だ。
「うん! ルシオラのところはまだ?」
「うちの父親からはまだ返事が返ってきていないわね」
「まぁ結果は見えてる」
寄子と寄親という関係上、次期当主の姉に仕えるという選択肢は悪くない。
どこぞの馬の骨と結婚させるよりは旨みがある。
ついでにおじさんに仕える間に、いい男でも捕まえてくれたら万々歳。
そんな思惑が透けて見えるのだ。
エンリケータ嬢の実家だけではない、ルシオラ嬢の実家も同じだろう。
ただ、エンリケータ嬢は親のそんな思惑などどうでもいいと考える。
おじさんの側にいることが重要だからだ。
薔薇乙女十字団は学園を卒業しても解散しない。
いや、させたくない。
それがおじさんを除いた全員の見解であった。
「でも薔薇乙女十字団の新規加入ってどうするんだろう?」
話題を変えるルシオラ嬢だ。
そのことは棚上げになっていると言っても等しい。
「来年度以降に私たちの同期が入ってくる、あるいは新入生か」
「と言ってもよ。もう私たちの中に同期が入ってこれるかしら? リー様のお陰でかなり実力がついているわよ? 新入生にしても選抜試験をする必要があると思うわ」
そうなのだ。
対校戦であれだけ派手にやったのだから噂は回る。
特に寄子たちからしたら、必ず入りたいと言ってくるだろう。
「んー。リー様は来る者拒まずだもの。その辺りは私たちでなんとかしないといけないかもしれない」
「でしょうね。ニュクスのところにでも行ってみようか?」
狂信者の会の一人である。
ルシオラ嬢の提案にエンリケータ嬢は頷く。
「どうせ今日はやることないし。行く?」
二人は決断した。
そのまま寮を出て、王都を歩く。
少し賑やかな通りを雑談しながら。
「そこのお嬢さんたち。ちょっといいかな?」
見知らぬ男が二人に声をかけてきた。
だが、二人は足を止めることをしない。
「ちょ、ちょっと! お嬢さんたち!」
男が手を伸ばしてくる。
それを躱して、男の腹に肘を入れるエンリケータ嬢だ。
「ぐふっ……」
「手加減はした。それ以上、つきまとうなら……」
と、軽く魔力で威圧する。
「ひ、ひぃ……なんだよ、ちょっと道を……」
がはぁと男が吹き飛んだ。
エンリケータ嬢である。
少しだけ魔法を使ったのだ。
ここは王都の貴族街。
あちこちに衛兵が立っている。
その衛兵に声をかえるルシオラ嬢だ。
「あの、お仕事中すみません。不埒者があちらで昼寝をしております」
「ハッ! 承知いたしました。あのお名前を伺っても?」
「私はルシオラ・ラヴァンディエ、こちらはエンリケータ・ドーレスですわ。なにかあれば私たちに報せてくださいな。カラセベド公爵家の寮にいますので」
「ご協力、ありがとうございます」
衛兵と分かれて、二人はニュクス嬢の屋敷にやってきた。
実はこの二人、訪れるのは初めてではない。
ニュクス嬢の実家であるペリッシエル家は外務閥なのだ。
つまり、おじさんちの父親とも繋がりがある。
だから、寄子である二人は訪れやすいのだ。
門番に来訪を告げると、あっさり通される。
タウンハウス持ちの伯爵家。
その点で、ニュクス嬢の特別さがわかるだろう。
「どうかしたの?」
サロンに落ちついての第一声はニュクス嬢だ。
おじさん絡みでなければ、美しい令嬢である。
「うん。さっきエンリケータと話していたんだけどね。薔薇乙女十字団の新規加入のことが気になって」
ルシオラ嬢が軽く説明した。
それで二人の悩みを察したのだろう。
ニュクス嬢は優しい微笑みを見せた。
「本音を言えば、誰も入れたくありません。ですが、リー様なら来る者拒まずでしょうから」
ここまではニュクス嬢と同じ考えであった。
二人もホッと内心で胸をなで下ろす。
「そうね……全員潰しましょうか?」
ニコリと微笑むニュクス嬢だ。
――あ、これはあかんやつかも。
ちょっと極論に走るのが玉に瑕のニュクス嬢であった。