636 おじさんは初見の人たちにとってどう見えるのか
そこは小さな漁村であった。
取り立てて変わったところのない、地方の漁村である。
その漁村に突如として姿を見せた三人がいた。
先頭に立つのは貴族の女性である。
白く、美しい装飾が施されたドレスを着ている。
顔はマスクに覆われて見えない。
それでも――だ。
わずかに除く口元だけで、もうかわいいとわかる。
数百メートル先に見える、おじさんの姿だけでもかわいいのだから。
堂々と村を闊歩する三人に注目が集まる。
が、頑是ない子どもでさえ声をかけられないでいた。
王都とちがいすれていない子どもでもだ。
とんでもなくキラキラして、美しいなにかがとおりすぎていく。
それを口を半開きにして見ているだけだ。
一言でいえば――場違いである。
ただ、おじさんは気分良く歩いていた。
後ろを歩く二人もまた胸を張っている。
どや、これがうちのお嬢様や!
というのが嘘偽りない、侍女の気持ちであった。
ただしマスク仕様だけど。
無言に包まれた村の中を進むおじさん一行だ。
すぐ近くの海から、ざざーんという音だけが聞こえてくる。
「いったいなにが起こって……はうあ!」
はしゃいでいた子どもたちが静まりかえったのだ。
何かしら問題が起こったのかと、村長の妻であるエイブルが顔を覗かせたのである。
そして、おじさんを見て固まった。
長く生きてきたであろう老婆がだ。
「ははー」
無意識だった。
老婆は両の膝をつき、頭を垂れていたのだ。
なにか神聖で高貴なもの。
よくはわからないが、そう感じたのである。
「婆さんや、いったいなにがあ……はうあ!」
村長である。
一線は退いているものの、陽に焼けた屈強な漁師だ。
そんな風貌の村長も固まった。
「ははー」
村長もまた無意識に正座になっていたのだ。
村長は思っていた。
こりゃあ海の女神様か、と。
貴族様と聞いていたが……よくわからない。
よくわからないままに、地面に額をこすりつけていた。
「…………」
一方でおじさんである。
おじさんは驚いていた。
村長宅と聞いていた家から、老婆がでてきた。
その老婆が一瞬だけ固まったあと、なぜか土下座した。
さらに後からでてきた老爺も続いたのである。
「……どういうことでしょうか?」
「すべてはお嬢様の威光の賜でしょう」
ランニコールは当然であるという態度であった。
どこか誇らしげにする執事然とした魔神である。
おじさんは侍女にも目をむけた。
「……ランニコール殿に同意します」
それ以外に言いようがないと侍女は思うのだ。
だって、おじさんの姿は刺激が強すぎるのだから。
素人が見たら、こうなる。
いつも一緒にいる侍女だってドキドキなのだ。
おじさんは流すことにした。
そして、何もなかったように声をかける。
「パットン村長に、エイブルさんでしたか」
名前を呼ばれた二人の身体がビクリと揺れた。
「直答を許す」
ランニコールがまた大げさなことを言う。
が、村長夫妻にとっては、それが助け船だった。
どうしていいのか、わからなかったのだから。
「なんなりとお申し付けくださいませー」
「くださいませー」
パットンの後に続くエイブルだ。
さすがに夫婦の息はピッタリだった。
「村長さん、先ほどのお話でお嬢様は足を運ばれました。既に事情は話してありますので」
侍女がフォローを入れる。
ガバッと顔を起こすパットン村長だ。
だが、その視線は侍女に固定されている。
畏れ多くて、おじさんを見ることができないのだ。
村長夫妻の様子から察する侍女である。
そこで、おじさんをちらりと横目でみた。
自分が話を進めていいか、と了解をとったのだ。
おじさんも微笑んでから頷く。
「今回の余剰分に関しては、お嬢様がすべて買い上げますわ。対価となる塩はどの程度必要なのでしょうか」
「え? え? ぜんぶ?」
予想外の答えに目が点になった村長だ。
代わりに妻であるエイブルが言葉を発した。
「そうです。すべてを買い上げます。対価となる塩の量を」
「……あればあるだけ?」
具体的な量を示せと言われてもだ。
よくわからない村長夫妻である。
どの程度の余剰がでるのかも、まだ目算がつかないのだ。
だいたい現時点で言えば、例年よりも三割増しといったところである。
「よろしいでしょう」
鈴の音のようなおじさんの声が響くいた。
同時にパチンと指を鳴らす。
村のほど近くにある砂浜の一部がせり上がってマスのような形になる。
一辺が十メートルくらいだろうか。
正方形をしている。
再度、おじさんが指を弾いた。
どっぱーんと音を立てて、海中から巨大な水柱が立った。
その水柱が球体になり、ふよふよと先ほどのマスの上に移動する。
そこで錬成魔法を発動するおじさんだ。
気負うこともなく、躊躇することもない。
海水で作られた球体が小さくなっていく。
と、同時にサラサラと白い雨がマスの中に降りそそぐ。
――塩である。
ほんの一瞬の出来事だった。
そして、マスの中を満杯にして球体は消えてしまう。
再度、おじさんは指を鳴らす。
マスの上に屋根となる部分がズズズとできあがった。
三角屋根の可愛らしい見た目である。
ちゃんと出入り口もついているのが憎らしい。
「さて、これでよろしいかしら?」
無言であった。
村長夫妻も、何事かと見守っていた村人も。
ざざーんと波の音がする。
びゅうと風が吹く。
「あ、ああああ、ありがたやあああああ!」
村長がおじさんにむかって両手を擦りあわせた。
地面に額を擦りつけて。
「め、めめめ。めがみさまじゃああああああ! 女神様が御降臨なされたのじゃああああ!」
老婆が立ち上がり、大口を開けて叫んでいる。
血管が切れないか、心配になるおじさんだ。
「……ふむ」
これでは話ができない。
そこでおじさんは思いだした。
母親にいい魔法を教えてもらっていたことを。
「落ちつきなさい」
おじさんが羽根扇で顔の半分を隠しながら言う。
言葉に魔力にのせる魔言――禁忌の魔法だ。
ギアスとでも名づけようかと思うおじさんである。
その魔法の効果は覿面だった。
村長夫妻が落ちつきを取り戻す。
「はうあ! わしゃあ、わしゃあ……なにをしとったんじゃ」
無言で村長の手を握るエイブルだ。
なんだかもう何がなんだかわからない。
そこでおじさんは侍女を見た。
コクリと首肯して、侍女は口を開く。
「村長、エイブルさん。あとであちらの倉を確認してください。塩は十分な量があるかと思いますが、不足するようなら」
そこでブンブンと首を横に振る村長夫妻だ。
確認したわけではないが、あれだけの量があれば十分だろう。
「承知しました。では、余剰分の魚はすべて塩蔵してくださいな。そちらを買い上げますから」
これはおじさんの提案であった。
できあがったら余剰分の塩蔵鮭はすべて買い上げる。
「それと……塩蔵する前の魚も買わせてほしいと伝えてくださいな」
おじさんは侍女の耳元で話した。
直接言うと、また大変なことになりそうだからだ。
コクンと頷いて侍女がそのとおりに告げる。
こちらは金銭にて購う予定だ。
「今日、獲ってきた分は村で必要な分を除いて、すべて買い上げます」
侍女の言葉に驚く村長夫妻だ。
だいたいこんな大商いをしたことがないのだから。
「ば、ばばば、婆さんや」
こういう内向きの仕事はエイブルの専門だ。
「サイラカーヤさん、少し話をさせてくれんか」
侍女が頷いて前へでた。
「わ、儂は塩を確認してくるでな」
てててーと走っていく村長だ。
時折、膝から力が抜けて転けているが。
そんな村長の後ろ姿を見ていたおじさんである。
すぐ近くに童女がいるのに気づいた。
侍女にも声をかけたシャヒンという童女だ。
「ほええ。お姉ちゃん、きれいだねえ」
「あなたもいずれそうなりますわ」
シャヒンを抱きあげてしまうおじさんだ。
にぱあっとした笑顔に癒やされる。
「……これがぜんぶ塩?」
倉にたどりついた村長が声をあげた。
十メートルほどの高さがある倉である。
大きい。
その扉に手をかけて、一気に開けた。
「ぬわあああああああ!」
塩である。
塩の雪崩であった。
おじさん仕切りを作るのを忘れていたのだ。
「しょっぺええええええ!」
村長の声があがった。
シャヒンがケタケタと笑う。
釣られて、おじさんも笑うのであった。




