784 おじさんはどうなってしまうんだい?
おじさん倒れる。
その報を王城にもたらしたのは学園長だった。
身体強化を全力で使って、疾く風のごとく学園から走ったのである。
もうなんやかんやの手続きはすっ飛ばす。
そのくらいの権力はあるのだ。
「アンディ!」
国王の執務室を乱暴に開ける。
そんなことが許される人間は限られているだろう。
「ロムルスとスランもおるか! ちょうどいい!」
「師父、どうなさったのです? そんなに慌てて」
おっとりとした口調で宰相が疑問の言葉を投げかける。
「リーが倒れたんじゃ!」
なにぃ! と国王たちが声をあげた。
ただ一人、父親だけは声をあげずにかけ出す。
学園長がきたのだから、学園だ。
そう判断して、身体強化を全開にして走る。
「スラン! ……アンディ、御医を呼べ。今すぐじゃ!」
学園長の言葉とほぼ同時に宰相が部屋を出て行く。
「師父……リーは大丈夫なのですか!」
国王が立ち上がって学園長の肩を掴む。
「わからんとしかいいようがない。一見すれば眠っているように見える。が、どうなっているのかまったくわからん!」
「わかりました。では、師父。申し訳ありませんが、カラセベド公爵家に伝えていただいてもかまいませんかな?」
王城からは転移陣を使えばすぐだ。
そのことを伝える国王である。
「わかった。ワシが知らせてこよう。アンディよ、わかっておると思うが……」
「ええ。リーはこの国の先を担う者。なにがあっても死なせませぬ。私は国宝である最上級の魔法薬を用意してまいります」
王妃のときには使うことがなかった魔法薬だ。
さすがに国宝となると、国の危機にしか使えない。
それをおじさんに使うと言うのだ。
国王も腹を括っている。
「それが聞ければ十分じゃ!」
ニヤリと笑って、学園長は国王の執務室の奥にある転移陣を使った。
「リーよ、無事でいておくれ」
姪っ子だから心配ということも、もちろんある。
それ以上に怖いのは、おじさんに万が一のことがあったときだ。
おじさんの家族がなにをするかわからない。
特に母親と祖母の二人は王国の要注意人物なのだから。
身体に流れる冷たい汗を感じながら、国王もまた王城を走るのであった。
一方でカラセベド公爵家のタウンハウスである。
「……今、なんと仰いました?」
学園長の言葉に顔を青ざめさせたのが侍女だ。
今日はおじさん絡みの別件があったので、別行動をとっていたのである。
「じゃから……リーが倒れた」
瞬間、侍女の身体から魔力が噴き上がった。
現役時代よりも魔力の量が増えている。
ビリビリとした空気が公爵家全体を覆った。
「お嬢様! 今すぐに参ります!」
瞬く間に駆けだしていく侍女である。
「ウナイ様……すぐに用意をして学園にむかいます」
家令のアドロスが学園長に頭を下げた。
「ヴェロニカ様とハリエット様が暴走されぬよう私も同行します」
あーと頭を抱える学園長である。
そのことをすっかり失念していたのだ。
学園長とて人の子である。
目の前でおじさんが倒れたことで動転していたのだ。
その頃、父親は学園に到着していた。
一目散に闘技場へと走る。
そちらに多くの人が集まっているのが見えたからだ。
「クッソお! なんで治癒魔法がきかないのよ!」
聖女が舞台の上で、おじさんに魔法を使っている。
髪が乱れ、額には大粒の汗が光っているほどだ。
おじさんほどではないとは言え聖女の称号を持つ者。
ポテンシャルは高いのだ。
治癒魔法とておじさんの次には得意である。
「絶対に死なせるもんですかあ!」
おじさんの手を握って、聖女が治癒魔法を再度発動させた。
もう何度目になるのかわからない。
「エーリカ、そろそろ交代しましょう」
治癒魔法は他にも使える者はいる。
もちろん聖女に比べると、精度も効果も落ちるが……。
それよりもこのままだと魔力切れになってしまう。
ケルシーは一心不乱に祈っていた。
大精霊に。
「まだいける!」
キルスティの言葉を意に介さない聖女だ。
そんな聖女の肩を掴む者がいた。
父親である。
「よくやってくれたね。でも、それ以上は無理だ」
「リーが、リーが……」
父親にすがりつく聖女だ。
だが、ふらりとしてそのまま崩れ落ちてしまう。
「彼女に魔力回復薬を」
父親の指示に従って、キルスティが聖女に小瓶を渡す。
「しばらく休んでいなさい」
言いながら父親はおじさんの手をとる。
脈を確認して、正常であると判断した。
胸が小さく上下している。
眠っているような感じだ。
父親では魔力に異常があるのかわからない。
「なにがあったのか教えてくれるかな」
問う父親にキルスティが答えた。
なにがあったかわからない、と。
いつもどおりだったのだ。
おじさんが魔法を使って、周囲をあっと言わせて。
そしたら急に倒れてしまった。
「……なるほど。リーちゃんのことだから魔法が負担になったわけではないだろうし」
「御館様! お嬢様は!」
侍女である。
同時に腰のポーチから宝珠次元庫を取り出す。
「……わからない」
「お嬢様から各種魔法薬をお預かりしています。こちらを」
「ああ……少し様子を見たほうがいいかな。そろそろ御医もくるだろうし、ヴェロニカも」
そのタイミングで空から母親が降ってくる。
飛行魔法を使ってきたのだ。
「リーちゃん!」
父親の隣にきておじさんの手をとる母親だ。
「ヴェロニカ、リーの魔力に異変はないかい?」
「……触ってみた感じ異常はないわ。でもそれ以上はわからない。リーちゃんの魔力が多すぎて感知できないのよ」
さらに学園長や祖父母も集まってくる。
国王に宰相もいた。
御医もだ。
「見る限り問題はなさそうだけど……いったい何が」
父親が呟く。
御医の見立ても母親と同様であったのだ。
身体的になにか問題があるわけではない。
かといって魔力にも異常が見つからないのだ。
ただし魔力が多すぎて、詳細はわからない状態である。
「とりあえず屋敷に連れて帰っても大丈夫だろうか?」
父親が御医に確認をとる。
だが、動かしていいものかどうかもよくわからない。
そのときであった。
ビリビリと空気が振動したのだ。
水と風、光と闇。
四柱の大精霊が顕現したのである。
即座に膝をつき、頭をたれる面々だ。
「詳しくは言えませんが、命に関わるようなことではありません」
光の大精霊が厳かに告げる。
「少しの間、リーちゃんを借りるわね」
風の大精霊が言う。
「風の大精霊様、任せてもよろしいのね?」
母親だ。
おじさんになにかあったら、ぶち切れるぞという気満々である。
「ええ。任せておきなさい」
そんな母親のことを好ましく思って、風の大精霊がふわりと微笑む。
加護を与えたのは間違いではなかった。
「すまんが、ここはこらえてくれ」
水の大精霊の言葉に反論する者はなかった。
「リーはこんなにも多くの人に大切に思われているのですね」
闇の大精霊の言葉に他の大精霊たちが頷く。
「そこの小さな聖女さん、あなたはよくやりました。ご褒美です」
闇の大精霊が聖女にむかって微笑む。
「ご褒美なら! リーをちゃんと返して! 元気なリーで返して!」
「安心なさい」
おじさんの身体が宙に浮き――大精霊たちは姿を消すのであった。
そして、おじさんである。
女神の空間にいたのだ。
精神体、あるいは魂の状態だろうか。
とにかく、目に入ってきたのはあのステンドグラスだ。
あら? ここは……女神様の空間ですわね。
暢気にそんなことを考えていたのだ。
『……聞こえますか? リー』
『聞こえていますわよ。どなた様でしょうか』
『私は……お姉様に連なる者。いま、お姉様の名代としてあなたに語りかけています』
お姉様……と考えるおじさんだ。
恐らくはあの女神様のことだろう。
女神を姉と呼び、連なる者ということは、神である可能性が高い。
『承知しました。わたくし、どうしてしまったのでしょう?』
『あなたはお姉様の想像を超えて成長してしまって、魂と肉体の均衡がとれなくなっていたのです』
……よくわからん。
首をひねるおじさんだ。
『本来ならお姉様がお話になることですが、現世に与える影響が大きすぎますので、私が名代としてあなたに伝えます』
『伺いましょう』
『まずあなたの魂ですが、転生前はとても傷ついていたのです。よく壊れていないなというくらいに。ですので転生させるにあたって、お姉様は自らの力を使って魂を補強なされたのです』
ふむ、と頷くおじさんだ。
その辺の加減がいきすぎて、性別が変わってしまったのだろうか。
『加えて、現世では最高となる肉体も与えられたのです。ですが、その肉体ですら、あなたの魂に付随する力に追いつけなくなっています』
要は……あれだ。
初代のガンドゥムみたいな感じだと思うおじさんである。
中の人であるパイロットの成長がえぐすぎて、本体がついていけなくなったということだ。
となると、この先は……。
『今の状態だと遠からず、あなたの力は暴走していたでしょう。ですからこの機会にあなたの肉体と魂の均衡がとれるようにします』
『それは今までのような力が使えなくなるということですの?』
『一時的には弱体化するかもしれません……ただ今以上の力を身につけることもできます』
『姉様はあなたを困らせたいわけではないのです。それだけは忘れないようにしてください』
『ええ。わかっています。わたくしこそ女神様を困らせてしまいましたから。それでも感謝しておりますのよ』
『姉様もきっとお喜びになるでしょう』
そこへ大精霊たちが転移してくる。
おじさんの身体をもって。
『お姉様方ではないですか』
暢気なおじさんである。
今の状態に特に危機感も持っていない。
『リー。お母様がなんとかしてくださるから、なにも心配はいらないぞ』
水の大精霊だ。
『ええ。承知しています』
『これで準備は整いましたね。では、始めましょう! お姉様!』
そこで、ふとおじさんが意識が途切れた。
なにが起こったのかはわからない。
ただ女神や大精霊たちがいるのだ。
不安に思うことなどなにもなかった。
女神が作った空間に力が満ちていく。
四柱の大精霊たちは、結界の構築に専念している。
それだけ女神の力は大きいのだから。
なにがどうなったのかはわからない。
だが、おじさんは気がついた。
大精霊たちはヘトヘトになって、まだ座りこんでいた。
今度はちゃんと肉体もある。
ただ、違和感を覚えたのだ。
「んーなんでしょうか?」
水鏡の魔法を発動させるおじさんだ。
そこに映っていたのは――
「ちっちゃくなっちゃいましたわー!」
――お子様になったおじさんであった。
あけましておめでとうございます。
今年も「おじさん」をよろしくお願いいたします。