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886 おじさん、スコル地区に赴くのかい?


 マディ宅である。

 男装の麗人姿のおじさんの後ろに、侍女とイシドラが控えていた。

 

 キリッとしたおじさんの姿に、他の者たちは声がだせない。

 見惚れるというよりも、目が離せない感じだ。


「で、どういうことですの?」


 このままでは埒が明かないと思ったおじさんから切りだす。

 ことり、とティーカップを置いて、マディを見ながら。

 

「…………」


 おじさんに目を奪われて、答えられないマディだ。

 はぁと息を吐いて、侍女がイシドラを見た。


 イシドラがコクンと頷く。

 同時に懐から小石をとりだして、シュッと投げる。

 

 こちーん、とマディの額に命中した。

 

「いだああ!」


 額を押さえるマディだ。

 

「お嬢様が質問なさっています。返答を」


 侍女が静かに言った。

 だが、強い圧がこめられている。

 

「あ! 失礼しました。あの……その、ち、ちがうんです!」


 あわてふためくマディだ。

 べつにおじさんはいきなり咎めようとは思わない。

 ただ理由が知りたいだけである。

 

「どうぞ」


 おじさんも静かに言う。

 べつに圧はこめていない。

 ただ、マディは恐縮したようだ。

 

「あの! オラシオに手紙がきたんです。スコル地区に住んでいたときの友人だそうで。で、お祭りがあるそうなんです」


「そのお祭りに行きたい、と?」


 おじさんがニコニコしながら聞く。

 

「いえ……そのお祭りは本命ではないのです」


「ほう。では、どのような理由が?」


「まずお祭りについて言うと、十年に一度で開かれるものだそうです。で、お祭りに使われるものがあるのですが、それがオラシオによればふだんは入れない地域に入れるようになるらしいのです」


 ふむ。

 いわゆる禁足地というものか。

 ちょっと興味がでてきたおじさんである。

 

「ふむ。その場所はオラシオでも入れますの?」

 

「ええ。そうなんです。むしろオラシオについてきてほしいというのが手紙の趣旨でした」


『バベル、お願いしてもいいですか?』


『承知』


 と指示をだすおじさんだ。

 スコル地区に飛んでもらったのである。


「で、オラシオ一人だと危険なので、あなたもついて行くということですか?」


 おじさんの問いにマディは首肯した。

 

「承知しました。スコル地区に行くことは許可します。ですが、先に報告すべきでしたね。いきなり結論だけ知らされてもわかりませんので」


 報告・連絡・相談は大事だ。

 マディには大きな権限を与えている。

 しかし、上司であるおじさんたちを無視していいわけではない。

 

「確かにそうでした。申し訳ありません。気をつけます」


 素直に頭を下げるマディである。

 

「よろしい。で、そのオラシオはどこにいるのです?」


 今、この場にはいない。

 おじさんたちとマディ。

 それにオールテガとマアッシュの二人だ。

 

 恐らくはおじさんが作った住宅街にいるのだろう。

 ウドゥナチャとガイーアと一緒に。

 

「すぐに動こうとしたので、今は拘束しております」


「まったく、困ったものですわね」


 苦笑しながら、おじさんは席を立つ。

 そのまま地下に作った転移陣から移動する。

 

 住宅街には人が増えていた。

 こちらは事前に聞いていたとおりだ。

 子どもたちがキャッキャと声をあげて走っている姿も見える。

 

 皆、おじさんを見て立ち止まるが仕方ないだろう。

 今日のおじさんは仮面をつけていないのだから。

 

「入りますわよ」


 ウドゥナチャたちの家に入るおじさん一行だ。

 

「おお! お嬢、悪い!」


 ウドゥナチャがおじさんを見て、頭を下げた。

 

「ふん!」


「ぐはぁ」


 侍女のボディがウドゥナチャに炸裂した。

 腹を抱えてうずくまる。

 

 その姿を見て、イシドラがニヤリと笑った。

 ここまでがワンセットになってきた感がある。

 

「まったく。いつまで経っても軽口が直りませんね」


「うーちゃん。オラシオは拘束していますの?」


「……中に。ガイーアが見てる……ます」


 中に入って行くおじさんたち。

 ダイニングの椅子にオラシオはいた。

 

「むぐぐ! むぐぐ!」


 猿ぐつわまで噛まされている。

 腕と足は椅子に括りつけられていた。

 

「あ、お嬢様。すみません、ご足労を願いやして」


 ぺこりと頭まで下げている。

 さすがガイーアはできる男だった。

 

「ふむ……いったい何をそんなに暴れているのです?」


 オラシオもおじさんを見て、大人しくなる。

 

「どうにも不入(いらず)の土地に入れるということで興奮したようで」


「ほおん……まぁいいでしょう。オラシオ、今からスコル地区に行きますわよ。ただし、わたくしたちもついて行きます。あなた一人では行かせられませんので」


 おじさんの言葉にオラシオの目が大きく開かれる。

 コクコクと連続で頷いているところを見ると、肯定なのだろう。

 

「猿ぐつわを外してくださいな」


 おじさんに従うガイーアだ。

 

「ぷはぁ。ありがとうございます! ずっと行ってみたかったんです。この機会を逃したら十年待たないといけないんで」


「その気持ちはわかります。ですが、勝手に行こうとするのはよくありませんわ。先に報告をなさい。次に同じことをしようとしたら、わかりますわね?」


 ちょっとだけ威圧するおじさんである。

 オラシオの顔が一気に青ざめた。

 マディとガイーアも同様だ。

 

「さて、あなたたちはどうしますの?」


 おじさんはぐるりと周囲を見る。

 暗黒三兄弟(ジョガー)の三人に、ウドゥナチャたちのことだ。

 

「あの!」


 とガイーアが手を挙げた。

 どうぞ、と目で促すおじさんだ。

 

「あっしらは遠慮したいです。お嬢様と一緒なら姐さんも安全でしょうし……こっちでやることもあるもんで」


 ぎょっとしたのはマディだ。

 そんな! 見捨てるの! と言わんばかりである。

 

 おじさんに心酔はした。

 しかし、一緒に行動するのはまだ慣れないのだ。

 

「いいでしょう。うーちゃんはどうしますの?」


「オレも一緒。ついて行きたいとは思うんだけど、ちょっとあっちの案件で気になることがあるんで」


 裏社会統一のことだろう。

 

「気をつけるのですよ」


 ビッと親指を立てて、姿を消すウドゥナチャだ。


「じゃ、じゃあ」


 と、マディが小さく手をあげた。

 しかし、一歩タイミングが遅かったのだ。

 

「では、行きますわよ!」


 おじさんが先に逆召喚による転移を発動してしまったから。

 次の瞬間、おじさんたちは雪が積もる森の中にいた。

 

 びゅうと風が吹いている。

 真珠色をした空から雪がちらちらと降っていた。

 わおーんと狼たちの遠吠えが聞こえる。

 

「……クッ」


 遅かったとは言えずに、マディはその場に膝をつくのであった。


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