831 おじさんは学園に戻った日に巻きこまれる
おじさんが元の姿に戻った。
いや、その前に目を覚ましたということで、ホッと一息。
そんな空気が公爵家全体に流れる。
小さくなっても、大きくなってはおじさんはおじさんだった。
ただ、魔法のある世界といっても姿が変わるのは尋常のことではない。
だから家族が、公爵家で働く皆が心配していたのだ。
これで元通りなのかはわからない。
おじさんは元に戻ったことで確信していた。
いや、そもそも絶好調の中の絶好調なのである。
これで肉体と魂がなじんでいないと言われても困るくらいだ。
「んー? リーってばなんか変わった?」
そう言ったのはケルシーだ。
首を傾げながらおじさんを見ている。
特に見た目が変わったということはない。
元の超絶美少女である。
ただ――なんとなく目が離せないというか。
奇妙な圧なようなものを感じているケルシーだ。
しかし悲しいかなケルシーには、違和感を言語化する能力がない。
だから、ふわっとした聞き方になってしまうのであった。
「特になにかが変わったということはないと思いますわよ」
にこりと微笑むおじさんだ。
そっか、と頷くケルシーである。
「とにかく元気になって良かった。学園にはくるの?」
その言葉におじさんの腕をぎゅっとする妹だ。
行かせないという意思表示だろう。
「そうですわね。念のために今日はお休みしますわ」
「わかった! みんなに言っておくね!」
「お願いしますわね」
妹との約束だ。
だから、おじさんは今日は学園に行かないことに決めた。
その日。
おじさんは宣言どおり、妹と一緒にいた。
べったりとくっついて離れない妹だ。
もちろん弟と三人でいる時間も作る。
最近は弟にあまりかまってあげられなかったから。
おじさんも久しぶりのリラックスタイムだったのだ。
一日おじさんと居て満足したのだろう。
翌朝には元どおりになる妹であった。
「今日は学園に行きますか」
いつもどおり侍女と組み手をするおじさんだ。
侍女はついていくので精一杯であった。
「お嬢様……動きのキレが増していますわね」
「そうですわね、と!」
後方宙返りをするおじさんだ。
その動きの美麗さに、一瞬だが侍女は目を奪われてしまう。
身体の動きが洗練されているのだ。
「サイラカーヤ。アストリッドがきていますが?」
少し離れた場所にいるのだ。
オリツと一緒に。
「お嬢様が眠られていた間、あの二人に稽古をつけていたのですわ」
「なるほど。では、稽古をつけてあげてくださいな。わたくしは露天風呂に行ってきますわ」
冬晴れのいい朝である。
吐く息が白くはならないが、空気が冷たい。
代謝がいいのか、おじさんは少し汗ばんでいたのだ。
だから露天風呂だ。
「承知しました。稽古が終わったら向かいますので」
頭を下げる侍女たちであった。
学園にむかう馬車の中である。
ケルシーがあれこれと喋っている途中だ。
「そう言えばお嬢様。ひとつご報告がありましたの」
侍女である。
おじさんが目を覚まして、その後にバタバタしていたからだろう。
このタイミングで切りだしたのだ。
「アルテ・ラテンの近郊で炭酸泉の開発をしているコンコーン男爵から連絡がありまして、なんでも古い時代の器が発見されたとか」
おじさんが眠っている間のことだ。
コンコーン男爵は建物の基礎を作るのに、土地を掘り返していた。
すると土の中から、見たことのない器が発見されたのだ。
このまま開発を進めたいところだが、先にご注進しておいた方がいいだろうということで、おじさんちに連絡がきたのである。
「……器? 土器?」
おじさんが、はてと首をひねった。
前期魔導帝国時代のものか。
それとも後期魔導帝国時代か。
あるいは王国ができる前。
先住民たちのものだろうか。
いずれにしても興味深い話だ。
「サイラカーヤ、コンコーン男爵には現場を保存するように伝えてくださいな。近いうちに視察します」
畏まりましたとお辞儀する侍女である。
「ねぇねぇ……器ってなに」
ケルシーが聞いたのは器とはなにかという意味ではない。
古い時代の器とはなにかを聞きたいのだろう。
「きちんと調査をしてみないとわかりませんが……ずっとずっと昔に住んでいた人たちがいるのです。その人たちが使っていた器がでてきた、ということですわね」
いまいち想像がつかないのだろうか。
ケルシーは半ば口を開けて、ぽかんとしている。
「例えば……そうですわね。ケルシーたちの集落があるでしょう? あそこの地面の下に、大きな街が埋まっていたとしたらどうです?」
「街! そんなのあるの?」
身近な話題になって食いついてくるケルシーだ。
だが、聞かれても困る。
おじさんは例え話をしただけだから。
「あるかどうかわかりません。でも、器がでてきたということは、そこに人がいたという証拠でしょう?」
「…………ほんとだ!」
どうやら理解できたようである。
「その調査をしに行くというお話ですわね」
「行きたい! わたしも行きたい!」
おじさんは苦笑を漏らしながら言う。
「ですが、こちらにきた場合、差し入れはでませんわよ?」
「ぐぬぬぬ……差し入れ!」
頭を抱えて悩むケルシーだ。
花より団子なのか、あるいはその逆か。
「興味があるのなら、行く前に声をかけてあげますわね」
「ううう……悩むなぁ」
と漏らすケルシーであった。
その日、学園はおじさんの登場でざわついた。
いつもよりも存在感が増したおじさんがいたからである。
おじさんを見た生徒たちは、例外なくその場で膝をつく。
目を合わせることすら恐れ多い。
そんな気がしてならなかったのである。
「リー!」
聖女だ。
おじさんが姿を見せて、すぐに声をあげたのだ。
「ご心配をおかけしましたわね」
ぺこりと頭を下げるおじさんだ。
聖女がてててっと走ってきて、おじさんに耳打ちする。
「神託があったの。もう安心なさいって」
「……なるほど。助かりました」
聖女にむけた言葉と、おじさんにむけた言葉では若干意味がちがう。
聖女には大きなことにはならないから安心していいということだ。
そして――おじさんには変調が収まったということだろう。
「いいってことよ! それよりさ、聞いて聞いて」
聖女がおじさんにまとわりついてくる。
ケルシーもだ。
「催事のことでしょう? 詳しく聞かせてくれますか?」
なんだか日常に戻ってきた。
そんなことを思うおじさんである。
その日の放課後。
学生会室では業務を放棄して、おじさんを囲む会が開かれていた。
「でね! でね! アタシがビシっと言ってやったのよ!」
聖女が身振り手振りを使って話している。
まるで独演会だ。
「いじめはみっともないわよ! へたれ蛮族ぱいせんってね!」
「誰がへたれ蛮族ですか! それにいじめてもいませんわ!」
キルスティが抗議の声をあげた。
おじさんは知っている。
その場面をしっかり見ていたのだから。
聖女がイシドラの一言を自分の手柄にしたこともわかっている。
だが、それは言わない。
「はいはい。エーリカの話はそこで終わりなのです? 他にも話したいことはいっぱいあるのです」
パトリーシア嬢が割って入る。
この場にいる全員がおじさんに話を聞いてもらいたいのだから。
「まだよ! 聖女バーガーの話もあるんだから!」
「蛮族バーガーね!」
今度はキルスティが反撃した。
「あの繊細な味を蛮族とな! まったくぱいせんは味覚が蛮族ね!」
「み、味覚が蛮族ですって!」
それはさすがに聞き捨てならない。
公爵家の令嬢として、美味しいものを食べてきた自覚があるのだから。
「いいでしょう! ここらではっきりさせておきましょうか!」
キルスティがビシッと聖女を指さす。
随分となじんだものだ。
最初の頃の面影はすっかりなくなっている。
「どちらがより味覚のない蛮族なのか! 勝負よ! エーリカ!」
「おうともよ!」
いや、それだと両方蛮族になるんだけど。
そう思って、苦笑いするおじさんだった。




