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強制的に転生させられたおじさんは公爵令嬢(極)として生きていく  作者: 鳶丸
本編

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854 おじさん間一髪のところで尊厳を守る


 夜迷いの森。

 出てくる魔物は初級に分類されるため、比較的に安全性は高い。

 しかし、絶対ではないのだ。

 

 そこにいたのは、体長が三メートルほど。

 体高が二メートルほどの立派な鹿だった。

 焦げ茶色の体毛をしており、その頭部に生えた角が剣のようだ。

 

 聖女は剣角鹿に臆さず突っこんで行く。

 途中でちらりとケルシーを見た。

 ケルシーも聖女の顔を見て頷く。


「風よー」


 ケルシーが風の魔法を発動させた。

 と言っても攻撃用の魔法ではない。

 足止め用に剣角鹿の足下から垂直に風を吹かせたのだ。

 

「ぐぎぎぎ……重すぎるってば!」


 ケルシーの風で、少しだけ足下をふらつかせる剣角鹿。

 そこで聖女の声が響いた。


「はいやー!」


 ドロップキックだ。

 しかし、剣角鹿は冷静であった。

 頭を動かし、角で聖女を弾く。

 

「なぁにい!」


 と、言いつつも聖女はクルクルとバク宙の要領で回転して着地する。

 ずざざと少し滑ったところで立ち上がった。

 

「エーリカ、ケルシー!」


 叫んだのはルミヤルヴィ嬢だ。

 得物の大剣を構えつつ、ケルシーの前にでる。

 さらにカタリナ嬢も愛剣を抜いて聖女の前に立った。

 

「二人とも無事ですか?」


 脳筋三騎士、最後の一人であるプロセルピナ嬢が確認をとる。

 

「ひと当てしただけ、怪我はないわよ」


 聖女が脳筋三騎士に言う。

 

「あいつ、めっちゃ重い!」


 ケルシーが感想を告げる。

 

 そこへ剣角鹿が突進してきた。

 ぎらり、と陽光を浴びて剣角が光る。

 

「おらあああ!」


 カタリナ嬢とルミヤルヴィ嬢の二人が剣角を受けとめた。

 ギリギリと金属同士がこすれるような音が鳴る。


 ずず、と剣角鹿に押される二人だ。

 踏ん張ってはいるが、なにせ相手は巨体である。

 恐らく重さにすれば数百キロはくだらないだろう。

 

「ちぃ! プロセルピナ!」


 カタリナ嬢が叫ぶ。

 脳筋三騎士で最も突進力があるのがプロセルピナ嬢だからだ。

 

「わかってます。行きますわ!」


 プロセルピナ嬢の得物はランスである。

 本来は馬上にて使う突き専用の槍だ。

 ランスを構えて、少しためる。

 

「いえああああああ!」


 気迫とともにプロセルピナ嬢が突進した。

 ランスの先端が剣角鹿の額へと吸いこまれていく。

 が、剣角鹿は角を操って、うまくルミヤルヴィ嬢とカタリナ嬢をいなしたのである。

 

 あと一歩。

 いや、二歩踏みこめば当たるというタイミングだ。

 瞬間、剣角鹿の額から、にゅうと金属製の角が生えてくる。

 

 槍のような一本角だ。

 間近に迫るランスの先端を、その角で弾く。

 

 軌道をずらされたプロセルピナ嬢は、そのまま剣角鹿の横をすり抜けるような形でとおりすぎる。

 

「うわあああ」


 と悲鳴をあげてしまったのはご愛敬だろう。

 ガサガサと草むらの中に姿を消してしまった。

 

 そこへセロシエ嬢とジリヤ嬢が到着する。


「剣角鹿ですか。この森では最強の一角ですわね」


 ジリヤ嬢の言葉にセロシエ嬢が返す。

 

「連携して倒しますわよ」


 ほぼ同時に聖女の声が響いた。

 

「だらっしゃああああ!」


 小兵で近接を得意とする聖女が、さっきの隙に動いていたのだ。

 剣角鹿の左横にでて、その腹目がけてフックを放つ。

 

 聖女の拳は確かに横っ腹に命中した。

 しかし、剣角鹿は微動だにしない。

 

「エーリカ、引いて」


 ジリヤ嬢が指示を飛ばす。

 だって剣角鹿の角に魔力が集まっていたのだから。

 

「ケルシー、防壁!」


 今度はセロシエ嬢が指示をだした。


「あいさー!」


 剣角鹿との間に風の防壁を張るケルシーだ。

 そこへ剣角鹿が魔法を放つ。

 

 風の鎌とも呼ばれる魔法である。

 三日月状の風刃が、防壁にぶち当たった。

 

「ぐぬぬ……なかなかやるわね!」


 ケルシーが両手を前に突きだしたままで、顔をしかめた。

 

「……カタリナ、ルミヤルヴィ! 魔法が終わった瞬間狙って」


 セロシエ嬢が言い終わったタイミングで、ジリヤ嬢が声をかける。

 

「今度はこっちの番ですわね。炎の壁を使って足止めしますか?」


「そうね。私とジリヤで剣角鹿を炎で囲みます。ケルシー、防壁の後に風刃いけるわね?」


「まかせておいて!」


 ケルシーはまだ元気なようだ。


「エーリカ! まだいけますか?」


「問題ない。ちょっと時間をかせいでちょうだい。デバフかけてみるから」


 聖女の場合、遠距離からのデバフは無理だ。

 殴って付与するタイプだから。

 

「プロセルピナ!」


 あらかたの方針が決まったことで、セロシエ嬢が大声をだす。

 草むらの向こうに消えた最後の一人に声をかけたのだ。

 しかし、返事は返ってこない。

 

「仕方ないわね。プロセルピナは魔物を倒した後で捜索しましょう。そろそろよ、トドメはカタリナかルミヤルヴィね」


 脳筋三騎士の二人が頷く。

 

 おじさんは後ろから手を出さずに見ていた。

 うんうん、と頷きながら。

 なかなか連携がとれていると思う。

 

 このくらいの魔物なら、おじさんが手を出すまでもない。

 心配ではあるが、まだ大丈夫だと思える範囲だ。

 

 剣角鹿の魔法が途切れた。

 その瞬間だ。

 

 ジリヤ嬢とセロシエ嬢の魔法が発動する。

 一瞬で高さ三メートルほどの炎の壁が作られた。

 剣角鹿をぐるりと炎の壁が包んだのだ。

 

 さすがにこの状況に少し驚いたようである。

 剣角鹿の鳴き声が響いた。

 

「いくわよー」


【風の鎌!】


 ケルシーがお返しだと言わんばかりに風の刃を放った。

 数は少ないが、剣角鹿の放ったものよりも大きな風刃である。

 

 だが、剣角鹿は同じ魔法を使って相殺していく。

 相殺しきれずに、小さな傷を負う剣角鹿だ。

 

 小さな悲鳴をあげる。

 その隙をつくように、炎の壁の一部が解除される。

 

 炎の中にできた道だ。

 聖女がまたもや突進していき、今度は剣角鹿の左横っ腹に拳を炸裂させた。

 

 その拳にはデバフの魔法が発動していた……はずである。

 どんなデバフを選んだのか。

 

「らあああい! 手応えあり!」


 同時にさっと飛び退く聖女でる。

 聖女と入れ替わるようにルミヤルヴィ嬢が大剣を剣角鹿の横っ腹に突き立てた。

 

「ごおおおお!」


 剣角鹿が身を捩らせて、跳ねる。

 思ったよりも深手だったようだ。

 血がだらだらと流れる。

 

 同時に剣角鹿がお漏らしをした。

 大きい方だ。

 盛大な音を立てて。

 

「よっしゃああ!」


 聖女が喜んでいる。


「うわぁ……」


 ドン引きしているジリヤ嬢だ。

 

「聖女なのに、なんて嫌な付与魔法をかけるのかしら……」


 仮にあの魔法が魔技戦で使われたのなら。

 それはもう尊厳を破壊する凶悪な結果になってしまう。

 セロシエ嬢は想像して、ぶるりと身体を震わせた。


「大・成・功!」


 ガクガクと足を震わせて、剣角鹿が膝をついた。

 そこへカタリナ嬢が飛びかかる。

 低くなった首を狙ったのだ。

 

 そして――時を同じくしてプロセルピナ嬢が姿を見せる。

 ランスを持って突貫してきたのだ。

 

 草むらをかきわけ、炎の壁を突き抜け、剣角鹿の背後から。

 その先には低くなった剣角鹿の尻があった。

 

「ッアアアアアアア!」


 剣角鹿が吼える。

 瞬刻後、カタリナ嬢の剣が剣角鹿の首を落とした。

 

「うへえ……」

 

 ケルシーがちょっとだけ引いている。

 

 いや、プロセルピナ嬢は狙ったわけではない。

 決して意図したわけではないのだ。

 

 聖女の使った魔法とその結果。

 偶然が重なり、そうなってしまっただけである。

 

「はう! わ、私は……ち、ちがう」


 突進した直後のプロセルピナ嬢は、必死で気づいていなかった。

 ランスがどこに刺さったのか。

 

 だが、カタリナ嬢がトドメを刺して気づいてしまったのである。

 なにがどうなっているのか。

 

「抜いちゃダメええええ!」


 ジリヤ嬢が大声をだした。

 しかし、プロセルピナ嬢はランスを抜いてしまったのだ。

 

 それは罪悪感もあっただろう。

 なにも考えずに反射的に抜いてしまったのだ。

 

「あ……」


 せき止められていたそれがバックドラフト(・・・・・・・)してしまう。

 

 そうなると……プロセルピナ嬢の尊厳が破壊される。

 誰もがそう思ったとき、剣角鹿から茶色の霧が噴き出した。

 

 が――そこにプロセルピナ嬢はいなかったのだ。

 ほんの少し前に、ぱちんと指を弾く音がしたから。

 

 おじさんである。

 きちんと状況を見ていたのだ。

 だから、間一髪のところでプロセルピナ嬢を引き寄せたのである。

 

「え? あ? リー様」


 戸惑うプロセルピナ嬢だ。

 そして、ホッとする聖女一行。

 

「くっさああああ!」


 空気を読まないケルシーの一言が夜迷いの森に響くのであった。


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>おじさん間一髪のところで尊厳を守る 剣角鹿「…………………」(俺の尊厳は? と言いたげな潤んだ瞳)
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